セプターの行方
「え!?」
私はセドリックの言葉を受けて、キョロキョロと辺りを見回す。
さっきまで一緒にいたのに。もしかしてここに来るときにはぐれたんじゃ……
連絡が取れない以上はぐれるのは良くない。
「探しに行こう」
「うん」
本当はまだここに居たいけど、安全第一だ。この後の文献の発掘は考古学者たちに任せて私たちは早くここから出た方がいい。
『もう行くの?』
彼女は残念そうに尋ねてきた。セドリックがごめんねと言うと彼女は「じゃあせめて父様に会って行って!」と言い始めた。
『久しぶりのお客様だもの!』
父様なら出口を知っているかも知れないわ!
そう言われれば結構ですと断ることも出来ない。私とセドリックはお互いに顔を見合わせた後、彼女に向かってゆっくりと頷いた。
彼女に案内されるままついて行くと、図書室の奥の扉に連れて来られた。そこを開くとそこには広い空間が広がっていた。だだっ広い空間には段の低い階段がありその上には大きな玉座が置かれていた。おそらくここは謁見室だろう。けれどそこには誰もいない。
「リーシェ。君の御父上はどちらに?」
セドリックは彼女に目線を合わせて優しく問いかけた。
けれど彼女は黙ったままだ。
流石に様子がおかしいと思って私も彼女の隣にしゃがんだ。
『どこ……どうして』
「どうしたの?」
ついさっきまで気配があったのに。
私が問いかけると彼女は泣きそうな声で話し始めた。
『父様が居ないの……』
居ない?
ここに来ていないということは。薄々気が付いてはいたけれど、きっとこの子はラーハの王女だろう。父様というのはきっとあの玉座に座っているはずの国王のこと。
けれどラーハはとっくの昔に滅んだはず。となれば彼女も……
彼女は玉座に向かって走り出した。
私たちも戸惑いながら彼女の後を追いかける。
『ない……!ない』
玉座の周りをまわりながら何かを探している。
『父様のセプターがないわ!』
「セプター?」
「国王が持つ権威の象徴だよ。長い杖みたいなもの」
彼女はアワアワと慌てている。
『あれが無いと……父様は』
尋常でないその様子に私は思わずセドリックの腕をつかんだ。
彼に笑われたのに気づいてすぐに離したけれど。
「リーシェちゃん大丈夫?それより大事なものなのはわかるけど、そこまで慌てなくても……」
『……もう、気づいてるんでしょう?』
「え?」
「あぁ、気づいてるよ」
少し残念そうにしたセドリックが冷静に話し始めた。
「リーシェ。君は古代ラーハの王女でとっくの昔に死んでいる」
「でもゴーストは実体を持たないんじゃ……」
この世界にはゴーストというものが存在する。もちろん普通は亡くなってすぐにゴーストにならないよう処置を行うためとても稀な存在ではあるが。彼らは存在こそするものの、故人の明確な意思があるわけではなく、実体も持たない。けれど、彼女は私たちの手を掴んだ。
私も最初はゴーストかと思ったが、それでは先ほどの行動の説明がつかない。
「ゴーストじゃないよ」
「じゃあ……」
「君は幻影だ。ついでにこの空間のほとんども」
『どうしてわかったの?』
リーシェも落ち着きを取り戻した。
「さっき行った図書室で、1冊だけ開かれたまま机に放置されていた本があった。ここはラーハが滅びて以来、誰も立ち入っていない。それも内容が、死後存在を残す方法についてともなればもう決まったようなものだ」
『そうよ。私たちは死ぬ前に何かに魂を移して肉体が滅んだ後も存在できるようになっているの』
そんなことが出来るんだ。古代魔法は強力な魔法が多いけれど、そんなことまで出来たなんて。
私は黙って彼女の続きを待っていた。
『父様の場合はセプター。私の場合はこのティアラよ』
彼女は頭上にティアラを現した。
彼女曰く、彼らの存在は魂を移したものに依存しており、それが動かされると彼らも移動し、壊されると彼らの魂も壊れてしまうという。
「と言うことは、知らない間に誰かがセプターを動かしたってこと?」
『私たちの存在は魔力の塊みたいなもの。一定以上の魔力が無い人間にはただのセプターとティアラが動いているだけに見えるの』
「誰が動かしたか分かる?」
『いいえ。私も今知ったもの』
セドリックの問いに彼女は首を振った。
彼女の話からすると、セプターを持ち去ったのは魔力のない者もしくはあまり魔力が多くない者であり、おそらく何年も前などではなくここ数日の出来事だろう。彼女の時間間隔が私たちと一緒ではないかも知れないけれど。魔力が強いルーカスとヒューゴが持ち去ったとは考えられないし。もしかすれば私たちと同じように彼らと一緒に行動しているのかと思ったが、その希望はすぐに潰えた。
「ここにいたのか」
「楽しそうで何より。こっちは散々な目に遭ったってのに」
正面のドアが開くと、少し服装の乱れたルーカスとヒューゴが入ってきた。




