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イレナ・エリーチカ

生徒会長選挙前日にもなると、学校中がどこかお祭りのような盛り上がりだった。

学校の至る所には選挙活動のポスターが貼られ、休み時間には支持者によるビラ配りや立候補者本人による演説が行われている。


私がかつて通っていた高校では生徒会選挙なんて通過儀礼化していたし、当日まで碌に選挙活動も無かったので、ここまで盛り上がるのはなんだか新鮮だ。

今や生徒たちはみなどちらかの支持を意味するグッズを身に着けている。


イレナ支持者なら缶バッチ、エドガー支持者ならブレスレット。

私も一応ブレスレットを付けているが、このグッズは立候補者本人がデザインし配るのだと言う。

3日前に行われた中間投票ではエドガーが圧倒的な差をつけて勝利。


もともとイレナ派の人間もセドリックやアルバートが加わったことで特に1年生を中心にエドガー派が急増中だ。


私はと言うと、いつも通り授業を受けバイトと研究の生活を送っている。

エドガーがいない分バイトの日数を増やしてはいるがそれくらい。

もちろん警戒はしているが、今のところこれと言って彼女が何かしてくる様子もない。


「あ、エマ氏お疲れー」


「お疲れ様です」


「選挙ビビるくらい盛り上がってんね」


エイドは研究室のパソコンを眺めながらそう言った。

不思議に思い私も画面を覗くと、そこには校内の映像が映し出されている。

大方監視カメラの映像なのだろう。


「どうしてそんなの眺めてるんです?」


「暇だからね。あとは監視かな」


「監視?」


「そー。エドガー氏の当選はほぼ間違いないけど、彼女が大人しすぎるんだよね。何か企んでるんじゃないかと思って学校の数か所にだけ設置したんだ」


確かに選挙活動の主要な場所の映像は抑えてあるが、何か企むならもっと人気のないところでやるだろう。エイドの様子を見るに、暇つぶしの要素が大きいのだろうなと言うことはすぐわかる。


「そう言えばアリエス咲いてたよ」


「え!?」


サラッと言われた一言に驚いてアリエスの方に目線を移す。

すると日光を当て続けたアリエスが咲いていた。

これでほぼほぼ間違いないだろう。

開花の瞬間を見逃してしまったのはとても悔しいが、1回見たしなと自分に言い聞かせてメアリからもらったデータを開く。


メアリの研究によると、レピュタスの性質は熱を加えたり魔法薬に混ぜたりしても変わらない。

私もそのことを検証するため開花前のアリエスの花粉からオレンジの鉱石を顕微鏡で見ながら取り出し、小瓶の中に集める。


面倒ではあるが錬金術で使うにもある程度の量が必要なため仕方ない。

出来れば簡単な複製魔法で複製したいのだが、この鉱石が複製しても性質が変わらないかどうかがまだ分からないので、少なくとも1個目を完成させるまでは複製魔法は使えない。


小瓶一杯分の鉱石を集め終えたころには夕食の時間となっていたため、エイドと共に食堂へ行き、いつものフラッグサバイバルのメンバーと一緒に食べた。

エドガーはその場に居なかったが、セドリックやアルバートの話を聞く限りでは相当忙しいようだった。まぁ前日だしね。


夕食を取り終わると、他のみんなはそれぞれやることがあると行ってしまったので、私は1人で寮へ戻る。その途中今日の授業の宿題を教室に忘れていたことを思い出し、教室へ寄っていくことにした。教室へは普通に廊下を通るより中庭を抜けて行った方が速いので、私は人気のない中庭の裏道を通った。すると、奥から誰かが話している声が聞こえる。


クリスタルカレッジのこともあったので正直気は進まなかったが、このまま去ると夜気になって眠れなくなりそうだったので、少しだけ聞き耳を立てた。


「……何の用ですか?イレナさん」


イレナ。その名前を聞いた瞬間私は驚きで飛び上がりそうだった。

私が知っているイレナなんて、生徒会長に立候補したイレナ・エリーチカしか知らないんだから。

まさか何か企んでるんじゃ……

私はそう思ってスマホのカメラを起動した。


「貴方、先日お父様が倒れられたんですってね?」


「……それが、何でしょう?」


「あらごめんなさい。気を悪くしないで?私は貴方を助けたいの」


「助ける?」


「聞けばご実家の家計が相当苦しいそうね。お父様が倒れられて収入源が無い今、貴方はこの学校に居られるのかしら?」


イレナの言葉に女子生徒は肩を震わせた。


「私なら貴方を助けてあげられるわ。お友達がいなくなるのは寂しいもの」


「本当に!?」


「えぇ、エリーチカの名に懸けてお約束するわ」


彼女の微笑みにその女子生徒は安堵の表情を見せる。

ただし、と彼女は穏やかな表情を保ったまま続けた。


「私が生徒会長になれたら、よ?」


その瞬間、女子生徒は彼女の手を握って絶対イレナに投票すると言っていた。

女子生徒が去った後、物陰から1人の女子生徒が出て来る。


「これで学年の6割は私たち側ね」


「えぇ、すべてあなたが弱みを握ってくれていたおかげよ?カミラ」


そう呼ばれた彼女に私は見覚えがある。

授業がたまに被っていたが、会うたびにあからさまに敵視されるので嫌でも認識していた。

彼女もやっぱり上流階級の人間なんだ。


私はスマホを止め無音魔法をかけてそのまま廊下の方へ戻った。

中庭から行くのに比べれば遠回りだが仕方ない。

そう言えば彼女たちは学校の生徒の6割は私たち側と言っていた。弱みを握っていたなどの発言から、脅迫や買収で票を集めようとしているのだろう。


しかし6割ともなると、全体の過半数だ。

これが本当ならエドガーの落選は確実だ。


「この動画、どうしよっかなぁ……」


選挙管理委員会に提出するにも、そもそも委員会ごと買収されている可能性がある。

下手に提出すれば余計な面倒ごとになりかねない。

とりあえずエドガーには報告するか。


私は教室に寄った後、寮には帰らずにウィーブルへ向かった。

生徒会室は選挙が終わるまで使用することが出来ないため、エドガー陣営はウィーブルの奥にあるVIPルームを使って選挙の準備をしている。バイト前などにたまに差し入れをすることがあるが、中はいつも忙しそうだった。おそらく今もギリギリまで準備をしているだろう。


「失礼します」


ノックの返事はなかったが、中が騒がしいので人は居ると確信し、私はそのままドアを開けた。

軽く開けたつもりだったが、焦っていたのか思いのほか勢いよくドアが開きその場に居た全員の視線が集まる。


ブレスレットを付けているので敵とはみなされなかったが、多くの人からは疑うような目で見つめられる。セドリックやアルバート、アクアをはじめとしたフラッグサバイバルのメンバーは私が勢いよくドアを開けて登場したことに困惑している。


「えっと……エドガー先輩」


私が声を掛けると奥にいたエドガーがこちらに駆け寄ってきてくれた。

平然としているが眼鏡の下の目には疲れの色が映っている。

あちこちに設置されたモニターの画面には先ほど発表された昨日の直前選挙の結果が映し出されている。結果はエドガーがやや負けている。ついこの間まで圧倒的だったのに、いったい何があったのか。


おそらく彼らも焦っているのだろう。

引きこもって研究してばかりのエイドですらここにいるくらいには緊急事態だ。


「エマさん。何かあったのですか?」


「エドガー先輩。これを見てください」


私はスマホを1つのモニターに繋いでフォルダーに入っている動画を再生する。


「これは……!」


そこにいた全員がざわつく。当然だろう、なにせ相手が買収をしている場面が映されているのだから。


「さっき中庭の裏道で見つけて思わず動画を撮りました。あまり信じてはいませんでしたが、この直前の結果を見て確信しました」


イレナ・エリーチカは、既に生徒の6割の買収に成功している。

このままではエドガーの当選は絶望的だ。

周りのエドガー支持者のサポーターたちは、次々にこの動画を学校中に流そうだの選挙管理委員会に提出しようだのと騒いでいる。


これは私も明らかに不正なので、何らかの措置を取るべきだとエドガーに進言しようとした瞬間、エドガーは右手を上げて静かにするように促す。

すると先ほどまで騒いでいた人たちも次々に口を閉じ、広いVIPルームに静寂が訪れる。


「いえ、ひとまず置いておきましょう」


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