探索
神殿の中は夜のように暗く、そして暖房設備があるわけでも無いのに暖かかった。
ラーハは別名月の国とも呼ばれるほど月を神聖視していて、古代魔法と共に天文学が発達していたという。これはおそらくそのせいなのだろう。
私たちは初めて見るものたちに目を輝かせながら神殿の奥へと進んでいく。
「これって……」
「エマも思った?」
「うん。この造り、まるで……」
「城だな。ウチの城ともよく似ている」
ヒューゴが同意したと言うことはこの世界の城もこんな感じなのだろう。
壁には壁画と言うより絵画や肖像画。床もカーペットが敷かれていて、長い廊下の途中にはソファーなどが置かれている。所謂神殿と言うよりはヨーロッパの城内の造りに似ていた。
「もしかしたらここは神殿じゃなくて、失われた王家の王城なのかもな」
ルーカスの言葉にヒューゴは目を丸くしセドリックはキョトンとしていた。
「なんのこと?」
「……なぜ君がそれを?」
「王子、どういうことですか?」
セドリックの問いにヒューゴは少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「消えたラーハ王家の城がここかもしれないという話だ」
「消えた?ラーハは内乱で滅んだのでは?」
ラーハは数百年前に起きた内乱で、国ごと滅んだ。強力な古代魔法同士の争いだったため、文化財はおろか城や建物すら残っておらず、ラーハに関する情報は昔の他国の記述にしか残されていない。
しかし、古代魔法の祖であるラーハは情報が少ないにも関わらず、魔法史では最初に学ぶことだ。いたかも分からない聖徳太子を学ぶのと同じような感覚だろうか。
「ラーハは滅ぼされたんだ。アスカニア王国によって」
セドリックは驚きで目を見開いた。
不都合な歴史は書き換えられる。それ自体は珍しいものでも何でもないが、まさかそれが太古の歴史だけでなく、今も行われているとは。
セドリックは学年主席と言うこともあって、魔法史には他の生徒よりもずっと詳しい。しかし、その原点となる歴史が間違ったものだなんてきっと考えたこともなかっただろう。
「君は驚かないんだな。自分たちの国がここを滅ぼしたかも知れないのに」
「そうですね。知っていましたので」
「知っていた?ルーカスも君も何故それを?」
「クリスタルカレッジでそれに関する記述を目にしました」
国家に関わる重要な文書。禁書の棚に置くとしてももっと厳重に管理されるべきなんだけど、不思議なことに棚の中でも物凄く手前に目立つようにして置いてあった。普段なら特に読もうとは思わない本だったけど、あんまり目立つものだから手に取って読んでみた。するとそこには今までの魔法史を覆すようなことがたくさん書いてあって流石に自分の目を疑った。
今回のラーハのこともそうだが、他にも信じられないようなことが多すぎて、私もルーカスも本気にしていなかった。時の偏った学者の書いたただの妄想だろうくらいにしか思っていなかった。だからルーカスがこの場でその話をするのには正直驚いたけれど、ヒューゴの反応を見るとあながち間違いではなかったと気づかされる。おそらく王家の人間はそのことのついてなにか知っているのだろう。
「そんな本が生徒の目につくところに?」
「図書室で読んだと言っても禁書の棚なので他の生徒は読んでいないと思いますよ」
あ、許可はとってますからね。
そう付け加えると、ヒューゴは呆れたような顔を見せる。
「レオン皇子だな」
どうやら彼はレオンと知り合いらしい。隣国の皇子だし当然と言えば当然だけど。
多分彼はわざと私たちにあの本を見せたのだろう。どういう意図があったのかは分からないけど。
「けれどここに事件の原因はなさそうですね」
セドリックがそう言うとみんなが頷いた。
十中八九タロットカードが原因だけど、だからと言ってここに病原体や呪いの核があるようには思えない。もちろん全くの無関係にも思えないけれど、直接の原因はなさそうだ。
「となると出口を探した方がいいな。入り口は塞がってるし、動けるうちに動いておいた方がいい」
ルーカスの言葉を受けて振り返ると、先ほど入ってきたと思われる場所はただの壁になっていて帰れるようには思えない。そもそも私たちはどうやって入ってきたのだろう。
救助も見込めない以上じっとしているよりは動けるうちに出口を探した方がいい。
『貴方たち、お外から来たの?』
無邪気な声に目線を落とすと、そこには1人の女の子が立っていた。




