嫌がらせ……?
「セドリックも完全制御魔法を使っているんだよね?」
「うん。けど僕はそれと的に当てる魔法で安定量に達するから組み合わせの魔法なんて考えたこともなかったよ」
選考会まで残すところあと1週間。私たちはすっかり生徒会室に通うことが日課になってしまった。
エドガーにも手伝ってもらう代わりに、私たちもエドガーの生徒会の仕事を手伝う。何のメリットもないセドリックには申し訳ないと断ったのだが、本人曰く「ずっと2人で生徒会室にいるなんて嫌」なんだそう。セドリックって、ゲームの中ではクールなイメージが強かったんだけど、話してみたらすごく優しいし、もしかしたら自分だけ仲間外れにされるのが嫌だったのかな?
「セドリックは的に当てる魔法って何を使っているの?」
「僕が使ってるのはレーザー魔法。威力弱めたやつだけどね。やっぱり光が一番速いから」
確かにスピードではトップレベルだけど、レーザー魔法は有効範囲が狭い上に発動時間も短い。
セドリックのコントロール力があってこそブレずに的に当てることが出来るんだろう。私が真似しても出来ないだろうしなぁ。
「また図書室ですか?」
立ち上がった私に声を掛けてきたのは、大量の書類に押しつぶされそうになっているエドガーだ。選考会が近づいて、生徒会は大忙しで連日徹夜をしていると聞いている。自分も出場するだろうに大変だなぁと思いながらお疲れ様ですと言って生徒会室を出る。
流石に今の状況で練習に付き合ってもらう訳にはいかないので、組み合わせの魔法は自分で探して、エドガーにはその相談に乗ってもらっている。セドリックは魔法の相談に加えて練習にも付き合ってくれているが。
とにかく早く見つけないと。練習の時間も必要だし。
私は人気のない廊下を早歩きで通り抜けた。
「また生徒会室に入り浸って……エドガー様がお可哀想だわ」
「セドリック様も仕方なく相手をしているとか」
「これだから卑しい身分の方は……」
チラリと声のする方を見ると、知らない女子生徒がこちらを睨んでいた。最近一人で行動していると陰口を言われることが増えた。
悪役令嬢……じゃないんだよなぁ。
最近エドガーやセドリックと行動を共にしていることで、周りが良く思っていないのも知っている。ゲームの中の悪役令嬢アメリア・バートレットが出て来ると厄介だなぁと思っていたが、彼女が出て来る様子はない。嫌がらせをされるわけでもなく、ただ陰口を言われて睨まれるだけ。
実害は全くないので聞こえないふりをして無視している。
図書館へとたどり着くと、目をつけていた魔法書を手に取る。
私は細かいコントロールが出来ない。そのため的に当てる魔法もスピードに特化したものよりも、範囲が広く細かいコントロールが必要ない魔法の方がいいだろう。
的に当てる魔法に規定はないのでそこに威力は必要ない。ただ当てればいいのだ。
「逆に見つからないんだよなぁ……」
実際のところたくさんありすぎてどれを試せばよいのかもわからない。
最悪ただ魔力飛ばすだけでもいいわけだし。
当然ながら全て片っ端から試すことはできないので、ある程度目星をつけておく必要がある。
あえて属性の魔法を使うとか?
水とかなら他の選手に当たってしまったとしてもあまり問題は無いし。
でもそれだと発動するまでに時間がかかるか。
いっそもっと他のとこで魔力を消費するとか……あ。
「いい魔法見つけたって本当?」
「えぇ、そうなの。……ただこれが通用するかセドリックにも見てほしくて」
翌日。私はセドリックをグラウンドに呼び出した。本当はエドガーにも来てほしかったが、選考会まで1週間を切って大忙しの彼を呼び出すことは流石にはばかられた。
私は箒を持って今まで通り完全制御魔法をかける。
今までと違うのは、その乗り方。
箒にまたがると、どうしても箒を持つ手が塞がってしまう。かといってスピードを出すのに箒を持たないわけにはいかないし。
「立ち乗り?……なるほど。位置固定魔法か」
そう。箒に乗っている足を箒に固定することで、私の脚と箒を一つのモノとして完全制御魔法をかける。後は風の抵抗を軽減する魔法をかければ完成。一通り飛び回ると私は地上に戻った。
「あとはこれを使おうと思うんだけど……」
そう言って私が取り出したのは魔法の杖。セドリックは「的に当てる魔法は呪文つきの魔法を使うの?」と聞いてきたがそうではない。魔法を当てる的と同じような光をセドリックに出してもらうと、私はそこまで箒で飛んで行ってその光に魔法の杖をぶつけた。すると光は消えていく。
「私細かいコントロールが苦手だから杖に魔力を纏わせて直接的を叩こうと思ってるの」
スピードで言うと遅くなってしまうかもしれないんだけど、この方法通用すると思う?と問うと、セドリックは「他の選手を焦らせることも出来るし、十分通用すると思うよ」と言ってくれた。
しばらく同じように練習して疲労度や魔力量に異常がないかを確認し、その後初めて一緒に本番と同じ状況でウィザードシューティングの練習をした。
随分と長い時間練習をしていたので、練習後向かった更衣室にはもう誰もいなかった。
急がないと大食堂での夕食に遅れてしまうため、私は急いで着替えを済ませようとロッカーを開ける。
なにこれ……
ズタズタに切り裂かれた制服。驚いてロッカーを閉めると、そこには確かに自分の名前が書かれている。アメリアの仕業?でも彼女はこんな陰湿ないじめはしなかったはず。
彼女は必ず私の目の前でいじめを行う。教科書を噴水に捨てたり水をかけられたりするシーンがあったが、それらは全てアメリアが私の目の前で行ってきたこと。
だからこそ攻略対象が目撃し助けてくれるのだから。
そう考えるとこれは悪役令嬢アメリアの仕業ではない?
しかし犯人の検討が全くつかない。私をよく思っていない人も陰口を言っている人も数えきれないほどいる。ほとんどの生徒が貴族である以上変に疑って探るような真似も出来ない。
しばらくエドガーやセドリックとの接触も控えよう。
魔法がある程度完成した後でよかった。この調子なら一人で練習していても大丈夫だろう。
私は大食堂での食事は諦め、ズタズタになった制服を持って自分の部屋へと戻った。
「子羊ども。今日は前に言っていた実技試験を行う。俺が合図したら一斉に始めろ。出来たものは手を上げるように」
エドガーやセドリックと話さないまま4日が経過した。エドガーは忙しすぎてそもそも話しかけてこないし会う機会もないので特にこれと言って変わったことは無かったが、セドリックは何かと私に会いに来るので避けるのに苦労した。その苦労の甲斐あってか陰口こそあるものの、この間のように実害のあるようなことはされていない。
ちなみに制服は替えなど持っていないので何とか魔法で直した。今まで必要ないと思っていた日常魔法がこんなにもありがたいものだとは思いもしなかった。
このまま選考会まで何事もなければいいと思っていたが、今日の魔法薬学の実技試験はセドリックのクラスと合同だ。一応試験中なので話しかけには来ないが、この4日間避け続けたせいかずっとこちらを見ている。
そんないい顔で見つめられたら照れるんですけど……
あの様子だと授業終わりに話しかけに来るつもりなのだろう。しかし、セドリックのクラスにはよく私に陰口を言ってくる女子生徒のグループがいる。もちろんそんなのは私のクラスにも居るのだが、彼女らはセドリックのファンクラブ会員らしい。しかもあわよくば自分と……と思っている所謂ガチ恋勢だ。まぁあれだけ優しくてイケメンで天才なのだから理解はできるのだけれど。
そんなわけなので今ここでセドリックに話しかけられるのはマズい。
ダミアン先生は実技においては終わり次第解散というスタンス。つまり、私がセドリックよりも先に終わらせて教室を出ていけばいい。
今日の課題は金の溶解。各自渡された金を溶かすことが出来れば成功だ。
金はその特性上、ちょっとやそっとの溶解液では溶かすことが出来ない。
この課題の正解は、この間習った魔法の溶解液にピリオ草を加えること。ピリオ草は魔法の溶解液に加えるとその溶解液の溶かす力を増強させる効果がある。
魔法の溶解液の生成方法と薬草を用いた薬液の生成方法を合わせた応用問題だ。ピリオ草のことも含め全て習った知識でクリアすることが出来るが、選考会に向けての練習のせいで居眠りが増えてきた直近の内容を出すなんて意地悪だなと思いながら周りを見渡す。
苦戦している生徒が大多数。この様子じゃ時間内に完成させるのは難しいだろう。
チラリとセドリックの方を見ると、彼はもう答えが分かっているのだろう。無駄のない動きでテキパキと魔法薬を生成している。彼が最適解をはじき出している以上、私が彼より先に魔法薬を完成させるのは難しい。第一、私のコントロール力では一発目で成功するかも定かではない。
私、難しい魔法が使える代わりに簡単な魔法、というより少ない魔力で発動する魔法が上手くできないんだよね。エドガー曰く私は魔力を水に例えると他の人はスプーンで水をすくっているのに対して私は大釜ですくっているため細かい調整が出来ないのだという。ちなみにセドリックの場合は時と場合によって道具を持ち換えられるらしい。いつかはできるようにならなくてはと思うけど、今はそんなことを考えている場合ではない。
金を溶かせばいいんでしょ?
「先生」
「なんだ?もうできたのか?」
「いえ。この棚にある薬品を使ってもいいですか?」
「構わないが……ここにあるのは危険な薬品ばかりだ。扱いには気を付けろよ?」
分かってるよそんなこと。誰に言ってんの。
こちとら中学時代の昼休みは理科室で過ごしてたんだよ。そういや理科室で食べるカップラーメンってなんであんなに美味しいんだろ。
あの時はどうせ入り浸るなら教えてやると色々な実験をさせられたことに対してめんどくさいなと思っていたが、こんなところで役に立つとは。
あったあった。濃塩酸と濃硝酸。化学が発展していないみたいだったから心配だったけど、流石にこれくらいはあるか。
金を溶かすくらい、魔法がなくたって出来るんだよ。
「先生。出来ました」
「なに?まだ開始から20分も経っていないぞ」
正攻法の魔法の溶解液を作る場合、どれだけスムーズに生成を進めても50分はかかる。先生が驚くのも無理はない。魔法よりも早いって化学ってすごいんだなぁ。まぁ私、高校化学は基礎のmolで逃げたんですが。
溶液を入れたビーカーの中に先生の出した小さな金の欠片を入れると、ゆっくりと金はその姿を変え、しばらくすると金は跡形もなく溶け去っていった。
王水。濃塩酸と濃硝酸を3:1で混ぜたもので、一部の金属を除いてほぼすべての金属を溶かすという性質を持っている。特に金やプラチナはこれでしか溶かすことが出来ない。
驚く先生を横目に、私は荷物をまとめて教室を出ていこうとした。
しかしそれは先生の杖によって阻まれる。
「どうやったんだ!?これは歴史的発見だぞ!」
やばい。めんどくさいヤツかも。
そう思った時にはもう遅く、私はそのまま職員室へと連行された。
先生曰くこの世界では金を溶かすことが出来るのは魔法の溶解液のみだと考えられていたらしい。しかし、それでも完全に溶かし切るのは難しいのだとか。
職員室では色々な先生に囲まれ、王水の生成方法やどうやって思いついたか等とにかく色々聞かれた。しまいには論文を書いて学会で発表しようなどと言い出す先生まで現れ、私が解放されたのは放課後だった。ちなみにその間の授業は全て自習になったとか。
今日はウィザードシューティングの練習せずに自室に戻ろうかと思うくらいには疲れていた。だから教室に荷物を取りに行くと私は練習に向かうため人の多いグラウンド側の階段ではなく、寮があるほうの誰もいない階段を降りた。
油断していた。
背中に衝撃を感じる。気が付くと私の体は宙に浮いていて、優雅な笑い声を最後に私の視界は遮られた。




