最優秀賞
私が出したのは満開に咲き誇ったアリエスの花だった。
10年に1度しか咲かない貴重な花。そして咲いてもすぐに枯れてしまうため花を見たことのある人間はほとんどいない。どうやってこんな貴重なものを。1人は立ち上がり、1人は大声で叫ぶ。会場は大騒ぎだった。
「お静かに。これはアリエスという植物です。皆さんご存じの通り、この花は10年に1回しか咲かない花であるレピュタスと同じ周期で咲くと言われています。しかし、レピュタスの開花時期は2か月ほど前のこと。ではどうしてここにあるアリエスは咲いているのでしょうか?」
静かになった聴衆たちは何故だろうと思考を巡らせる。
「答えは簡単。アリエスは10年に1度しか咲かない花ではないからです」
客席がどよめく。そう言えばメアリの論文はまだ公開されていないんだっけ。
「しかしこれはほとんど私の先輩の研究から判明したことに過ぎません。私の研究はその開花のメカニズムにあります。アリエスはその花粉の中に魔力を吸収したり放出したりする物質を持っており、生命維持や開花のための魔力を太陽から吸収します。私はこの花粉の性質を利用し、この物質を集めた魔鉱石という物質を生成することに成功しました。こちらをご覧ください」
そしてスライドや資料を使って魔鉱石の生成方法についての説明を始める。
「そしてこれをこのように応用することによって1回の充電で何度も使える動力となります」
一通り説明を終えるとまたマイクをエイドに戻し、最後のまとめのような説明が始まる。
説明が終わると質疑応答の時間となり、主に審査員からの質問に回答する。
私は論文発表においてこの質疑応答の時間が大嫌いだった。準備不足を指摘するような質問があったり、もはや圧迫面接のような質問があったり。そして発表がつまらないければそもそも質問してもらえない。どちらに転んでも地獄のような時間だが、エイドは涼しい顔でどのような質問にもスムーズに答えていた。
発表が終わると、私たちは部屋に戻り軽く後片付けをそれぞれの部屋に戻った。
私はやっと全てから解放された解放感を味わいながらベットに体を静めた。
目を覚ますと、もう朝になっていた。
お昼過ぎくらいに寝たのに起きたのが次の日の朝だなんて、私はいったい何時間寝ていたのだろう。
ベットの横のサイドテーブルには飲み物やフルーツ、メッセージが置かれていた。
そのほとんどが劇の関係者からのもので、私は改めていい経験をさせてもらったなと再確認した。
まだ起きるには早い時間だが、もうすっかり目が覚めてしまったのでダラダラと準備を始めることにした。今日の午後には論文コンテストの発表。夕方には演劇コンテストの授賞式があり、夜には閉会式と後夜祭のパーティーが控えている。午前中は適当に有志企画を見て回るつもりだ。
私はシャワーを浴びてゆるゆると髪を乾かす。
サイドテーブルのフルーツを食べたり紅茶を淹れたり、メッセージを読んだり。メイクと髪の毛をセットし終わることにはもう9時を過ぎていた。
特にお腹もすいていないので、食堂には行かずブラブラと企画を見て回ったり出店を巡ったりしていた。そしてランチの時間になると、東の国の伝統的な食べ物を出しているカフェで元の世界で食べたうどんに似たようなものを食べた。
「エマ氏、お疲れ」
論文コンテストの結果発表の会場へ向かうと、そこには既にエイドが到着していた。比較的時間にルーズなエイドだが、今日ばかりは緊張しているのか講評開始時刻の30分前から席についていたらしい。
私たち参加者は1番前の座席に一列で腰掛ける。
その後ろに観客が入るようになっており、サポートメンバーなどは参加者のすぐ後ろの席を陣取っている。共同研究として発表したのは私たちだけなので前列には私たちを含め6人が並んで座っていた。
『只今より第104回論文コンテストの講評及び最優秀賞の発表を行います』
司会がそうアナウンスをすると、にぎやかだった会場は一気に静かになり緊張感が漂う。ステージ付近にいくつかのカメラが浮いているのに気が付いた。おそらくこの発表の様子も全て配信されているのだろう。
『ではまずは全体の講評からです。審査員長のベノ・シュペルバー氏より講評します』
ベノ・シュペルバー。
32歳という若さで魔法省の魔法大臣を務める男。ウィンチェスターアカデミーのOBで、彼もまた良家の子息であり、ウィンチェスター在学時魔法競技大会とこの論文コンテストで優秀な成績を修めたと聞いている。物腰は柔らかいが仕事に関しては容赦なく、使えないものはどんどん切り捨てるらしい。
「こんにちは。ご紹介に預かりましたベノ・シュペルバーです。まずは発表者の皆さん、お疲れさまでした。この短い期間で論文を書き上げ発表するというのはとても大変なことです。それをやり遂げた皆さんは自分たちのことを誇っていい。よく頑張りましたね」
ニコッと効果音のつきそうなくらいの満面の笑みを浮かべる彼。すごく優しそうな人。仕事でもそんな容赦のないことをする人には見えないけど……
「全体の講評ですが、私は驚きました。……レベルが低すぎて」
その瞬間彼の目から光が消える。
あ、やばい。この人噂通りだわ。講評始まってまだ2文目だけど?
「年々魔法師のレベルの低下が議題に上がっていますが、これは想像以上でした。魔法競技大会でも感じましたが、近年は個人や学校による実力差が顕著であるように感じます。皆さんがこれを真摯に受け止め更なる成長に繋げてくださることを願うばかりです。最優秀賞の発表は私から。その後各校への講評をいたします」
最優秀賞の発表と聞いて、最前列の私たちは心の中で必死に祈った。
というかその後の講評が怖すぎる。
「では最優秀賞の発表です。これに関しては審査員全員一致で決まりました。では発表します。見事最優秀賞に選ばれたのは……ウィンチェスターアカデミー代表エイド・ボイス、エマ・シャーロット」
「よっしゃー!」
「うわっ!びっくりした……」
エイドが珍しく大声で喜ぶものだから私は驚きを隠せなかった。
「ウィンチェスターアカデミーのテーマ『操者に魔法を必要としない魔法道具による移動手段の検討』これは長年問題視されてきた社会問題に一石を投じる非常に興味深い研究でした。そして何よりその研究を実用化レベルにまで完成させている。学生とは思えない完成度でOBとしては非常に鼻が高い。また……」
てっきり厳しいことを言われるのだと思っていたが、私たちも、その後のクリスタルカレッジもかなりお褒めの言葉を頂きそこまで酷評はされなかった。
しかしそれは3番目のカーライルアカデミーの講評から少しずつ変わっていく。最後に公表されたローズブレイドはダメ出ししかされず、それも中々厳しい言葉だったので、発表者はついに泣き出してしまった。
そのようすが配信用のカメラなどで映されると、いよいよ会場はお通夜のようなムードになり、自分たちの優勝を喜んでいる場合では無かった。
『ではここで最優秀賞受賞者によるスピーチです』
私はこの時ほど存在を消したいと思ったことは無い。




