授賞式
会場では各校の演劇関係者やその応援、一般の観客などがごった返していた。
私たちはその合間を縫って指定された座席に着席する。
「そう言えばエマ。ちゃんとスピーチ考えた?」
「え?スピーチ?」
「レヴィから言われてたでしょ?選ばれた場合に備えて前もって考えておけって」
ちなみに私はもうとっくに考えてるわ。
ポートナムからの言葉が理解できず、私はレヴィの方を見る。
するとレヴィはハッとした様子で「エマに伝えるの忘れてたわ」と溢した。
おいおいおい。
言いたいことはたくさんあるが、もうすぐ授賞式が始まる。私は紙とペンを用意して必死に内容を考えた。
『それでは只今より、第一回総合文化祭演劇コンテストの授賞式を行います』
そのアナウンスと共に会場は一気に盛り上がる。
『ではまず初めに、衣装デザイン賞の発表です。衣装デザイン賞を受賞したのは……クリスタルカレッジ「王子の恋の行方」衣装監督のアンジェリーナ・キャメロンです!』
クリスタルカレッジの客席から歓声が上がる。
メアリはとても悔しそうだったけれど、こればかりは仕方ない。もちろんメアリ達のレベルも高かったが、クリスタルカレッジの衣装はとても素晴らしいものだった。
舞台に上がった彼女がトロフィーを受け取りスピーチを始める。
その後のメーキャップ&ヘアスタイリング賞はカーライルアカデミーが、美術賞はレインフォレストの生徒が受賞していた。
『続いてオリジナル作曲賞の発表です。受賞したのはウィンチェスターアカデミーよりルーカス・エドワーズです!』
ワァと暗くなっていた私たちの表情に光が灯る。
これでまずは1つ目。ルーカスは誇らしそうにトロフィーを受け取り堂々たるスピーチを披露し、続いての演出賞でも、演出監督のイデアが受賞した。しかしその喜びも束の間、脚本賞をクリスタルカレッジのヨハンに取られてしまいレヴィは悔しそうにステージを見ている。その上、主要6部門のうちの1つである監督賞はクリスタルカレッジに取られてしまった。
『次は最優秀助演女優賞の発表です。助演女優賞は……クリスタルカレッジ「王子の恋の行方」人魚姫役のアメリア・バートレットです!』
これまたポートナムやメリダがあからさまに肩を落とす。
アメリアは嬉しそうにトロフィーを受け取り、慣れた様子でスピーチをこなした。
残る主要6部門は、助演男優賞・主演女優賞・主演男優賞そして作品賞の4つ。
この授賞式では最優秀作品賞が事実上の優勝であり、これは他の部門の受賞者からある程度予想が出来る。ちなみにトロフィー以外の副賞が付くのは作品賞のみで、どの学校も結局は作品賞を狙っている。
『続いて最優秀助演男優賞の発表です。受賞したのは……ウィンチェスターアカデミー「人魚の初恋」ランドル役のリビウス・ミラーです!』
その瞬間私たちは歓声を上げるが、当の本人は驚きを隠せずただ目を見開いていた。
確かに助演男優賞はレヴィが取るだろうと考えている者がほとんどで、彼もまさか自分が選ばれるとは思っていなかったようだった。
いつまでたってもステージに向かおうとしないリビウスを見かねてレヴィが立ち上がり彼の背中を押した。
そして彼は泣きながらスピーチを行う。その素直な気持ちが詰まったスピーチは観客の胸を打ち、彼と同様涙を流している者もいた。
『次は最優秀主演男優賞の発表を行います。選ばれたのは……クリスタルカレッジ「王子の恋の行方」王子役ノエル・リヴィエールです!』
彼はいつもの笑顔で、「こんな賞を頂けて光栄です」と言い放つ。近くにいたレヴィがすぐさま「嘘ね。自分が取って当然って顔してるもの」と言うので私はついつい笑ってしまった。
『そして次は最優秀主演女優賞の発表です』
自然と背筋が伸びる。
正直ここで私が取らなければ、作品賞はおそらくクリスタルカレッジだ。
お願い、心の中で私は叫んだ。
『最優秀主演女優賞を受賞したのは……ウィンチェスターアカデミー「人魚の初恋」セレノア役のエマ・シャーロットです!』
「え……今私の名前呼んだ?」
「うん!おめでとう、エマ!」
私は信じられなくて隣に座っていたセドリックに確認をとった。
どうやら私の聞き間違いじゃなかったらしい。
監督としてレヴィからハグを受け取ると、私はステージに向かって歩いた。
あ、折角書いたカンニングペーパー忘れた。
正直もう頭は真っ白だし、不安でしかないがそれを決して表に出さないよう注意しながら軽くドレスを持ち上げ優雅に歩く。
役は抜け落ちてしまっていても、その体に染みついた動きは簡単には消えない。
観客たちは「まさに人魚姫にふさわしい気品だ」とうっとりしながら私を見つめていた。
トロフィーを受けとると、私は用意されたマイクの前に立つ。演じなくては。観客は私をまだセレノアだと思って見ているのだから。みっともないところは見せられない。
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「……まずは私を拾ってくださった監督と支えてくれたキャストやスタッフのみんなに感謝を。演技をしたこともない私が今ここに立てているのは皆さんのおかげです。どうもありがとう」
演技をしたことがない、という彼女の言葉に会場はざわついた。
あれで未経験なのか。エマを選んだ審査員たちですら信じられないと目を見開いている。
「私には居場所が無かった。部屋を出れば聞こえる悪口。いい点を取れば不正を疑われ、代表に選ばれればどうやって取り入ったのかと聞かれたこともあります」
まるでドキュメンタリー映画を見ているような、人を引き込む話し方。
さっきまでざわついていた会場も、今はただ彼女の言葉に耳を傾けている。
「でも監督のレヴィ先輩は私を使ってくれた。私じゃなきゃダメだとまで言ってくれた」
彼女は手に持ったトロフィーをスポットライトに照らして眺めた。
「そしたらいつの間にか私には居場所が出来てた。私に必要なのは監督だったみたい。……今までで1番最高の気分。こんな素敵な景色を見させてくれてありがとう」
たった1分のスピーチ。
他の受賞者は5分以上話しているのにも関わらず、たった1分だけ。
しかしそれを気にも留めずにステージを降りていく彼女に自然と拍手と歓声が鳴り響いた。
彼女はそれを困ったような表情で受け取りながら、歩くスピードを速めて自分の座席へと戻った。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
なんと「ヒロインって案外楽じゃないですよ?」は4万pvを達成いたしました!本当に沢山の方に読んでいただけて作者としてもありがたいです。
長い長い総合文化祭編ですが、おとといようやく書き終えることが出来ました。これから編集作業を行いますが、おそらくあと1週間ほどの投稿で終了となります。現在はその次の編を書いているのですが、これがまた難しい!笑
10万字ほどで完結させようと思っていた作品ですが、気がつけば25万字に到達しております。なんだかんだで100万字くらい書きそうな自分が怖いです。笑
皆さんのブクマ、評価、感想、レビュー。とても励みになります。本当にありがとうございます。
もしまだされていない方がいらっしゃれば、この機会にどうぞよろしくお願い致します!
それでは皆さまこれからも「ヒロインって案外楽じゃないですよ?」をよろしくお願い致します。




