幸運のタロットカード
「俺の連れに手を出すな」
いつもより低い声で彼はそう言った。
店主の力が抜けたのを確認すると、彼は掴んでいた手を放す。
「パンの代金は俺が支払う。この場はそれで収めてくれ」
彼の言葉に店主は頷き、代金を受け取るとメインストリートの方へと帰っていった。
「ありがとうルーカス」
「ハァ……お前は馬鹿か?」
「うっ……それは」
「なんの策も無く飛び出すな。もっと頭を使え」
いやそれは何というか。体が勝手に動いたと言うか……
下手な言い訳を並べる私を見てルーカスは再びため息をついたあと、私を手で抱き寄せるとそのままおでこをコツンと合わせてきた。
「焦った。……心臓に悪い」
いつになく小さな声でそう呟く彼に私は申し訳なさを感じ、抵抗せずにじっとしていた。
肩は上下に動いていて、息もいつもに比べて少し荒かった。きっと遠くから私を見つけて急いで駆け寄ってきてくれたのだろう。
「あの。お姉ちゃん、お兄ちゃん。助けてくれてありがとう」
可愛い声に目線を落とすと、小さな女の子が兄と思われる男の子に庇われたまま声を掛けてきていた。
「どういたしまして」
私はしゃがんで彼女に目線を合わせる。
「あのね……お兄ちゃんが」
大きな瞳から涙がこぼれそうになっている。
彼女に抱き着く彼を見ると、彼はヒューヒューと息をしていて殴られ続けた顔や背中は血まみれだった。どうしよう……そう思った時、肩に誰かの手が乗った。
「治癒魔法。お前の十八番だろ?」
ルーカスの言葉に私はハッとした。
そう言えば主人公って平民だけどこの世界でも珍しい魔法による治癒が可能な人物ってことでウィンチェスターアカデミーに入学したんだよね。私この世界に来てから使ったことあったっけ?
使えなかったらどうしようと思いながら、私は杖を取り出してとりあえず念じた。
だって呪文も知らないんだもん。
すると、杖からやさしい光が出て男の子を包み込んだ。
そして光が消え去ると男の子の傷はきれいさっぱり無くなっている。
「こんな完全な治癒魔法……疑ってはいなかったが、流石に目を見張るな」
ルーカスは珍しく素で私を評価している。うん。正直私も驚いてる。
良かった使えて。なんかよくわかんないけど。
「ありがとう!」
状況を理解したらしい男の子が元気にお礼を言ってきた。
私は笑顔でそれに応える。
「私は当然のことをしただけだよ」
「妹を守るのは素晴らしいが、盗みは良くない。それは分かってるな?これに懲りたらもうするなよ」
ルーカスは膝をついて子供たちの頭を優しく撫でた。
ふーん。意外といいところもあるんだ。
帰っていく子供たちに手を振りながらルーカスは静かに口を開いた。
「カーライル王国は元々年中寒い気候のせいで食物が育ちにくい。魔法薬学や薬草学が発達しているのも、養分の少ない土壌で育った薬効の低い薬草たちから可能な限り薬効を引き出そうとした研究者たちの努力の結果だ。災害も多いからな。一見自然に囲まれた美しい街に見えるが、昔から貧富の差は広がるばかりだ」
今の俺たちにはどうすることも出来ない。
ルーカスの言う通りだった。彼らだって、きっと好きで盗んだわけじゃない。店主だって好きで殴っているわけじゃない。みんな生きるのに必死なだけ。誰も悪くないから苦しいのだ。
「お兄ちゃんたち!」
行こうかと話していると、先ほどの女の子が息を切らして走ってきた。
「コレあげる!」
「これって……」
彼女の手に握られているのは、手に入れるとなんでも願いが叶うと言う幸運のタロットカードだった。彼女はそれだけ渡すと「じゃあね!」と言って去ってしまった。
「なんだ?それ」
「幸運のタロットカードだって。持ってるとなんでも願いが叶うとかなんとか」
「ハッ、それはありがたいな」
ルーカスには笑われてしまったが、折角もらったものなので、私はポケットに入れてありがたく持ち歩くことにした。しばらくルーカスと共に散策をしていたが、集合時間が迫っていることに気が付いて、私たちは待ち合わせだった昼とは別のレストランに向かった。




