役作り
「あ!エマー!」
中に入るとエリカがこちらに駆け寄ってきた。彼女はメインキャストにはなれなかったが、オーディションで見事出演権を獲得していた。
レッスン場を見渡すが、恐らくセドリックとエリカ以外は上級生だろう。見たことのない生徒ばかりだ。特になれ合う様子もなく、黙ってストレッチなどをして始まるのを待っている。というか何この美形集団。この中に私入って大丈夫?
「始めるわよ。集まって」
レヴィの一言で、ばらけていた皆が一斉に彼の元へ集まる。
「じゃあ最初だし自己紹介からしましょうか。エマ」
「は、はい」
いきなり指名されて驚いたが、私から自己紹介をしろと言う事だろう。
「主人公セレノア役を演じます。1年エマ・シャーロットです。演技経験はほとんどありませんが、一生懸命やらせていただきますのでよろしくお願いします」
パチパチと拍手が起きるのを確認して再び座る。
その後はセドリックやレヴィといった主要人物が順番に自己紹介をしていく。
「じゃあひとまず読み合わせでもしましょうか。立ち稽古は次回からにするから、皆今日は雰囲気を掴むことに重視して」
皆台本はしっかり目を通してきたようで、読み合わせはすんなりと進んでいった。
劇と言ってもどちらかと言うとミュージカルのような構成なので、私たちキャストは演技に加え、歌やダンスまで仕上げる必要がある。
そのレッスンの日程やノルマなどの説明を受け、今日のところは解散となった。
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翌日。
今日からはいよいよ立ち稽古だ。基本的にはキャスト兼舞台監督兼脚本家のレヴィの指示に従って演技を作り上げていく。
「エマ、そこはもっと楽しそうにして」
「はい!」
「リビウス、遠慮しなくていいわ。もっと大きくやって」
「はい」
演技って難しい。
と言うより、私たち以外のキャストはほとんど演劇部の生徒なので総じて演技のレベルが高い。中にはレヴィ程とは言わなくても既にプロとして活躍している生徒だっている。そして彼らは何故か、今回はわき役に固められているので、正直呑み込まれないようにするので精一杯だ。
自分の出るシーン以外の時間は、みんなダンスや歌の練習をしているが、私は主役なのでそもそも出ないシーンと言うのがほとんどない。ただでさえ周りよりも遅れているのに、こういった時間でもどんどん差が開いていく。
だから、私にとってはレッスンが終わってからの時間こそが本当のレッスン。レヴィが付き合ってくれるので、レッスンの時間内には出来なかったところの復讐やダンス、歌の練習をしている。
正直目が回るほど忙しい。
とはいえ忙しいのは私だけではなく、いつものランチ仲間であるフラッグサバイバルのメンバーはみな何かしらで呼び出されて、私は久しぶりに一人でランチをとっていた。すると、向かい側の席に誰かが座った。
「シャーロットさん。聞きたいことがあったんだけど」
男は座るなりこちらに話しかけてきた。彼は主人公セレノアのお目付け役、ランドルを演じる3年のリビウス・ミラーだ。出演時間も長くはなくメインキャストの中でもかなりの脇役だが、彼自身は有名な舞台俳優で演技の実力は本物だ。彼との掛け合いのシーンでは、いつも彼の演技に飲み込まれてしまう。
「痩せれる?10キロくらい」
え?10キロ?
セクハラかと思ったが真剣な表情を見るにそうではないらしい。
でも私そんなに太ってたかな?標準かどちらかと言うと痩せてる分類になると思ってたんだけど。
「無理にとは言わないけど、陸に上がった時の弱々しさを出すためには棒みたいな脚の方がいいんだよね。レヴィは最悪魔法薬で何とかするって言ってたけど、それだとリアルにならないんだよね」
俗にいう役作りというやつだろうか。
でも元の世界でも10キロの減量とか成功した試しがないし。
「あ、エマちゃんも痩せるの?私今回20キロ落とすよ?一緒にがんばろー」
通りすがりの女子生徒がこちらに駆け寄って来る。
彼女もまた、演劇部員で今回の劇のキャストだ。
「え?どうして20キロも……20キロも落としたら死んじゃうんじゃ」
「だって海の魔女って120歳のおばあちゃんだよ?頬コケて爪とかも黒ずんでくるくらいの方がいいでしょ。キャラ的にも栄養失調で死にそうなギラギラした目の方が合うし」
「ポートナム先輩どうしてそこまで……」
「そりゃ舞台成功させるために決まってるでしょ。リビウスも髪切ったし、レヴィも10キロ増量して髭生やすって言ってるし」
プロが役作りで色々するのは知っていたが、学生の演劇でそこまでするなんて聞いたことがない。
物凄い意識の高さ。私はこの人たちの中で演技しなきゃいけないの?
「僕たち演劇部は今までコンクールで最優秀賞を獲ったことが無いんだよ。いつもクリスタルカレッジに負けるから。でも今回は全く同じ土俵で真っ向から戦える。こんなチャンスを逃すわけにはいかない。僕ら演劇部員は今回の劇にかけてる」
正直私はどっちでも良かった。無事にこの劇が終わりさえすれば勝ち負けはどうでもいい。
「リビ、ナム。この子は演劇部じゃないの。アンタは別にそこまでしなくていいわ。そこまで体張れないでしょ?」
いつの間にかやってきていたレヴィが彼らをなだめるように言った。
おそらくほとんど最初から聞いていたんだろう。
言われてみれば、彼のスリムな体は少し大きくなっているような気がした。
主役でもないのに。ただの学校行事で。
「やります。10キロでしたっけ?必要なら痩せます」
「ちょっと、正気?10キロ瘦せるって相当な覚悟が無いと無理よ?」
だってなんだか悔しいじゃないか。みんなは必死に役作りをして舞台に臨むのに、私だけ何の努力もせずに舞台に上がるなんて。それに「無理だ」と言われるとやってやりたくなる。
「よっし!」とガッツポーズをしてリビウスは去っていった。
「意外と根性あるのね。エマちゃん」
「やるならちゃんとやり遂げなさいよ」
私は深く頷いた。




