アフターパーティー
演劇コンテストの授賞式が終わるとともに、すべての企画が終了し、1週間続いた総合文化祭も残すところ5校の生徒たちによるアフターパーティーのみとなった。
私はレヴィに軽くメイクと髪の毛を直してもらい、そのまま会場へ向かう。
到着した時には、パーティー開始30分前と言うこともあって人はまばらだった。
私は特に知り合いも見当たらなかったので、ドリンクだけ取って会場の隅で立っていた。
「エマ。直接話すのは久しぶりね」
駆け寄ってきたのは薄い紫色のエンパイアドレスを見に纏ったアメリアだった。
そういえばメールや電話などはしていたが、この文化祭期間中もお互いに忙しく会えていなかった。
「久しぶり。最優秀助演女優賞おめでとう。私も見たよ、流石はプロ」
「ふふ。最優秀主演女優賞が何言ってるのよ。ウィンチェスターに作品賞を取られてリヴィエール兄弟が珍しく落ち込んでたわ」
「ほんと?ちょっと見てみたかったな。……ところで」
人がまばらとはいえ、さっきの受賞式の後、それも同じ人魚姫役が衣装をまとって並んでいれば嫌でも目立つ。私は声のボリュームを落としてアメリアだけに聞こえるように言った。
「アレ、本当にやるの?」
「当たり前でしょ?それしかセドリックを止められないわ」
「それはそうかも知れないけど……」
アレ、と言うのは乙女ゲームの進行を食い止めるための作戦だ。
アメリアの仮説では、ヒロインと悪役令嬢、そして攻略対象が出会うことで原作の展開が始まる。
つまり、この3人が出会うまでこの世界は乙女ゲームの世界ではなく、ヒロインもプレーヤーではない。けれど、交換留学の時にセドリックと私たちが揃ったことによってゆっくりとセドリックルートが進行している。
まだ大きなイベントは発生していないものの、最近のセドリックの様子を見ればそれが時間の問題ということは嫌でも分かる。そしてこのゲームのタチの悪いところは、ヒロインがどのような手を打っても基本的には勝手にゲームが進行してしまうという事。例えば今現在私に好意を向けているセドリックに対して答えればもちろん正規のルート。致死率90パーセント越えのゲームが始まる。しかし逆にセドリックを避けようとすればほぼ確定でヤンデレルートに入る。ちなみにこっちもかなりの死にゲー(と言うより監禁?)正直言うとヤンデレは大好きなので、プレイしていた時はキャーキャー言いながら喜んでいたが、自分がやられるのは解釈違いだ。
とまぁこのように、誰かのルートが進んでしまえば私にはお先真っ暗の未来しかない。
それを防ぐためにアメリアが考えたのは、『全員友達以上恋人未満のクリーンな関係大作戦』だった。これはもう名前の通りで、攻略対象全員と私たち2人が出会うことでゲームの展開を開始し、誰か一人のルートに行かないようにするというものだ。
セドリックと出会ってしまった以上こうするしかないことはわかっているが、やはり上手くいかないような気がして踏み切れない。なんとか上手くいくといいんだけど……
「エマ、早いね。お久しぶりですね。ミス・バートレット」
「御機嫌よう。セドリック様。ご無沙汰しております」
リエーレ王子の夜会服を見に纏ったセドリックは、髪色を戻してしまったとはいえどこからどう見ても絵本の中の王子さまだった。そのあまりの容姿に周りで眺めていた令嬢たちが次々と倒れていく。
私はそんな彼女たちに「気持ちはわかるよ……!」と心の中で共感していた。
「エマ。ここにいたのか」
低めの声に振り向くと、そこには本物の皇子様がいた。
肩の凝りそうな軍服に近いタキシードを見に纏い、気だるげに話しかけてくる。
「レオン。こんな隅にいていいんですか?」
「じゃあ中心に行くからお前も来い」
「あ、大丈夫です」
それとなく別のところに行ってもらおうと思っていたが、そう簡単にはいかなかった。
私はいつの間にかセドリックとレオンが皮肉を言い合っているのを見ながら、グラスに入ったジュースの残りを一気に飲み込んだ。
「そんなに喉が乾いてたんですか?」
声のする方を見ると、そこにはエドガーとアルバート、ルーカスがこちらに向かって歩いてきており、その後ろにはレオンを探していたヨハンとノエルの姿が見える。
4人の攻略対象に加えて面倒なのが3人。絶対に一緒に混ぜてはいけない人間たちが大集合してしまった。どうにかしてここから逃げられないかな。というかこれじゃ作戦始まっちゃうよね?まだ覚悟決めてないのに!
「ウィンチェスターアカデミーの皆さん。御機嫌よう。クリスタルカレッジ1年生、アメリア・バートレットです。エマとは交換留学の際に仲良くなりましたの。どうぞよろしく」
やりやがった。
私はアメリアにちょっと待ってと視線を送ったが、その時にはもう遅かった。
セドリック以外の3人の攻略対象は、人魚姫役の女子生徒ということはわかっているため、それぞれ自己紹介をして演劇についての話で盛り上がっている。
「エマちゃんから見て、アメリアちゃんはどう映ってたわけ?やっぱ友達だろうがライバルって感じ?」
「……」
「エマさん?」
「あ、はい。何ですか?」
時々彼らは私にも話を振ってくれるが、正直私はそれどころではない。
全員のルートが一気に始まるなど、原作の中ではありえない。そもそもこのゲーム「マジカルプリンス」の中では攻略中のキャラ以外の攻略対象との接点はほぼ100パーセントと言っていいほどない。
これから何が起こるか全く予想が出来ない。
楽しそうに笑っているアメリアも、さっきからそれとなく周りや攻略対象たちの様子を観察し警戒している。
「エマ、踊ってくれ」
「ルーカスと?」
「踊ってないと演奏させられるんだよ。眠くなりそうな曲を延々弾き続けるなんて御免だからな」
演奏家たちの方を見ると、彼らは眠気と戦いながら、ひたすら同じテンポで曲を弾き続けていた。
アフターパーティーの開始時刻まで残り5分。パーティーが始まれば夜までワルツやBGMを弾き続けなければならない。流石の私もそれはかわいそうだと思ったので、特にパートナーもいないのだからいいかとルーカスから差し出された手を取ろうとした。
その瞬間、目の前にいたルーカスの姿が消える。
気が付くと、目の前には攻略対象がいた。




