初めての魔法省
皆と別れを告げ、馬車に乗り込んで早5分。私は静かに馬車に揺られていた。
目の前に座るルーカスはずっと窓を見つめており、隣に座るセドリックはずっと私を見つめている。
単刀直入に言おう。ものすごく気まずい。
さっきからルーカスに話題を振ってもすぐに途切れてしまうし、セドリックに関してはずっと笑顔でこちらを見て来るので、対応に困る。というか怖い。
演劇コンテストの最優秀賞の副賞の1つに論文コンテストと同じく魔法省へのインターンの権利があった。私は論文コンテストの方でその権利を得ていたので辞退し、話し合いでその2枠はレヴィとリビウスに決まっていた。レヴィとリビウスが荷物を持っていないので、私はてっきり時期が違うのだと思っていたが、本当は演劇コンテストの結果を受け、レヴィとリビウスに仕事のオファーが殺到しスケジュールが合わなかったらしい。そこで改めて希望者を募ったところ、2人が手を挙げたとのこと。しかし私の記憶では、最初の段階でセドリックとルーカスは興味が無いと断っていたはず。
それもそうだろう。インターンとは本来、就職希望の者やそれに近しい進路を考えている者が行くことを前提としている。レヴィとリビウスは役者としての道だけでなく、ボランティア活動を通して発展途上地域の援助に興味を持ったことで、それを管轄する魔法省を見ておきたいと言っていた。しかし、セドリックはバートン公爵家の1人息子。将来はほぼ間違いなく家を継ぐことになるはずだ。ルーカスだって、両親が超有名な音楽家。自身もピアノやヴァイオリン、作曲など様々な面で才能を発揮しており、てっきり音楽関係に進むものと考えていた。
それに2人から魔法省に興味があるなどという話はこれまで1度も聞いたことがない。私に言っていないだけかとも思ったが、それなら最初の段階で断ったりしないだろう。
どうして急に?
私はそんな疑問を抱えながら、馬車に揺られ続けた。
30分後、馬車は予定通りに目的地へ到着する。
「うわっ、大きい」
「そりゃ学校なんかとは規模が違う。世界に支部を持つ機関の本部だぞ?」
にしても大きすぎな気がするけど。まぁそれもそうか。
大きな門をくぐると、入り口が見えないほどの長さを持つメインストリート。石畳の左右にはたくさんの木々や草花が徹底的な管理の元彩られており、奥には水路のようなものが流れているのがわかる。
建物の入り口には門番がおり、私たちを確認するとすぐに応接室に案内された。応接室も他の場所と同じく、有名な職人のステンドグラスや家具をはじめとしたアンティーク調。天井にはクリスタルが贅沢にあしらわれたシャンデリアが輝いている。
「儲かってるね」
「どんな感想だよ」
私の言葉にルーカスが笑う。
いやいやだって元の世界でもこんな豪華絢爛な職場見たことないんだもん。
ここに来るまでにも、社員用のプールやジム、テニスコートなどのスポーツ施設やレストラン街など、福利厚生が手厚すぎることを悟った。
絶対ここに就職してやる。ただ今日は誰も使っていなかったのが気になるけど。
「遅いね。僕たちの指導担当が来ると言っていたけど」
確かにセドリックが言うように、既にここに案内されてから15分ほど経つ。私たちが来ることは事前にもちろん連絡しているし、来た時間も予定通りだ。そう言えばここに来るまで働いている職員に1人も会わなかった。一体どうしたのだろう。何かあったのだろうか。
「確かに遅いな」
「何かあったんじゃ……」
その瞬間、応接室のドアがドンと開いた。
私は驚いて少しビクッとしてしまったが、ルーカスはそれを見て面白そうに笑っている。許さん。
「いやいや悪いね。待たせてしまって」
久しぶり、と言うほどでもないかな。
そう微笑むのはベノ・シュペルバーだ。彼は先日の論文コンテストの審査員長を務めた男であり、魔法省の魔法大臣という、ここの事実上のトップ。
どうしてそんなすごい人がわざわざインターン生の元に?
私は彼の登場に疑問を持っていたが、他の2人の視線は彼ではなくその隣の人物に注がれていた。
「……嘘だろ?」
「どうしてあなたがここに?」
珍しく2人が本気で驚いている。
私も2人と同じく隣の彼に視線を投げた。
高い背格好に闇夜のような黒髪。切れ長の瞳にはゴールドが輝いている。
あ、この人知ってる。エマの知り合いかな?
……違う。金の瞳はアスカニア王国王家の直系にしか現れない。
そうだ。この人は。
「僕が君たちの指導係を任されたんだ」
アスカニア王国第1王子、ヒューゴ・ヘンダーソン。




