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キャスティング

それから数日が経ったある日の放課後。

私はエドガー達に呼び出され、学校の中にある大きな会議室へと向かっていた。

やっと脚本が完成し、劇制作の中心メンバーも出揃ったということで、第1回目の制作陣会議が行われるらしい。もちろん主催者として私たち生徒会メンバーも参加する。


会議と言っても今日は初日だし、恐らく顔合わせと自己紹介をして軽い事務連絡程度で終わるだろう。

そう言えばどんな脚本に仕上がったのだろう。だいぶエドガーと揉めていたのは担当のアルバートから聞いているけど。


軽くノックをして防音の重い扉を開けると、そこには見知ったメンバーが揃っていた。

どうやら定刻前ではあるが私が最後の出席者だったようで、私が席に着くとすぐに会議は始まった。


初めにこの劇の総監督。つまり最高責任者であるエドガーが軽く自己紹介と挨拶をして、他の出席者もそれぞれ同じように挨拶をする。生徒会メンバーのセドリックとアルバート、私が話し終えると、次は脚本家のレヴィが立ち上がる。そして彼の後には音響監督のルーカス。


「この度衣装監督を務めます。3年のメアリ・ウェイターです。まぁ知ってる人ばっかだけどよろしくねー」


メアリが元気に立ち上がり挨拶する。

まぁ彼女はオシャレだし、流行にも敏感だ。噂でドレスやアクセサリーを作るのが趣味だと聞いたこともあるし適任かもしれない。

拍手が止むと、次の人が立ち上がる。


「2年、演出監督のイデア・キャメロンだ!みんなで最高の劇にしような!」


「3年、演出助手のアクア・シェナザードです」


何この圧倒的フラッグサバイバル感。

いや、中心人物が知り合いだと変ないざこざもないしこっちとしても楽なんだけど。

これが実力主義ってこと?流石に偏りすぎな気が……


「アタシが指名したの。脚本家と揉めるのはほとんどが演出家と。今回舞台監督はアタシが兼任するし。ある程度のセンスがあって、アタシと上手くやれそうな柔軟性のある人間。アクアが居れば多少無茶な演出も実現できるしね」


「イデアさんのお家はホテル事業をされていますし、目は肥えていらっしゃいますから」


レヴィとエドガーの話を聞いて、なるほどなと頷く。

これだけの才能が集まれば意見をまとめるのが難しい。特にレヴィとルーカスのようにクセのある人間をまとめ期間内に協力させて1つのものを作り上げるのは大変だ。この後どんどんスタッフも増えるのだから、上の人間の中で話が纏まらないではお話にならない。


だからきっとエドガーも、出来るだけ見知った人間をメンバーに引き入れたのだろう。

このメンバーならどこかでいざこざが起きても誰かが止めてくれるだろうし。


「では早速脚本をお配りします。次回までにこれを読んでいただいて、次回はキャスティングやスタッフの募集、全体の流れについて話し合う予定です」


少し分厚めの冊子が配られると、皆は続々と立ち上がって会議室を出る。

この件に関しては厳しい箝口令が敷かれているので、いくら知り合いとはいえ内容を共有することは出来ない。なので私もいつもの図書館ではなく自室に戻り脚本を確認することにした。




自室に戻ると真っ先に脚本の冊子を開く。

小説家らしい丁寧なト書きと美しいセリフたち。20分ほどで読み終わるそのお話は、劇の時間で50分程度を予定している。流石はベストセラー作家。この短期間でここまでの作品を書き上げるとは。


本人が俳優として舞台を経験しているだけあって、小説家独特の分かりにくい表現もない。

脚本とはどうあるべきかを熟知した脚本。

しかしこれを読んで思うことは……


「この話、重すぎない?」


確か『恋愛』がテーマだと言っていたから、てっきり甘酸っぱい青春物語だと思ったんだけど。

いや、過去作やエドガーと揉めたことからある程度は予想していたけども。

エドガーもよくこれで通したな。結構浮くと思うけど。


海の底の人魚が地上の王子と出会い恋に落ちる。元の世界にもあった『人魚姫』を彷彿とさせるストーリー。しかしこれは残酷と言われる童話版より重い。


ー---------------

「なぁ、このストーリーなんでこんなに重いんだ?」


翌日の第2回制作陣会議。

この話題が出るのは至極当然な事であった。

疑問をぶつけるイデアに対し、レヴィはこれが当然正しいというように反発することもなく落ち着いている。


「正直軽いでしょう?私の案はことごとくエドガーに却下されたわ。これが私の最大限の妥協点」


「流石に陸と海で戦争して姫が気に入った王子を海に引きずり込む話を許可するわけにはいかないでしょう。貴方の作風は知っていますが、譲歩してもここまでです」


「まぁレヴィの小説ってハッピーエンド無いもんね。それがウケてるんだけど」


そう。レヴィ・ガーデンは今を時めく大人気の俳優であると同時にベストセラー作家でもある。その作品は戦争や歴史を題材にしたものが多く、この世界におけるセオリーであるハッピーエンドは存在しない。ほとんどがバットエンドであったとしてもメリーバットエンド。

しかしその斬新さに加え、彼独自の世界観や表現、フィクションなのにリアルなストーリーが人気を呼び、今や彼は小説界の新しいジャンルの開拓者として名を馳せている。


メアリの言葉を受けて、今まで文化祭の劇には重すぎると考えていた全体の空気が「まぁあのレヴィ・ガーデンだしな」という雰囲気に変わる。


「アタシなりにテーマの恋愛を考えた結果辿り着いたのが『叶わぬ恋』これをコンセプトに脚本を書いたの。主人公は海の底に住む人魚の国の姫」


人魚の国の国王の一人娘である主人公は、ある日掟を破りこっそりと陸の様子を見に行く。そしてたまたま船に乗っていた王子を見つけ一目惚れ。それ以降こっそり陸の様子を見に来ては王子を眺めていた主人公。そして嵐の日船から落ちた王子を助け命を救う。すっかり海に出なくなってしまった王子にもう一度会いたいと彼女は海の魔女と契約し、その美しい声と引き換えに足を手に入れる。


やっとのことで王子と再会した主人公は彼と結ばれると信じて疑わなかった。

けれど、王子は既に別の人間と婚約していた。彼はその婚約者が自分を助けてくれた女性だと勘違いしていた。貴方を助けたのは自分だと、私を見てと伝えたいのに声が出せず伝えられない。

しかし人間になったからには海に戻ることも出来ない。

どうして振り向いてくれないの。彼と婚約者を見るたびに、その嫉妬はやがて憎悪へと変わる。

純粋で心優しい彼女は、いつの間にか壊れてしまった……


大体は人魚姫を踏襲しているけど、もう中盤から後半にかけては別物だ。あらすじだけでもう不穏だし。この世界に人魚姫があるのかは知らないけど。


しかし、これは大変だな。既に脚本家の中ではイメージが固まっているのか、演出や音楽についても細かい指示がされている。このメンバーじゃなかったら既に演出家から文句が出てもおかしくない。結構無茶ぶりしてるし。

特に主人公の心情に関しては細かい指示がたくさんされている。

絶対にやりたくない役だなと思いながらレヴィの話を聞いていた。


「一通りストーリーは理解していただけたと思いますが、何か異議のある方はいらっしゃいますか?」


エドガーの問いかけに手を上げるものは誰もいなかった。

劇向きかや多方面に対する無茶ぶりはともかく、ストーリーとしては非常に完成度が高い。きっとこれを実現することが出来れば素晴らしい劇となることは間違いない。

それが分かっているからこそ、完全なレヴィワールドに気に入らなそうな様子のルーカスさえも口は挟まなかった。


「では次に各担当ごとの説明や全体の流れを確認します。まずキャストに関してですが、特定の役以外はオーディションで決定します。既にこちらでイメージがある役に関しては、レヴィさん自らスカウトされる予定です。オーディションに関してはここにいる方々にはできるだけ審査員として出席くださるようお願いします」


「既にイメージがある役ってどれっすか?」


アルバートが「はいはーい」と手を上げて尋ねる。

こっちを見ながら言うのは辞めなさい。


「主人公と王子よ。主人公はエマ・シャーロット。王子にはセドリック・バートンをキャスティングする」


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