寂しさ
結論から言うと地獄だった。
だってこういう時のお決まりである「誰が最優秀賞を獲ってもおかしくなかった」とか、「まさか自分が取れるなんて」と口にすれば会場の空気的に考えて間違いなく嫌味と捉えられてしまう。もちろん自信満々に話すわけにもいかないので、私はもはや何を話していいのか分からず、ひたすらありがとうございますと繰り返していた。
そしてそれはエイドも同じで、彼もまた内容に困り果てて、「えーっと」や「あのー」などを繰り返していた。これには観客も同情していたが、最優秀賞のトロフィーが贈られる頃にはエイドはさっきまでの気まずさを忘れたかのようにはしゃいでいた。
発表が終わり会場を出るとたくさんの人たちに囲まれた。
新聞社などのメディア関係だけでなく、たくさんの知り合いが祝福の言葉を贈ってくれた。中でも意外だったのはレオンやリヴィエール兄弟までもがおめでとうと伝えに来てくれたこと。
案外いい人たちなんだよなと思いながら軽く話していると、突然現れたレヴィに連れられて、私は会場を後にした。
連れて来られたのは練習時に割り当てられていた稽古場。
もう大道具の片付けなどは済んでいて、代わりにたくさんのドレッサーや衣装、メイク道具などが並んでいた。
演劇コンテストの授賞式ではみんなそれぞれの役柄に合わせた衣装で参加する。キャストなら本番と同じ衣装もしくはそれに似せた衣装。監督やその他の裏方の人間はタキシードやドレスを着用する。
そのため稽古場では既にたくさんの人間が準備をしており、メイクやヘアメイク、衣装が中心となって全員分の準備を進めていた。
私もキャストの並びのドレッサーの前に座り、それぞれの係に準備を手伝ってもらう。
ライムグリーンを基調としたチュールのデタッチドスリーブのAラインドレス。チュール部分にはライトパープルがアクセントに使用されており、所々に付けられたシェルやビジューがより高級感を引き立てている。髪は毛先を緩く巻き、そのまま下ろす。サンゴモチーフのヘッドアクセサリーを付け、靴は贅沢にビジューをあしらったハイヒール。
メイクも終わり、入場時刻を待っていると、他のキャスト達の準備も終わったようで、誰かがどこからともなくセリフを口にする。いつもの流れだと皆もそれに便乗しセリフを紡いでいくが、どうも上手くいかない。
あれだけ練習したセリフなのに、所々抜け落ちていてつっかえてしまう。折角覚えているセリフが来ても、どうしても感情がこもらない。ただ読み上げているだけ。
それが私にはとても悔しく、そして寂しく感じられた。
「あーあ。もうセレノアが出て行っちゃった」
私が無意識に溢した言葉は、広い稽古場に響いていた。
私だけではない。みんなそうだった。
あれだけ必死に役作りをして練習に取り組み掴んだキャラクターたちは、もう私たちの中には居なかった。劇が終わってまだ5日ほど。それなのにもう私たちの中には居ない。
「そんなものよ。演技は。アタシも映画で第2作を撮るとなったら、もう一度最初から役を追いかけるの。そんなもの」
流石プロは経験が違う。
私たちの様子からしてもレヴィの言っていることは多分正しい。悲しむほどの事ではない。きっとそんなものなのだ。けれど、私にはそれが本当の意味でこの作品の終わりなのだと感じずにはいられなかった。幕が下りたとき、不思議と感じなかった寂しさや喪失感がここで一気にやってきた。
練習も撮影も何もかもが大変だったけど楽しかった。
皆で濃いクマを作りながらあぁでもないこうでもないと悩みながら走った。
もう、そこには戻れないんだよなぁ。
「ほらエマ、早く行くよ」
「あ、はい!」
感傷に浸っているとエリカから声がかかる。気が付くと私たち以外はもうほとんど会場に移動しており、私も会場へと急いだ。




