コンテスト
「え!?私が主人公役ですか!?」
冗談じゃない。百歩譲ってキャストだとしてもそれは無理だ。
しかも王子がセドリック?どうして?
「エマはともかく、セドリックは自分が王子をやりたいと名乗り出てきたの。王子はオーディションで決めるつもりだったけど、セドリックならイメージ通りよ。断る理由は無いわ」
え?自分から名乗り出た?
この忙しい時期に自分から仕事増やしに行ったの?何のために?
「あの……自分で言うのも何ですけど、私には主人公役が合ってない気がします」
私にはそんな猛烈な恋愛経験など無いし、そもそもこんな狂った役をやり遂げる実力がない。
このストーリーは主人公の心情表現が上手く伝わってこそ成り立つ。どう考えても、私には荷が重い。
「いいえ、初めてアンタに会った時に確信したの。普段は穏やかで優しいけれど、ルーカスとの演奏の時はもっともっとという欲にまみれた狂気的な目をしていた。素であれが出来るんですもの。適任でしょ?」
さも当然という様子でレヴィは淡々と言った。
待って今私ディスられた?というかそんな狂気的な目してたかな。
「拒否権はないわ。とりあえずこの2人は決定。後の配役はオーディションで1週間以内には決める」
「他の担当もそれぞれ曲や演出内容ある程度決めたら、スタッフの募集とオーディションをお願いします。こちらから学年や性別を指定することは無いので、実力重視でお願いします」
そこからは劇中曲のタイミングやイメージ、演出やそれに合わせた衣装などの話し合い。
時々意見が衝突することもあったが、大きな揉め事には発展せず会議は定刻通りに終了した。
「ねぇセドリック。どうしてキャストに志願したの?」
私は会議が終わるとすぐに隣に座っていたセドリックに話しかけた。
稽古時間は相当なものになる。生徒会役員と言うだけでも忙しいのにそこにさらに忙しさが上乗せされる。
「大変だとは思うけど、エマの隣を誰かに譲るくらいなら忙しい方が何倍もいいからだよ」
突然の甘いセリフに不覚にも顔を赤らめてしまった。
いや、これは反則でしょ。
というか脚本ちゃんと読んだ?隣って言ってもあんな怖い隣ないでしょ。
『1年エマ・シャーロット。今すぐ第2面談室に来るように。繰り返す……』
寮に帰ろうとすると、校内放送で面談室に呼び出された。
この声はダミアン先生だ。私怒られるようなことは何もしてないはずだけど……
「失礼します」
ドアを開けるとそこにはソファに腰掛けたダミアン先生。向かいのソファーにはエイドが座っている。私は促されるままエイドの隣に腰掛けた。
「なぜ呼ばれたのか分かるか?シャーロット」
そう言われて今までの行動を思い返すが、特に呼び出されるようなことをした覚えはない。
私は「わかりません」と言って出された紅茶を口に運んだ。
「今度の総合文化祭。目玉である論文コンテストの代表者は厳正な生徒会長と教師の選考の結果、そこにいるボイスに決まった。論文コンテストは4年生が選ばれることがほとんどだが、今回は4年生を押しのけ3年生のボイスが選ばれた」
流石は魔法工学分野の天才。
どんな論文を書いたかは知らないけど、きっと学生の域を超えたすごい研究に決まっている。
「内容は魔鉱石を利用した新しい移動手段の検討。簡単に言えば魔鉱石という今まで誰も利用してこなかった資源を利用し、非魔法師でも使用することのできる安全な乗り物の試作結果だな」
「まだ大量生産して普及させるのは難しいけど、実用には耐えるはずだよ」
「学生の論文がそこまでいくのは中々無い」
ダミアン先生とエドガーだけで会話がどんどん進んでいく。
要するにずっと一緒に作ってきた車がいよいよ発表できるところまで進んでコンテストに応募した結果、選ばれて今に至るという訳だろう。
正直最近は忙しすぎて、魔鉱石の研究結果をまとめた後の実用化研究はほとんどエイドに任せきりだった。元々形は出来ていたとはいえ、こんな短期間で完成させてしまうなんて流石は天才。
「コンテストでは代表者1名に加え、最大2名までが一緒に発表できる。1人で発表するものもいるが、聞けば魔鉱石の研究はお前がやったらしいな。共同研究の場合は共に舞台に上がり発表するのがセオリーだ」
「……え?私もエイド先輩とコンテストに出るってことですか?」
「コンテストにはたくさんの関係者がやって来る。彼らに自分をアピールできる数少ない機会だ。お前にとっても有意義なものになるはずだ」
それはきっと間違いない。
先生はきっと私が魔法省への入省を希望していることを知って進めてくれているんだろう。
「でも、生徒会と劇の方にも携わることになってしまったので……」
やりたいのは山々だが、正直コンテストの準備をする時間が取れない。
中途半端にやってエイドに迷惑をかけるわけにもいかない。
「エマ氏は魔鉱石の発表だけしてくれればいい。そのほかの説明や発表のモデル機の準備とかは僕がやるよ。魔鉱石に関してはエマ氏の方が詳しいからエマ氏がやってくれたら助かる」
だめ?とあざとく聞かれれば私は首を縦に振ることしか出来なかった。
まぁ魔鉱石の説明だけなら今までさんざん研究してきたんだし出来るよね?
「決まりだな。頑張れよ」
「……はい」
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1週間ほどが経ち、それぞれの担当スタッフも次々と決まっていった。
劇の中心人物が有名人ということもあって、人数には困らなかったらしい。
私はと言うとひたすら台本のセリフを覚え、発表の準備をし、生徒会の雑務をこなしていた。
ルーカスの方は私が変に口を挟まない方がいいものが出来るとわかったので、楽曲制作に関することは彼に任せ、私はスケジュールの管理や他の担当との連絡くらいしかしていない。
今日はレヴィからレッスン場に呼び出されていた。
全役のキャストが決まったらしい。私は忙しすぎて参加していないため詳しくは知らないが、審査員として参加したアルバートによると、大々的にオーディションが行われ、1つの役に対する平均倍率は20倍。メインに限れば50倍近くあったという。
そして今日はそんな熾烈な争いを勝ち抜いたキャスト達の顔合わせと最初の稽古。
倍率が高かったと言っても、結局はほとんどの役が演技経験豊富な演劇部の生徒から選ばれたという。ウィンチェスターアカデミーの演劇部は有名で、部長はもちろんレヴィ。彼が頭一つ抜けてはいるが、他の部員たちの中にも実際に若手俳優として仕事をこなしている者や裏方として関わっている者もいる。
ちなみに演出や衣装にも多くの演劇部の人間が採用され、制作陣会議ではまさに即戦力だと賞賛されていた。絶対演技上手いよね。どうしよう下手すぎて足引っ張ったら。
そんな人たちに囲まれてやるだけでもいやなのに、私が主役だなんて流石に荷が重い。
私はもう決まってしまった配役に対して心の中でブツブツと文句を言いながらレッスン場へと足を踏み入れた。




