ゲネプロ
「ウィンチェスターアカデミーの皆さん。まもなくです」
通し稽古は問題なく終わり、少し休憩をしていると、運営委員が声を掛けに来た。
本番までにあの劇場で練習できる機会は最初で最後なので、全員の中に緊張が走る。
控室へ向かっていると、今からゲネプロを行うのか控室から撤収していくカーライルアカデミーの生徒たちとすれ違った。
特に会話などは無かったが、お互いライバル視しているのかすれ違う時は両校ともバチバチだった。
控室に入ると各セクションが本格的に準備を始めた。
私たちキャストは衣装の手伝いのもと着替えをして、順番にヘアメイクやメイクを受ける。音響は楽器のチューニング、演出は魔法薬や使用魔法の最終確認など、大きな控室の中を大勢が慌ただしく動いている。
準備時間は1時間。
前の学校の演劇が始まって終わるまでの時間だ。公正な演劇を行うため、準備の時間や演劇の時間などはあらかじめしっかりと決められている。
「エマは途中でドレス着替えるからそのつもりでね」
「はーい」
最初は人魚の変身薬で人魚になっているが、後半からは陸に上がるため劇の途中でドレスに着替える必要がある。短い時間で着替えなければならないため、舞台裏では実は5人がかりで着替えを手伝ってくれていたりする。私は髪型も陸に上がる前と上がってからでは変えるので、衣装とヘアメイクはかなり大変だ。
着替えやメイクを済ませてしまえば、みんな本当に役そのものだ。
外見だけでなく纏っている雰囲気がそうさせているのだろう。
先ほど向かっていったカーライルアカデミーが終わると、いよいよ次は私たちの番だ。
それぞれが大道具や楽器、衣装を持って移動する。
劇場についてからは、演出のスタッフがあらかじめ必要な準備を済ませて、それぞれがそれぞれの持ち場につく。
『ブー』
開演のブザーが鳴ると同時に舞台の幕が上がる。
魔法薬を飲んだ私は、舞台の上に作られている海の中に飛び込んだ。
ゲネプロ。
それは本番と全く同じ条件で行う稽古の総仕上げ、最終的なリハーサルのこと。
うちでは通しの稽古のことはほとんどリハ―サルと呼んでいるが、ゲネプロは今日やるこの一回だけ。
熱くて眩しいスポットライトが私を照らす。
客席にはエドガーやアルバートなど、劇中での出番のない生徒が座っている。
今はガラガラの客席もきっと本番はたくさんの観客でいっぱいになるんだろう。
ゲネプロは滞りなく行われた。
当日と同じように配信録画用のカメラも回していて、どこから撮られているか常に把握しておかなくてはいけないのが大変だったけど。
幕が閉じると、そこにいたキャストやスタッフ全員が膝から崩れ落ちた。
見る天国、やる地獄というのはよく言ったもので、まさにその通りだった。
本番と同じ舞台の上と言うだけでこんなに体力を消費するのか。
急いで撤収しなければならないため、みんな何とか体を起こしたが、その足取りはとてつもなく重かった。
大道具や衣装を稽古場に戻してきたのはいいが、あまりにも皆疲弊していたので、反省会は後にしてひとまず夕食を兼ねた休憩時間となった。
「さっき一瞬レインフォレストの劇見たんだけど、やっぱりウチとは全然違うね」
「そうなんですか?」
夕食のステーキをこれでもかと頬張るメリダに私は疑問の声を上げた。
「ウチは監督がレヴィだから、劇もミュージカル風なのよ。でも他の学校はオペラが多いみたい」
「そういえば劇場もオペラの劇場ですよね」
「クリスタル帝国ではオペラの方が主流だからね」
「ジョーダン先輩。お疲れ様です」
「お疲れ様。エマもメリダ先輩も寝なくていいんですか?俺たち以外は皆寝てるみたいですけど」
2年生であるナレーション役のジョーダン・ポスト先輩は、稽古でもよく私たち1年と3年生の間に入って会話を繋げてくれる優しい先輩だ。それこそメリダやリビウスをはじめとした実力をもつ3年生と仲良くできているのも、彼の存在が大きい。いつも私たちを輪の中に入れようとしてくれるのは彼だ。
「私は役柄的にそんなに苦労してないから。1公演くらい余裕よ」
確かに彼女は王子の婚約者役なので、出番は後半に固まっているし歌やダンスの回数も他のキャストに比べ少ない。それでもやっぱり1公演は疲れるのだけど。流石は演劇部の3年生と言ったところだろうか。
「俺もナレーションだけなんで全然疲れてないんですよ。でも、エマは大丈夫?」
「あ、はい。疲れましたけど、今は寝たいより食べたいなので」
さっき汗を流しにシャワーを浴びた後、体重計に乗って驚いた。
今朝と比べて3キロも体重が減っていたのだ。減量を始めてから毎日体重を測っていたけど、流石にこんなに過酷だとは思わなかったので驚いた。
本番は明後日だけど、これだけ体重が落ちていれば少しくらいたくさん食べても大丈夫だろう。
ゆっくりと夕食を取り、反省会のために稽古場へ向かう。
ところが特に監督からダメ出しが入ることは無く、一通り自分たちの演劇を鑑賞した後すぐに解散となった。




