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初めてのリハーサル

「セレノアになれない?」


「はい」


私は今悩んでいることを全てレヴィにぶつけた。

いくら減量しても髪を染めても、セレノアは近づくばかりか遠ざかっているような気がすること。

見せ場である歌にも自信がなく、ダンスも経験者と比べれば差が一目瞭然であること。

ソフィアを始め、知り合いに期待の目を向けられるのは嬉しい反面相当なプレッシャーであること。

稽古場で練習をしていても、日々仕上がっていく周りに置いて行かれる度に自分がこの劇をダメにしているという罪悪感に襲われること。


言い出すと止まらない。

正直自分でもこんなにスラスラ悩んでいることが出て来るとは思わなかった。これではお悩み相談と言うよりただの愚痴だ。


「どうやってもセレノアが振り向いてくれる気がしなくて。才能があるとは思ってなかったですけど、これだけうまい人たちがいるのに主役がこんなのなのが申し訳なくて」


多分普通にやるだけだったらここまで悩まなかったと思う。

けれど、日々彼らの本気を目にしていると私も完璧でなくてはと思う。完璧を求めれば、そこにはたくさんの壁があり、私はまさにその壁の高さに絶望していた。


「フッ……アハハ!」


「え、レヴィ先輩?……笑わないでください。真剣に悩んでるんです!」


滅多に声を上げて笑う事のない彼を見て、呆気に取られていたが、私はすぐに怒りを露わにする。

こっちは真剣に悩んで居るのだ。経験者どころがプロに囲まれて、未経験者が演技をしかも主役をやるなんて。歌もダンスもやったことなど無いしどうすればいいのかも分からないままここまで突っ走ってきた。大体選んだのはレヴィなのだからもっと真剣に考えてよ!


「ごめんなさい。我ながらいい役者を育てたものだと思って」


「え?」


「上手く演技をしたいと考える人は居ても、役が振り向かないなんて悩みを抱える新人俳優なんてほとんどいないわ。ちゃんと本質を分かっているようね」


レヴィはその長い脚を交差させて、嬉しそうに微笑んだ。


「アナタを選んだのはセレノアはアナタをイメージして書いた人物だから。アナタはありのままでやればいい。まぁ後半はアタシの好きなように変えたけど。第一演技の上手い役者は脇役になるもの。主役は新人なんてそこまで珍しくない。確かに歌もダンスも演技もここまで成長するなんて思ってなかったわ。減量も本当にやり遂げるし。今のアナタは確かに完璧じゃないけれど、完全にセレノアよ。何を焦ってるのか知らないけど、それだけはアタシが保証するわ」


そういえばリビが悔しがってたわね。

初めて会った時とは全く違う今の姿。白髪に長い髭。着ている服のサイズは前の倍近くある。けれど、そうやって微笑む姿はとても美しかった。


ー---------------

「おぉー人魚姫だ」


「エリカのはメイドだね。可愛い」


「ありがとう。それより副作用大丈夫?気持ち悪くない?」


「うん、大丈夫。役作りも兼ねて3日間学校の湖の中で生活してたから」


「え!?何それ私知らない!もしかしてあの休みなのに稽古に来なかった日?」


忙しなく人が動き回る舞台裏で、私たちキャストは特にやることもないので他愛もない話に花を咲かせていた。今はアクアが舞台上に透明な壁を張り巨大な水槽のようなものを作っている最中だ。

海を実際に作り出すなんてなんて大掛かりな……と思ったが、レヴィはここだけは絶対に譲れないと演出監督たちに直談判したらしい。無茶ぶりってそういう事か。


「え?エマもやってたの?」


「も、ってことはリビウス先輩もですか?」


「慣らすために変身薬をもらってすぐにね。実際にやってみないと海で暮らしている人の演技は出来ないから」


リビウスは実家の近くにある海まで行ったらしい。やっぱりプロは違うなと思っていると、レヴィから大きな声で指示が飛んでくる。これだけ騒がしいのにマイクも使わず声が通るなんて、流石は俳優。鍛え方が違う。


「じゃあ最初から最後まで通すわよ。絶対トラブルは起きるけど、何があっても止めないから。動画撮ってるから終わったら全員で反省会よ。くれぐれも見るに堪えない演技をしないように」


レヴィがギロリと睨みを効かせる。

ただでさえ風格があるのに加えて、衣装を着ているから余計迫力がすごい。


「「……はい」」


キャスト一同震えあがりながら返事をする。


「ミスしてもごぺんなさいは無しよ」


「ちょっとレヴィ先輩!」


アハハと笑いが起こる。

ごぺんなさいというのはある時稽古中にレヴィに怒られたエリカが放った言葉だ。その時のポーズが面白くて、現場ではミスをしたときに「ごぺんなさい」と言ってそのポーズをするのが流行っていた。


「ほら早く位置について、始めるわよ」


「「はい!」」


さっきまでの緊張が嘘のように現場に穏やかな空気が流れる。

キャストの空気が伝播して、他のスタッフも肩の力が抜けたようだった。


ー---------------

「まぁそうですよね」


「ごぺんなさいしてないだけマシじゃない?」


「ちょっとポートナム先輩!」


練習が終わり、反省会が始まると、最前列のキャスト達は次々に倒れて行った。

反響で歌のタイミングはズレるわ、照明に当たらないところに立つわ、声を張ることに必死で裏返るわ。極めつけは劇の時間がズレたことで魔法薬が必要なタイミングで解けなかった。陸でピチピチ立とうとしている私の姿は、それはそれはひどい出来だった。


「これ1週間で間に合うのかな?」


セドリックの声が視聴覚室全体に響き渡る。


「制作陣は至急会議室に。他のスタッフは解散よ」


いつになく焦った様子のレヴィが立ち上がった。


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