人魚の初恋Ⅰ
『只今より学生演劇コンテストを始めます!』
司会のアナウンスと共に歓声が響く。
『この演劇コンテストでは各校の代表者が演劇を行い、審査員と観客の総合評価で優勝校を決定いたします!なお、この他にも各部門で表彰し、それぞれ豪華な副賞が贈られます。それでは最初のローズブレイドカレッジの演技に移る前に、審査員の紹介をいたしましょう!』
「エマ。あれ、魔法大臣よ。魔法省のトップ」
「え!?どれですか?」
「あれよ。真ん中に座ってるの」
「あっちは大企業の社長」
「あの方はクリスタル帝国の皇帝陛下だな」
演劇に詳しいのかはおいておいて、そうそうたる顔ぶれに私たちは驚きを隠せなかった。
ちなみに審査員長を務めるのはレヴィが共演したこともある有名な映画監督だ。
レヴィ曰く「彼は厳しいわよ。プロアマ関係なく。彼が審査員長ならもしかしたら優勝校なんて出ないかもね。該当校なしかも」だそう。
審査員の紹介が終わると、15分後にローズブレイドの演劇が始まる。
私たちは2校目なので、そのまま会場を出て控室に向かった。
「これって魔法を捨てた王様?東の国の有名な童話の」
「エリカ知ってるの?」
「当然でしょ?」
ヘアセットを受けながらモニターを見ると、そこには劇場の様子が映し出されている。
トップバッターのローズブレイドカレッジの演目は『魔法を捨てた王様』という東の国の有名な童話をアレンジしたものだという。
「やっぱりどこも童話のアレンジね。オリジナル作品かと言われればグレーゾーンだけど」
部屋中に美しいアリアが響く。
セリフを使用せず歌でストーリーを語っていくオペラでは、やはりキャストは演技力より歌唱力重視のようで、横目で見ていたレヴィがところどころダメ出しをしていた。
「よし出来た!衣装着ておいで」
「ありがとうございます」
メイクとヘアセットをしてもらい、衣装を着付ける。
鏡を見ると何故だか気が引き締まった。
あれこれと慌ただしく準備をしている間にローズブレイドの演劇は終わり、いよいよ私たちの番となった。
演出や音響が準備をしている間、私たちキャストは舞台袖に集まっていた。
「いよいよね。準備はいい?」
観客席に聞こえないよう小さな声でそう言うレヴィにみんなが頷いた。
「思いっきりやりましょう。ウィンチェスター、ファイ」
「「オー」」
『只今より、ウィンチェスターアカデミーによる人魚姫の初恋を上映します』
控えめなそれは開場のアナウンスにかき消された。
私たちは急いで持ち場に着く。
各セクションが準備完了の合図を出すと、上映開始のブザーが鳴り、緞帳が上がる。
私は魔法薬を飲み海の中に飛び込む。
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むかしむかし、ある海の底に1人の美しい人魚がおりました。
彼女の名前はセレノア。海の国ネプチューンの王女で、それはそれは美しい歌声を持つ純真無垢な人魚です。彼女はお転婆で、いつも父であるネルマリク国王を困らせていました。
「セレノア様、何度申し上げればわかるのです!?海の森は立ち入り禁止だと何度言ったら……どこで教育を間違えてしまったのでしょうか……亡き王妃さまになんとお詫びすればよいのか」
「ランドル。ママの名前を出すのは辞めて」
わざとらしくセレノアの周りを泳ぎ回るランドルに、セレノアは眉をひそめた。
「セレノア。好奇心旺盛なのはいいが……もう少し物事を冷静に判断できるようになりなさい」
娘の様子に頭を抱えるネルマリク国王。それを演じているのはあのレヴィ・ガーデンだ。
観客はそれをみて思わず声を上げた。
彼は今まで二枚目の役しか経験がなく、時には見飽きたと言われることもそれしか出来ないんだろと言われることもあった。
けれど今ここにいるのは美しいプロポーションで気障なセリフを囁く彼ではない。
紛れもなく、大柄で年を重ねた威厳にあふれるネルマリク国王そのものだ。
「彼はいったい何者なんだ……」誰かがそう呟いた。
「はいパパ。ごめんなさい」
セレノアは反省した様子で謝った。
「セレノア様。やっと反省なされたようで何よりです!このランドル、何度世話係を辞めたいと思ったことか……けれどこうやって努力が実を結んで、シクシク」
部屋に戻ったセレノアにそうやって話しかけるランドル。
配信用のカメラが彼をアップで移すと、配信を見ていたものはそれがリビウス・ミラーであると気づいた。しかし魔法薬のせいで姿がまるっきり魚になっているせいで顔の造形が分かりにくい。会場の者は誰も気付いていないだろう。配信サイトのコメント欄では、「お綺麗どころを全部脇役に使うのか?」と盛り上がっていた。
「セレノア様?さっきから何をしていらっしゃるので?」
「準備よ?」
「なんのです?」
「陸の様子を見に行くのよ!」
「いけません!舌の根も乾かぬうちに!」
またもや怒り出すランドルに、セレノアは海の底は楽しくないと言う。
「では楽しければ行かないのですか?」
ランドルの問いかけにあることを思いついたセレノアは「えぇ。海の良いところを教えて頂戴?」とランドルをけしかけた。すると、ランドルはいつの間にか城の音楽隊を呼び歌い始めた。
その楽し気なメロディーに思わず観客も踊りだしたいという気持ちになる。
しかし、楽しさのあまり夢中になっていた彼は気が付かなかった。
セレノアが居ないということに。
「すごいわ!ここが陸?本で読んだのとは全然違うのね!」
恐れを知らないお姫様は、国王の言いつけを破り陸へ姿を現します。
そしてそこで、出会ってしまったのです。
豪華な船の上から海を眺める素敵な王子さまに。
彼女は一目で恋に落ちます。
彼女は王子さま見たさに人目を忍んでは何度も陸へ向かいました。
国王やランドルに怒られようがどうでも良かったのです。
そしてある日、王子さまの乗っていた船は荒らしに巻き込まれ沈没してしまいます。
セレノアは沈みかけていた彼を助け、陸まで運びました。
近くから人の声がして、すぐに海に戻ったため、彼との間に会話などありませんし、そもそも彼は気絶していたので彼女のことを見てもいないのです。
けれど、セレノアはそれを運命だと信じて疑いませんでした。
そして考えたのです。どうすれば彼に近づけるのだろう。
答えは簡単です!
自分が人間になればいい。そうすれば陸に上がって彼に出会うことが出来る。
きっと彼も私に恋をするに違いないわ!
けれど、自分は人魚。簡単には人間になどなれません。
「ねぇ、パパ。どうして海の森には行ってはいけないの?」
セレノアは海に戻って国王に尋ねました。
国王は渋い顔をしながらも「お前ももう子供ではない」と言って重い口を開きます。
「海の森の奥には深海の国がある。そこは海の魔女が統治するとても危険な場所だ。魔女はとても凶悪で強い力を持っている。隙を見せてはならんのだ。軽い気持ちで近づいてはいかん。いいな?」
「はい。パパ」
セレノアはニコリと笑った。
セレノアは考えました。海の魔女ほどの力のある人間なら、人魚を人間に出来るのではないかと。
楽し気な音楽が城中に鳴り響きます。
今日は海の国の王、ネルマリク国王の誕生日です。国中の人魚たちが歌を歌い、踊りを踊ってその誕生を祝います。
「セレノア様。陛下がお待ちですぞ」
「えぇランドル。分かっているわ」
ネルマリク国王の一人娘であるセレノアも、彼のために歌う。
彼女の歌は聞く者を魅了する。
ここは私が一番苦労したところでもあった。練習に付き合ってくれたレヴィを見ると、静かに涙を流している。観客の目には美しく育った娘の成長を嬉しく思う父親に見えるだろうが、あれはきっと国王の役を通り越して素で泣いている。
指揮を振っているルーカスを目が合った。
彼もまた嬉しそうにこちらを見て微笑んでいる。
歌が終わるとセレノアは祝辞もそこそこに疲れたと言って部屋に下がった。
彼女は知っていたのだ。この日だけは、門番も近衛兵も皆パーティー会場にいるため誰にも見つからず外に出ることは容易だということを。




