授賞式Ⅱ
「……終わったー」
座席にドンと倒れこむ私にレヴィはお疲れ様と声を掛けてきた。
でもその後すぐに「姿勢!」と背中を叩かれて、私はまだ見られていることに気が付き慌てて姿勢を正す。
「よく頑張ったわね」
「先輩のおかげです」
頭が真っ白になって何を言えばいいのかも分からない私うを見かねて、レヴィはハグをするときに小声でアドバイスをくれた。
「長くなくていいから、聴かせるスピーチをしなさい。言わなきゃいけないことなんて気にしなくていい。言いたいことを言うの」
そのアドバイスに従い私は昔見た好きなアーティストのドキュメンタリー風に喋った。若干脚色はしているけど、ほとんど事実だし大丈夫でしょ。上手くいくかは正直博打だが、観客の反応を見る限りそれなりに成功したと受け取っても罰は当たらないだろう。
『最後に最優秀作品賞の発表です。最優秀作品賞に関しては私からではなく、審査員長のハリソン・オールドリッジ氏からしていただきます』
そうして出てきたのは大柄のいかにも気難しそうな初老の男性。レヴィが言っていた有名な映画監督だ。
「紹介に預かったハリソン・オールドリッジだ。君たちの演劇、すべて見させてもらった。どの部門の選考も簡単ではなかったが、特にこの最優秀作品賞の選考には審査員の中でも意見が真っ二つに割れた。作品としての美しさを評価するか、ストーリーとしての美しさを評価するか。しかし、私は最初からこの学校にしか最優秀作品賞はあり得ないと考えていた。5校の作品の中で、観客が拍手を忘れるほど引き込まれた作品。この作品に関わるすべての人間がストイックに取り組んできたことが始まってすぐにわかった。バットエンドだからなんだ?細部にまでこだわった演出や演技、演劇のあるべき姿を思い出させてもらった。私は彼らに最高の称賛を贈りたい」
もしかして、と私たちはお互いの顔を見合わせた。
隣のブロックに座っているクリスタルカレッジの生徒たちは悔しそうに頭を抱えていた。
「最優秀作品賞は、ウィンチェスターアカデミーの『人魚の初恋』に」
その瞬間、私たちは立ち上がって涙を流しながら抱き合った。
普段クールなレヴィやセドリックでさえも、この時ばかりは涙を流していた。
レヴィは割れんばかりの完成を浴びながらステージへと向かった。
そして満面の笑みでひと際大きなトロフィーを受け取ると、堂々たる態度でマイクの前に立った。
「この場に立てたことが本当にうれしい。この演劇に関わってくれたすべての人に感謝を。どうもありがとう」
それだけ言うと彼はステージを降りようとした。
私以上に短いスピーチに、司会が慌てて彼を引き留める。
『待って待って!』
「特に話すこともないので」
平然としたレヴィに司会はこのままではマズいと思ったのか、「僕が質問するから!」と彼をステージに引き戻した。
『えっと……どうしてハッピーエンドではなく好みが分かれるバットエンドの劇にしようと思ったの?』
「この作品はハッピーエンドよ?」
司会の質問にレヴィは間髪入れずにそう答えた。
え?どこが?と混乱する観客を見て、レヴィは「やっぱり授賞式が終わってから流そうと思っていたけど」と言って指を鳴らした。
するとステージの上に現れたスクリーンから、映像が映し出される。
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(どうして私がこんな目に……)
地下牢の床を引っ掻いて、いら立っている様子の少女。
美しい姿からは想像もつかないような憎しみの表情を浮かべている。
その場に居た者たちは、これが何を表しているのかすぐにわかった。
そう、これはリエーレ王子の婚約者アイナに嵌められてセレノアが地下牢に閉じ込められるシーンだ。
演劇の舞台では表現されていなかったセレノアの心情がにじみ出ている映像。
そして彼女はふと首元にかかったネックレスの存在に気付く。それは海の魔女ナジャリアから契約時にもらった魔法のネックレスだった。
(ナジャリア。力を貸して)
彼女がネックレスに向かって念じると、ナジャリアが目の前に現れた。
そう、このネックレスはナジャリアがその場に移動するための魔法式が付与されたネックレスだったのだ。
「なんだい?プリンセス」
ナジャリアは嬉しそうに笑う。
セレノアは彼女の腕を掴んで声が出せないながらに必死で訴える。
すると、ナジャリアは今のセレノアが置かれている状況を把握した。
「それで?どうして欲しいんだい?」
(彼に愛されたいの。どんな手段を使ってでも)
セレノアはナジャリアから受け取った紙にペンでそう記して見せた。
(だから、アイナと私の体を入れ替えて欲しいの。誰にも気づかないように)
するとナジャリアは大声を上げて笑った。
まさかこんな娘だったとは。自分はこの子をただのオヤサシイお姫様だと見くびっていた。
「いいよ。でもこれはかなり高度な魔法だ。何の対価無しでは出来ないね」
すると、セレノアは迷わずペンを動かした。
(人魚としての私の寿命をあげるわ)
ナジャリアは目を見開いた。
人魚の寿命は平均300年ほど。セレノアはまだ15年しか生きておらず、人間としての寿命は長く見積もっても100年程度。つまり、自分は200年寿命を延ばすことが出来る。
これは彼女にとって僥倖だった。自分はもうヨボヨボのおばあさん。けれど、200年寿命が延びれば?
「契約成立だね」
ナジャリアは契約書を差し出し、セレノアはそこにサラサラとサインをする。
いいかい?この魔法は変わりたい相手の血液に触れることで発動する。継続時間はせいぜい30分。それが過ぎれば元に戻る。ずっと変わりたい相手の体でいたいなら、その30分の間に相手を殺しな。
そうすればお前の魂は戻る場所を失い、ずっと相手の体に留まれる。
画面が暗転すると、映像は見たことのあるシーンへと切り替わる。
「君は……死刑になったよ」
どこか申し訳なさそうな様子で言い切るリエーレとその後ろでニヤリと笑うアイナ。
「私たち友達になれたと思ったのに……」とアイナはわざとらしく彼女の手を私の手に重ねた。
その瞬間、私は彼女の手を掴み、思いっきり引っ搔いた。
「いやァァァ!!」
アイナが突然の痛みに叫び声を上げます。
セレノアはいきなり狂ったように暴れだしました。そしてひたすらリエーレに向かって何かを伝えるように手を伸ばしています。
リエーレはアイナを守りながら、セレノアのあまりの恐ろしさに持っていた銃を使って彼女を打ちました。
「ごめんなさいね」
セレノアが最後に見たのは、怯えたリエーレの顔と優し気に微笑むアイナの顔でした。
演劇のラストシーン。しかし、観客は1度目とは全く違う感想を持ってその映像を見つめていた。
そして画面は2人の結婚式のシーンへと切り替わる。
幸せそうな表情の『アイナ』とリエーレ王子。
こうして2人はいつまでも幸せに暮らしました。
……ところで、あなたの隣にいる人は、本当にその人ですか?
文字と共にナレーションと楽し気な音楽が流れる。
そして最後には『人魚姫の初恋』というタイトルが大きく映し出された。
5分もない短い映像。これは劇の宣伝用トレーラーだ。
本来はこの企画を円盤化し販売するスポンサーが製作するものだが、ウィンチェスターアカデミーでは監督の強い希望によって、生徒自ら製作することになった。
トレーラーとは本来その作品に興味を持たせるものであり、短いシーンを繋げて作るのが普通。けれど、これは明らかにトレーラーのためだけに撮影された映像であり、御法度であるはずの結末まで映し出されていた。大人たちは自分の目を疑った。
これを見る前と後とでは演劇の内容が全く違って見える。
もう一度見たい。
これは本来とは違った意味で購買意欲をそそるトレーラーだ。芸術としてのプライドを持ったまま、商業にも配慮したトレーラー。好き勝手やっているようで実はそうではない。
これは本当に学生が作ったものなのか。
「これからも『人魚姫の初恋』をよろしくね」
レヴィはそれだけ言うと、今度こそ舞台を降りた。
普通、これだけのものを作ればあれこれと裏話をしたくなるのが人間だ。これだけこだわった作品ならなおの事。
けれど、彼はそれをしない。言いたいことは作品で語る。
審査員長を務めたハリソン・オールドリッジはこれが経験を裏付けした若さの力かと感服した。
ステージを去っていくレヴィ・ガーデンの背中は眩しかった。




