やり直し
「おはようエマ氏。地獄へようこそ」
「お、おはようございます……」
論文コンテストのために用意された研究室。
エイドは目の下に濃いクマを宿し、栄養ドリンクをがぶ飲みしていた。
正直言って私たちよりも断然やつれている気がする。
どうして彼がここまで追い込まれているのか。
その答えは目の前の壊れた試作品にある。
3日後に控えた論文コンテストを前にコンテストで発表するはずだった試作品が壊されてしまったのだ。
昨日連絡をもらった時は驚いた。
何でも研究室に何者かが忍び込んで壊したのだと言う。研究室のセキュリティの甘さが原因でもあり、大会委員はこのことを重く受け止め試作品を作り直すための費用を負担するという。
けれど、それを作り直すのは私たちだ。
元は何か月もかけて作り上げたもの。設計図があっても流石に3日で作るのは無理がある。
「ふざけんなよ。コンテストが終わったら絶対犯人炙り出して……」
エイドはもう昨日から徹夜で作業をしていてそろそろ本当に怒りの限界だった。
それもそうだ。考えて欲しい。
これはとても精密でそもそも材料はあっても型なども一切持ってきていない。魔法で転送するには大きすぎるし、馬車で運んでくるには時間がかかりすぎる。動力となる魔鉱石は私が独自の方法で作ったものだ。
つまりこの作業は何の機械も使わずに金属などのただの材料から手作業で車を作る作業に等しいと言う事。それも3日で。
「私働きたくないから頑張ってたはずなんだけど……」
これじゃただのブラック企業だ。
しかしそうは言っても状況は変わらないので私は私でもらってきた材料を使って魔鉱石の製作を始めた。
「先輩。これが終わったら何か美味しいものでもご馳走してください」
「僕ももう死にかけなんだけど」
「だって元々私は発表だけでいいって言ってたじゃないですか。これは業務外なので追加報酬を請求します」
「君ってほんとエドガー氏に似てきたよね」
「相応の対価を求めてるだけですー」
「それが似てるんだけど……それこそエドガー氏に奢らせよ。優勝祝いで」
「自信満々ですね」
「当たり前でしょ」
「学会とかどうでもいいですけど、副賞は私がもらいますからね」
「はいはい」
作業を始めて7時間。まだまともに会話が出来ているだけ大丈夫なのかもしれない。
3時間前から同じ内容を話しているような気がしないでもないけど。
私はやっと魔鉱石を完成させ、他の作業に移った。すっと見ているのは疲れる。
本来はつきっきりで製作する必要はないけど、材料的にも時間的にも失敗してやり直すことは出来ないので今まで以上に慎重に作業を行う。
コンコンコン
それからどれだけ時間が経っただろうか。
ドアをノックする音が聞こえ、エイドは「どうぞ」と返事をした。
「お疲れ様でーす」
「失礼します」
入ってきたのはアルバートとエドガーだった。
2人は何やらバスケットのようなものを持っている。
「お2人共まともに食事をとっていないでしょう?差し入れです」
そう言って渡されたバスケットの中には、サンドイッチなどの軽食とカヌレやクッキーなどの焼き菓子、フルーツなどが詰められていた。おそらく作業をしながらでもつまめるものを考えて持ってきてくれたのだろう。
「エマちゃん。そのサンドイッチ俺が作ったんだぜ?どうよ?」
「凄く美味しいよ。ありがとう」
「その焼き菓子はアクア先輩からだってさ」
どうやらみんな疲れているのにも関わらず私たちのために用意してくれたらしい。
私は作業を中断してエドガーが淹れてくれたハーブティーと共にサンドイッチや焼き菓子を食べた。
エイドはエドガーに現在の進捗状況を報告している。
「昨日の夜中から始めて3割ってところかな。正直ギリギリ。圧倒的に時間と人手が足りない」
疲労なのか怒りなのか、エイドの目は据わっていた。
この様子では作業スピードは落ちる一方で、もし完成したとしてもまともに発表できるかすら怪しい。それにはエドガーも頭を悩ませていた。
壊した犯人が特定されていない以上、むやみに第三者に手伝わせるわけにもいかない。手伝うにもある程度の知識は必要不可欠だ。
条件を満たしていそうなエドガーなどはそれぞれが自分の仕事で忙しく、とてもじゃないがそこまで手が回る状態ではない。
「僕が手伝います!」
「え!?セドリック?」
そう言ってドアから入ってきたのは息を切らしたセドリックだった。
なんでも仕事を超特急で終わらせてきたらしい。
「僕ならある程度知識もありますし、僕の担当の仕事はもうほとんどないので」
セドリックはいつもの爽やかスマイルで微笑んでいる。
「そうですね。じゃあセドリックに手伝ってもらいましょう……」
「俺もやります!」
エドガーがセドリックに任せようとすると、横で見ていたアルバートが自分もやると手を上げた。
面倒な事には手を出さない彼にとっては珍しい行動にみんな目を丸くしている。
「僕がやるから大丈夫だよアルバート」
「いやいや人数は多い方がいいでしょ。俺ならセドリックと同じでもう生徒会の仕事もほとんど無いし」
「なら2人にお願いしましょう。僕も2人なら安心して任せられますし」
エイドもそれに賛成し、2人が試作品の製作を手伝うこととなった。
セドリックは少し不満気だが、アルバートはそれを気にする様子もない。
「頑張ろうな、エマちゃん」
「うん」
「僕も!エマの役に立てるよう全力を尽くすよ」
私の頭に手を乗せたアルバートの手をセドリックは素早く払った。
こっちも疲れてるから仲良くして欲しいんだけど。
そんな私の願いも虚しく、2人はしばらく笑顔で見つめ合っていた。
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「……出来た」
「何とか間に合いましたね」
あれから私たちはほとんど休まずに作業を続けた。
そして発表当日の朝方、ついに完成したのだった。予想外のトラブルが発生し、当初の予定よりかなり時間がかかってしまい、セドリックとアルバートが居なければ間に合わなかっただろう。
論文コンテストの開始時刻まで残り8時間ほど。
私たちは嬉しさよりも間に合ったという安堵でいっぱいだった。
「これで何とか発表出来ますね」
「……うん」
その瞬間。私たちは極度の疲労とプレッシャーから解放されて気が抜けてしまったようで、その場で倒れるように眠った。




