説得
「……はぁ、またお前か」
次の日の放課後。
今度は図書室の奥で本を読んでいた彼を見つけた。
読んでいるのは難しそうな古代呪文の本。私は古代系が壊滅的なので詳しくは分からないが、明らかにそれが1,2年生の範囲のものでないことだけはわかる。
「私も出来ればしつこくしたくはないんだけど」
昨日エドガーに確認を取ったが、やはり生徒会の意向として作曲はルーカス・エドワーズに任せたいというのは変わらなかった。時間がかかっても良いから口説き落とせと命令が下ってしまったので、こっちもそう易々と引くわけにはいかない。
「古代呪文が好きなの?」
「それが何か?」
「聞いたよ。平日に一人で遺跡探検行くくらい好きなんでしょ?そのせいで出席日数が足りなくなったって」
その分重要な発見をしたりして賞とかも取ってるみたいだけど。
停学したのも喧嘩や暴力沙汰ではなく、立ち入り禁止の地下遺跡に勝手に入ったかららしい。国の指定立ち入り区域なので、そもそも危険度が高く無傷で帰って来たのが信じられないが、規則は規則なので半年の停学を食らったんだとか。
最もその間も、コンクールに出場する名目で世界中を飛び回り、その実各国の遺跡を巡っていたのだとエドガーが言っていた。
「お前は俺に作曲をしてほしいんだろ?そんなこと聞いてどうする。生憎俺はもう音楽には飽きてる。よほどのメリットが無きゃ引き受けるつもりはない」
分かったらさっさと去れ、と彼は私を追い出そうとするが、生憎私だって無策で乗り込んできたわけではない。
交渉するときは、いきなり条件を叩きつけるな。まずは相手を知れ。
そこからが交渉だ。
私だって無駄に経済学を学んできたわけじゃない。
周りには将来会社を興そうとしている子もいたし、実際既にやっている子だってたくさんいる。
私だってある程度の交渉術くらいは身に着けている。
「音楽には飽きたって言うけど、君はもうすべての音楽を知った気でいるの?」
「……は?」
この世界は元の世界で言う昔のヨーロッパの世界観に似ている。
もちろん民族によって独自の音楽はあれども、基本はバロックやロマン所謂クラシック。
使用楽器はヴァイオリンやピアノ、ホルンなどでどれもオーケストラチックな曲ばかり。
もちろん電子楽器は無いし、ロックなんていう概念もない。流石にコード進行とかはあるのだろうか?正直私からしてみれば、そんなの音楽の極々一部分でしかない。
私の好きなJ-POPやボカロがないなんて!
私は彼を図書室から連れ出し、音楽室まで引っ張った。
彼は混乱していたが、思ったよりも抵抗する様子はなく意外と素直についてきてくれた。
「はぁ……で?あんな大口叩いたからにはさぞすごいものを見せてくれるんだろうな?」
彼はニヤリと意地悪そうに笑って言う。
あれ?ゲームの印象とほんとに全然違うな。ゲームの中ではもっと明るい陽キャだと思ってたんだけど。何かレオンに若干似ているような。
「ビックリして腰抜かさないでよね」
私には自信がある。ゆっくりと大きなグランドピアノの前に立つと、なんだか懐かしい気がする。
高校の時はよく音楽の授業前に友達にねだられて色んな曲を即興で弾いてたっけ。
あれ?中学校だったかも。
若干曖昧な記憶を辿りながら、私は聴きなれた旋律を奏でる。
人気のアニメのオープニング曲。
えげつない転調回数とコード進行。
だけどクリシェの後の展開はクラシック調で、全然知らないもののはずなのに不思議と耳になじむ。
当時アニメでこの曲を聴いたとき、私ですら驚いて何度も聴きなおした。
楽しくなって歌いながら弾いていると、彼が信じられないものを見るような目で私を見ているのが分かった。そりゃクラッシックしか知らない人が聴いたらビックリするよね。
ホントはギターとかドラムがあればもっとかっこよくなるんだけど。
このサビ終わりのピカルディ終止。よくバッハの曲で使用されているから私の中では結構クラシックなイメージだったんだけど、この世界では知られているんだろうか。
私の中でこの曲はかなり応用されているけど、根底にクラシックがずっとあるイメージの曲だったので、彼に彼に聴かせるならこの曲しかないと思った。
「なんだコレ……」
演奏が終わると自分が作った曲でもない癖に私は自慢げに彼を見た。
彼は呆然としたまま涙を流していた。
え!?なんで!?
何かプライドを傷つけたりしてしまったのだろうかとオロオロしていると、彼は突然笑い出した。
「なぁ今の展開どうなってたんだ?曲調もテンポ感も聴いたことないぞ」
さっきまでの様子はどこえやら、彼は少年のようなまなざしでこちらを見つめていた。
「エドワード君。君が作曲を引き受けてくれるなら、私が知ってる珍しい曲を君に教えてあげる」
「こんな曲が作れるならお前がやればいいじゃないか」
「この曲は私が作ったものじゃないの。その……あれよあれ」
しまった言い訳を考えてなかった。
なんて言おう。元居た世界の曲なんて言えないし……
「とにかく私じゃダメなの!そういやエドガー先輩から聞いたよ。禁書の棚の閲覧申請してるんだってね」
「だから何だよ、質問に……」
「君が引き受けてくれるなら連れて行ってあげてもいいよ。禁書の棚。クリスタルカレッジのだけど」
「そんな嘘に引っかかるわけないだろ」
「嘘じゃないよ?」
交換留学の際私が得たのは、目的のための期間限定の許可ではなく私という人間に対する半永久的な許可。研究仲間としてクリスタルカレッジやウィンチェスターアカデミーの生徒も同行可能。これはメアリやアメリアに強請られて追加してもらったが、こんなところで役に立つとは。レオンの言質はもちろん取っているし、入るためのカードも持ったままだ。
パッと見た感じ、あの禁書の棚には現代魔法よりむしろ古代魔法に関する文献の方が多かった。そして、古代呪文や遺跡に関する研究はアスカニア王国よりもクリスタル帝国の方がはるかに進んでいる。
問題は気軽に行けないことだけど、幸いにも今回の会場はクリスタルカレッジだし今はその心配も必要ない。ここまでの好条件なら彼も断る理由は無いだろう。
もちろんこの分の私の報酬はエドガーからきっちりもらうつもりだが。
「どう?悪くない条件でしょ?エドワード君」
「わかったよ。俺の負けだ。それとルーカスでいい」
「これからよろしくね。ルーカス」
こうして私は最初の関門であった作曲家の確保に成功した。




