論文コンテスト
「ふぁぁ……眠い」
「……私もです」
重い瞼を何とか持ち上げる。
あれから何時間か経って目を覚ますともうコンテストが始まろうとしていた。
といっても私たちは最後なのでまだ時間に余裕はある。
私たちは久しぶりに食堂でブランチをとった。
ホットサンドやスクランブルエッグ、ソーセージには湯気が立っている。温かい食事っていつぶりだっけ。セドリックとアルバートは先に目を覚ましたらしく、部屋にはそれぞれ書置きが残っていた。エドガーへの報告をしに行ってくれたらしい。その後は少し仕事をして私たちの発表までには戻ってくるという。……あれだけ働いてまだ動けるなんて結構2人共タフだよね。
「あ、エマとエイドー。お疲れだね」
「今起きたの?もうすぐ発表でしょ?頑張りなさいよ」
やってきたのはメアリとレヴィだった。2人共制服を着ていて、レヴィの方はこの数日で服の上からでも少し体の線が細くなった気がする。どうやら2人で早めのランチをとりにきたらしい。
「ってエマ!その格好で発表の場に立つつもりじゃないでしょうね!?」
「……え?面倒なのでこのままでいいかと」
「アンタ正気!?そのボッサボサの髪と酷いクマに乾燥した肌!仮にも演劇の主役だったのよ。そんなので人前に出られたらアタシの名前まで落ちかねないわ」
ついてきなさい!
腕を掴まれそのままどこかに連行される。後ろからドンマイと言うエイドに文句を言ってやろうかと振り返ると、彼もまたメアリに連行されていた。
抵抗することを諦めついて行くと、そこはレヴィの部屋だった。1週間だけのホテルの部屋とは思えないほどたくさんの化粧品が並んでいる。あと筋トレ道具も。この人はいったい何を目指しているんだろう。私は言われるがままドレッサーの前に座った。後ろからついてきていたメアリもその隣にエイドを座らせる。
「発表までの時間は?」
「私たちの出番までは2時間くらいですかね」
「了解。2時間ね」
それだけ言うとレヴィは魔法の杖を使って私の髪を洗い始めた。
そしてすごくいい匂いのするシャンプーを使ってトリートメントを塗ると、また杖を一振りし髪を乾かしていく。魔法って便利だなぁ。隣のメアリもエイドに同じようなことをしていた。確かこのような細かい調整の必要な日常魔法は日常魔法の中でもかなり高度なものだったはず。流石は黄金世代の3年生と言ったところだろうか。
髪が乾くとオイルを塗って、その次は肌にものすごく高そうな化粧水と乳液を塗られる。パッケージからしておそらく元の世界で言うデパコスレベルのものだろうと想像がつく。下地を薄く延ばすと、レヴィは丁寧にクマをコンシーラーで隠してくれた。ファンデーションは使わずにパウダーを全体にはたくと、アイシャドウやマスカラ、リップやチークなどで顔が彩られてゆく。彼の技術は素晴らしくまるで魔法をかけられているかのようだった。
メイクが一通り終わるとコテを使って髪を軽く巻いていく。
そうして1時間半ほどたつ頃には、私はボロボロの疲れ顔からキラキラとした少女に変身していた。パーティーではないのでメイクやヘアスタイルはナチュラルなものだが、それが制服にはちょうど良い塩梅のものになっていて、流石はプロの俳優。やはりセンスから違うと思わざるを得なかった。
「ほら、行って来なさい」
カンニングペーパーを持つ手が震えていたのに気付いたのか、レヴィはいつもより優しい表情で送り出してくれた。同じく身なりの整ったエイドも脚が震えていることに気づいた。僅かな震えだが隣で歩いていれば嫌でも気づく。
そうだ。この発表の主役はエイド。私が彼の足を引っ張るわけにはいかない。
演劇の時もそうだった。脇役の人が主役を目立たせてくれるからこそ舞台は成り立つ。
今度は私が主役を目立たせる番だ。
そう思うといつの間にか震えは消えていて、幾分か冷静になれたような気がする。
控室に行くももうすぐに出番だったようで、私たちはそのまま発表の舞台に向かった。
「へぇ?お前もサポートメンバーに選ばれたのか」
「え?レオン?」
発表の準備のために舞台へ上がると、そこには既に発表を終えたクリスタルカレッジの代表生徒がいた。クリスタルカレッジの発表者は4年生だと聞いている。おそらく彼はサポートメンバーに選ばれたのだろう。サポートメンバーに選ばれるのは実力を認められた証拠でありとても名誉な事。それだけで1年生ながら選ばれたレオンの優秀さがうかがえる。
「違うよ。彼女も発表者だ」
私が答えるより先にエイドが答えた。レオンは思わぬ回答に目を見開く。
「……魔法工学の天才。エイド・ボイス」
「覚えてくれて嬉しいよ。天才なんて恐れ多いけど。魔法競技大会の交流パーティーで挨拶したくらいだっけ?あと僕先輩ね」
「エマが発表者っていうのは」
「そのままだよ。今日発表する研究は彼女との共同研究だから」
「ふーん。やっぱり面白いなエマは。楽しみにしてますよ、センパイ」
レオンは手をヒラヒラと振りながら観客席の方へと去っていった。
「先輩が言い返すなんて珍しいですね」
「ああいう陽キャは1回許すともうずっと舐められるんだよ。この前なんて……」
そう言ってエイドは発表用のスライドの準備を始めた。
私も準備を手伝いながらエイドの独り言に耳を傾ける。
「こんなもんでしょ」
一通り準備が終わった頃、運営委員から準備は出来たかと確認が入る。
イエスと答えると彼らはすぐさまもうすぐ発表が始まる旨のアナウンスを始めた。落ち着いていた緊張が再び足音を立ててやって来る。
『只今よりナンバー5、ウィンチェスターアカデミーによる研究発表です』
スポットライトで照らされてしまえばもう逃げられない。
私は覚悟を決めるが、思っていたよりも気持ちは随分と落ち着いていた。きっと演劇で何度もこの光に照らされていたせいだろう。スポットライトに照らされている間は何があっても逃げてはいけない。誰も助けてはくれない。そう言われてずっと怯えていたが、練習を重ねるうちに気が付けばスポットライトに照らされた舞台は私にとっての1つの居場所となっていた。
「ウィンチェスターアカデミー3年……エイド・ボイスです。僕たちのテーマは『操者に魔法を必要としない魔法道具による移動手段の検討』です。この研究の背景としては、長年問題視されてきた魔法師と非魔法師の日寿生活における格差があります。僕たちはこの研究が問題の解決への一歩となることを願っています。まずは……」
最初こそ緊張していたエイドも発表が始まってしまえばスムーズに自分の意見を述べ始めた。聴衆もみな前のめりになってエイドの話に耳を傾けている。
「そして僕たちが開発したのがこちら……非魔法常用型自動車『コスモーター』です」
私はエイドの合図とともに魔法でコスモーターを舞台上に移動させる。
聴衆からはその目新しさゆえに歓声が上がっていた。
「では次にコスモーターの動力源についてお話します。エマ」
私はエイドからマイクを受け取り舞台の中央に移動する。
舞台とは一味違った雰囲気に一瞬呑まれてしまいそうになったが、何とか平常心を保って話始める。
「ウィンチェスターアカデミー1年、エマ・シャーロットです」
そう自己紹介をすると聴衆たちがざわめいていた。
それはサポートメンバーに過ぎないと思っていた人間が研究者として話し始めたからなのか、1年生だからなのか、はたまた先日の劇の主役だったからなのかは分からない。
「私は主にコスモーターの動力源についての研究をしていました。端的に言えば何かに魔法を蓄えさせ、必要な時に放出させるという研究です」
こちらを見てください。
そう言って私が杖を一振りすると、聴衆からは驚きのような興奮のような歓声が上がった。




