94%の永遠(三十と一夜の短篇第77回)
宇宙船の表面はすっかり森に覆われている。
最初は蔓草が這い、それが腐って積もって土をつくり、深い森ができた。
ボイラーに閉じ込めた神さまのおかげで、森はほのかに温かい。
だから、世界中の渡り鳥が冬を越しにやってくる。
*
あの星はあと四十五億年も寿命があったが、ほんの数千年で潰してしまった。
便利だから、という理由だけで、そこにあるべきではない物質を作って、そのためにあの星のバランスが崩れたのだ。
自分たちで星を駄目にしておいて、人間は気がついた。自分たちが星無しには生きられないことを。
星を捨てることは決定したが、問題はその後、どこに住むかだ。
宇宙ステーションは小さすぎるが、他の星は環境が問題だった。暑すぎたり、寒すぎたり、酸性雨が降ったり。もし、それを人間が住めるように改造するなら、またそこにあるべきではない物質を大量につくらないといけない。それでは元の木阿弥だ。
そこで人間たちのなかでも一番偉い有識者と呼ばれる連中は考えた。
こうなったら居住に向く星を探すしかない。
だが、人間が全員乗れる宇宙船なんか作れるはずがない。
そこで有識者のなかでも一番偉くないコンピューターオタクが意見を出した。
人間を全部データ化すればいい。
ナイスバディのおねえちゃんも筋肉ゴリゴリのマッチョもみんな肉体を捨ててデータ化すればいい。それを魂とか精神とか呼ぶのは勝手だが、とにかくデータはかさばらない。いま、使っている宇宙船の一番大きなものが一隻あれば足りる。それにデータは肉体と違って朽ち果てない。何万年という旅をしてもらってもいいってわけだ。人間が住める星が見つかったら、そこから採取したたんぱく質カルシウムもろもろでまた人間を作ればいい。
人呼んで『ワタリドリ計画』
そんなわけで人類のデータ化作業が始まった。
さて、人間の99.99999999%、つまり最後のひとりを残してデータ化が終了したとき、最後のひとりはふと気づいた。
こうやってデータ化されている状態と死んでしまっている状態は何が違うのか?
データはみんな孤立していて、感情も意思もない。旅が何万年の予定だから、意識などもたせたら、人類は退屈で頭がおかしくなってしまう。
だから、データは保存されただけの状態なのだ。
いま、最後のひとりが自分をデータ化して、宇宙船が発信し、目当ての星についても、それで何かの間違いがあって復活ができなければ、全ては終わりで、『ワタリドリ計画』はただの集団自殺になってしまう。
そこで、最後のひとりはおもちゃのICチップからおれをつくった。
「いい? わたしたちは寝る。データのままね。あなたの使命はわたしたちが破損しないよう、なにより住める星についたとき、データの人間化がきちんと行われるように取り計らうことよ。わかった?」
こっちの返事をきく前に、最後のひとりが自分をデータ化して、宇宙船は発進した。
この宇宙船の動力?
さあ、知らねえな。だって、おれ、ただのおもちゃだぜ?
ただ、最後のひとりが動力について、こう言っていた。
「わたしたち神さまを捕まえたのよ」
神さまってのは人間が自分の脳みそで計り知れないものに出くわしたときに作った一種の童話だが、こいつはすげえ力を持っているというのが、人類の一致した見解だった。
じゃあ、おれの役目は神さまに頼めばいいのにと思うが、無理やり自分をボイラーのなかに押し込んで、鍵かけた連中のために親切にしてやりたいと思えるかといえば、そりゃ無理だなというわけで、神さま御大には動力源のままでいてもらおうってわけだ。
最後のひとりはおれが退屈しないよう、いろいろなおもちゃを用意した。それこそ、人類が開発したあらゆるおもちゃだ。ピンボールとか3Dビデオ・ゲームとか。けん玉やコマもあった。おもちゃにおもちゃを用意するなんて、まったく最後のひとりにユーモアのセンスがあってよかったよ。
さて、いろんなおもちゃ、ゲームがあったが、一番気に入ってるのはシミュレーションゲームだ。そいつは人類を発展させるゲームだった。いくつかの陣営に分かれて、自分の人類を原始時代から発展させるのだが、最後は必ず核戦争が起きて、一部の恵まれたやつらだけがロケットに乗って、宇宙に脱出する。いくつか同じようなシミュレーションゲームをやったが、いつだって最後は核戦争からの金持ちの脱出ロケット。人間はこんな最後が待っていると、子ども向けゲームで何度も何度も繰り返したのに、この通りの道をたどっていった。マスターベーションがやめられない猿や少女を殺して食べることがどうしてもやめられないイカれた殺人鬼とどう違う?
ただ、ゲームと現実で違うのは脱出するとき、金持ちだけでなく、全人類が脱出できた点だ。
これは素直に偉いと思うが、その一方で金持ちだけで逃げたら、相対的な幸せを噛みしめるための貧乏人たちをどこから工面したらいい?って問題も発生する。『ワタリドリ計画』の真の目的はそのへんにあるのかもしれない。
いろいろな星があった。
いい線までいった星もあった。
その星がイケてるかどうかを確かめるためのソフトウェアがあるので、そいつをまわしてみるのだが、水が少ないとか、重力がちょっと強いとか、いろいろわがままを言ってくる。目つきが気に食わないと言ってきたこともある。
人類が目覚めるかどうかはこのお姫さまのご機嫌次第だ。
こいつは宇宙的美少女アバターを持っていて、こいつが星にダメだしするとき、短いスカートがパンツが見えるか否かのきわどい動きをする。ただのおもちゃにそんなお色気ボーナスを作っても、何にもならない。
ただ、このパンチラは恐るべき仮説を提示する。
人間たちは自分たちの誰か百人くらいを犠牲にして、おれの代わりをさせる気だったのではないかと。
つまり、最初に人間を肉体付きで冷凍睡眠させて、そのうちひとりを蘇らせて、データと宇宙船の管理をさせる。で、そいつが死んだら、また新しい人間を解凍して、って具合だ。
この逆村八分のために美少女パンチラアバターが存在してるのかもしれない。
宇宙を旅する船を作っても、人間は人身御供からは逃れられない。木の枝でつくったでかい人型の檻に人間を閉じ込めて燃やす風習はそれなりの理由がある。人間の悪い癖は分からないものに出くわすたびに神さまを作って、自分以外の誰かを生贄にするところだ。
おい、待ってくれ。その論法だと、まるでおれが生贄みたいじゃないか?
千年に一回あるかないかだが、同じような宇宙船に出くわすことがある。
「よお、そっちはどうだ?」
「見つからねえな。ここから向こう三千光年。クソみてえな星ばかりだよ」
「こっちもそうだ。人間ってのはか弱いからな」
「おれは元はコーヒーメーカーだった」
「おれはおもちゃだった」
「おもちゃとコーヒーメーカーに自分たちの未来を託すことについて、何か変だと思わなかったのかね」
「最後のひとりだからな。孤独は人間をおかしくしちまう」
「たくさんいてもおかしくなる。おれたちの旅がその証拠だ」
「違いねえや。おれんとこは三百億人いる。そっちは?」
「二十四人だ」
「ギリギリだな」
「惜しかったぜ」
「たった二十四人でやり直せるのかね」
「やり直せる星を見つけろって命令だ。ふざけてるよなあ」
おれには全人類のデータを閲覧する権限が与えられている。
おれが退屈しないためのおもちゃだ。
映画スターや政治家、八百屋のおっちゃん。麻薬王もいた。
ずるい話だが、最後のひとりは自分のデータにはロックをかけていた。
ひょっとすると、証人保護プログラムで逃げているマフィアの元会計士かもしれないな。
ときどきこの旅は意味がないんじゃないかって気がしてくる。
たとえ、住める条件がそろっている星があったとしても、そこにはすでに別の人類がいて(古い呼び方で宇宙人だな)、同じように、そこにあるべきじゃない物質を垂れ流してダメにしてるんじゃないかと。
シミュレーションゲームは人類の最後は核戦争だと主張するし、その話を保証するみたいに死にきった惑星を見つけることがある。
望遠鏡で見てみると、干上がった海の底に墜落した人工衛星が刺さっていたり、とんでもなく高い山のてっぺんに潜水艦がグラグラとバランスを取ってるのを見つけたりする。
一万人分の人骨でSOSとあるのを見たことがある。もちろん、ほんとにSOSとあったわけではない。その星の言葉でそうあった。読めないくせに、なんで分かるって?
一万人分の骨で宇宙のデバガメに送るメッセージなんて『タスケテクレ』くらいしかないだろ?
こんな否定的なことをいろいろ書いているが、実はおれはその星を見つけた。
宇宙船はそこに着陸し、ソフトウェアも太鼓判を押した。
必要なタンパク質やらカルシウムやらもかき集めた。
あとはこの人間の材料どもにフロッピーディスク三百億枚分のデータをインストールしてやれば、ワタリドリ計画は終了だ。
ところで、パソコンを使ってるやつなら一度は出会うトラブルがある。
何かの更新を求められ、それにイエスと答えると、その進行状況がパーセンテージで表示される。0.1%ずつジリジリ増えていくのだが、そのパーセンテージがある数字で止まってしまい、にっちもさっちもいかなくなることがある。ウィンドウを消そうとしても反応がない。マウスは動くがクリックがきかず、もう電源を切って、強制終了するしかない。
それが来た。人類のインストールが94%で止まっている。もう三千年も。
強制終了するとどうなるか分からない。そもそも電源の戻し方を知らないのだ。おれも変な責任は負いたくない。
だから、そのままにしている。
三千年のこれまでも。三千年のこれからも。
*
宇宙船の表面はすっかり森に覆われている。
最初は蔓草が這い、それが腐って積もって土をつくり、深い森ができた。
ボイラーに閉じ込めた神さまのおかげで、森はほのかに温かい。
だから、世界中の渡り鳥が冬を越しにやってくる。
立つ鳥跡を濁さず!