停学者
停学?停学って停学?
問題とか起こしてなるやつだよね?休学とかじゃなく。
そんな問題児ウィンチェスターに居たんだ。レオンが聞いたら面白がりそう。
「彼は停学になっていますがもうすぐ戻って来るはずですよ。確か3日後だったような……」
聞けば半年以上も停学だなんて一体何をすればそんなことになるのか。しかも彼は本来2年生であるが、昨年出席日数が足りず留年しているという。半年も停学になったら今年も留年なのでは?
「彼が戻ってきたら声を掛けてみてください。彼の才能は学生の域をとうに越えていますから」
実際停学を食らっていた間にも、様々な音楽コンクールに出場し優勝し続けているのだとか。作曲のコンペだけでなく演奏も素晴らしいそうで、ピアノやヴァイオリンのコンクールではその才能からコンクール荒らしと呼ばれるほど。
まぁ才能ある人って変だって言うからその人もそう言う感じなんだろうか。声かけただけで流石に殴られたりはしないよね。
そんな人がどうして音楽学校ではなくウィンチェスターアカデミーに入学したのかは分からないが、正直私は何とかなるだろうと思っていた。これでも中学の時はかなり荒れていて警察にお世話になることも多々あった青春時代だったので、多分プライドの高い坊ちゃん嬢ちゃんの相手よりも留年した停学ヤンキーの方が扱いやすい。
この世界に来てからそういうものとは全く無縁でむしろ楽しみにしているくらいだったが、名前を聞いたときは流石に驚いた。
「彼の名前はルーカス・エドワーズです。少し扱いにくいですが、頑張ってください」
ルーカス・エドワーズ。聞いたことのある名前。エドガーが特徴や印象を聞かせてくれるが、そんなものは必要なかった。
オレンジの髪にエメラルドグリーンの瞳で両親が超有名な音楽家。自身もピアノやヴァイオリン、作曲など様々な面で才能を発揮している。自由奔放な性格で、授業もサボりがち。成績はいいのに出席日数が足りないため本来は2年生であるはずが留年して再び1年生になった。
私の中で彼についての情報がどんどん出て来る。
留年してるって聞いた段階でなんで気付かなかったんだろう。まさか停学になってるとは思わなかったけど、彼は4人目の攻略対象だ。
なんで音楽担当になったんだろう。攻略対象に音楽に強い人間がいるって知ってたのに。
あんまり見かけないものだから存在していないのかと思ったが、そんなわけはなかった。
今までの私なら完全に落ち込むところだが、アメリアの言う好意分散作戦が本当に上手くいくとするならば必ずしも悪いことではない、はず。
3日後。
彼の復学は私が確かめるまでもなく明らかだった。
1年の教室に2年3年の先輩たちが集まっている。その中心にいるのはもちろんルーカス・エドワーズ。サボりまくりの上停学なんてしていたら周りからは恐れ馬鹿にされていることではないかと思っていたが、そんなものは杞憂に過ぎず、彼は周りに慕われているようだった。
おかえりと周りが笑顔で迎えている中、めんどくさそうに欠伸をしている。
ゲームの中では自由奔放で後先を考えない少年のようなイメージがあったが、実際目にしてみると思っていたよりも落ち着いていてずっと大人だ。容姿はゲームと変わらないはずなのに全然違う。
同じ錬金術の授業を受けていた時も、難易度が高く皆が苦戦していた錬成をいとも簡単に成功させてしまっていた。所詮は1年生の範囲と言ってしまえばその通りだが、あの錬成は先生ですら状況を見ながら試行錯誤して完成させるもの。それを一切確認もせずものの数分で作り上げてしまった様子を見れば、それだけで彼の優秀さがうかがえる。
「こんにちは。えっと、エドワーズ君」
放課後、人目を避けて植物園で昼寝をしていた彼に声を掛けた。この様子だと、どうやら午後の授業はサボっていたらしい。
年上ではあるけれど、同じ1年だしタメでいいよね?
「誰だ?お前」
「1年のエマ・シャーロットです」
私が名乗ると、彼はウィザードシューティングのやつか、と声を出した。
魔法競技大会見てたんだ。多分中継でだろうけど。
すらりと長い手足に程よい筋肉。顔は彫刻のような造形だし、正直知らなかったらモデルか何かと勘違いしてしまうだろう。
他の攻略対象たちとも引けを取らないこの容姿で観戦に来ていたら、周りが騒がないはずがない。
私だって近くでこんなのが観戦してたら絶対競技そっちのけでガン見するし。
「何か用か?」
あぁ、いけないいけない。
本題を伝えなきゃ放課後までタイミングを待っていた意味がない。
「えっと、今度の総合文化祭の話で、ぜひ貴方に劇で使う曲の作曲をお願いしたくて」
「断る」
彼は間髪入れずにそう言った。
ちょっとくらい考えてくれても良くない?
私が言葉を続けようとしても彼は完全に目を閉じてシャットアウトしてしまっていて取り付く島もない。
これ以上ここにいてもきっと彼に鬱陶しがられるだけなので、私はまた日を改めてお願いすることにした。
「あれ、エマ氏。久しぶり」
「エイド先輩」
植物園から出るとちょうど植物園に用があったらしいエイドに会った。
研究のこともあるので定期的に連絡は取っているが、なにせ彼は授業以外は専ら自分の研究室に籠っているため、対面で会うのは久しぶりだった。食事も最近大食堂では取ってないみたいだし。
「珍しいですね。先輩が植物園なんて」
彼は魔法薬学や錬金術も出来る方ではあるが、どちらかと言うと魔法解析学やもっと工学寄りの分野が専門だったはず。彼の方も研究はもう大詰めだと聞いているが、何か材料に使う薬草でもあるのだろか。
「会いたい後輩がいてさ」
会いたい後輩?
わざわざ彼が植物園にまで会いに来るような人物。もしかしてと思って聞いてみると、やはりルーカス・エドワーズの事だった。
なんでも研究のことで意見を聞きたいらしい。
エドガーやエイド、そしてたくさんの先輩たちが認めるほどの人物。
さっき会った感じではそこまですごい人には見えなかったけど。
「アイツはなんでも出来るけど、勉強で言えば古代魔法の分野がピカイチなんだよ。車体のボディーで若干悩んでるところがあって、古代魔法で似たような文献を読んだことがあるから聞こうと思ってね」
古代魔法。私が苦手な分野。
楽器も出来て勉強も出来るんだ。でもそんなすごい人がどうして留年なんかするの?
適当に出席してさえいれば進級は堅いだろうに。
とにかく私は誘い方を考え直す必要があるなと思い、エイドと分かれてから自室に戻った。




