通話
「え?扇を左耳に当てる!?」
「うん。その後なんか満足げに去っていったから気になってて……」
「それ馬鹿にされてるのよ!いい?扇を左耳に当てるのは『貴方を追い払いたい』って意味なの!」
なるほど、だから意味が分かっていない私の教養のなさに笑ったのか。
私はバイトが終わった後、アメリアにビデオ通話を掛けた。
今日のイレナ・エリーチカの去り際の態度がどうしても気になったからだ。
元の世界にも扇言葉なるものがあると言う事だけは知っていたので、もしかすればあの行動に意味があったのかもしれないと思い彼女に尋ねると案の定その通りだったらしい。
「生徒会長選挙ね。じゃあ今は学校の中で分裂してるってこと?」
「うん。まぁそんな感じかも」
イレナ率いる家柄重視派とエドガー率いる実力重視派。
最も彼女らの指す家柄と言うのがかなり限られているので、必然的にエドガー陣営の方が人は多い。
しかし、どちらにつくべきか決めあぐねている者も多く、まだ楽観視は出来ない。
エドガーも明日から選挙活動を始めると言っていたし。
「でもイレナが当選したら大変ね。貴方完全に居場所失うじゃない」
そう。正直エドガーが当選しなくても役員になれないだけだし、今の生活状況を考えたら仕事が増えるのはきついので別に誰が当選しても構わないと思っていた。
しかし、彼女が当選するなら話は別だ。
家柄を重視するなら私はこの学校で1番邪魔な存在。ましてや私は魔法競技大会で、彼女が出場するはずのウィザードシューティングに出場し優勝してしまっている。
「応援したいのは山々だけど、私は今回は関わらない方がいいかも。セドリックやアルバート達はエドガー先輩のサポートを既に申し出てるらしいし」
いくら実力重視派とは言え、それはあくまで貴族の中の実力主義。私が支持者として堂々と前に出ることに今回はメリットがほとんどない。日和見派を引き入れるためにも、最上位層で実力もあるセドリックやアルバート達が手伝った方がいい。
「それもそうね。変に目立つとあの女ヤバいわよ」
「面識あるの?」
「面識も何も、彼女は悪役令嬢アメリアの取り巻きじゃない。こっちの世界に来てからもパーティーであったことがあるけど、相当な家柄至上主義者よ。彼女の家も、貿易商を経営している侯爵家の令嬢で遠縁ではあるけどアスカニア王国王家の血を引いてる。プライドも教養も一級品。取り巻きでいたのが勿体ないくらい」
王家の血を引いてるって……
そんなプライドの高い人が補欠ってだけでもいやだったろうに、ぽっと出の私に出場権を取られたら彼女のプライドはズタズタだろう。
あれ?もしかしなくても彼女の出馬理由って私が原因……?
「とりあえず警戒だけはちゃんとして、あとはいつも通りに過ごしなさい。忙しいんでしょ?」
「うん」
「そう言えばアリエスの研究はどう?メアリさんのは正式に学会に送られたって聞いたけど」
今はエイドの研究室の一角で研究をさせてもらっているが、経過は順調だ。この調子で行けば今月中にはアリエスの効果を立証して実用化のための研究に入れるだろう。
メアリの研究も学会からのオファーで、今度メアリが研究を正式な場で発表するらしい。
彼女は今、そのための論文をまとめるので忙しそうだ。
「そっか。私の方ももうちょっとで何か掴めそうなの。また連絡するね」
「うん。おやすみなさい」
通話が切れると真っ暗になった画面を見つめる。
アメリアとはお互いの秘密を共有する同士のような感覚もあり、ウィンチェスターに戻ってからも連絡はほぼ毎日続いていた。研究の事だけでなく最近の出来事や元の世界の話まで。
今まで誰にも言えなかったことを気兼ねなく話せるのは本当にありがたい。
エイドの方も今はエドガーが忙しくて意見が聞けないと言っていたが、それなりに順調だ。私の方はもちろん、勉強だって前に比べればだいぶついて行けるようになった。バイトだってやりがいがあるし、フラッグサバイバルのメンバーを中心に友達も出来た。
初めに比べればかなり順調に上手くいっているはずだが、どうも不安が拭えない。
むしろ上手くいけばいくほど不安は募っていく。
原因は簡単。私の知っているゲームの世界とはかけ離れすぎていて私自身何が正解なのか分からないから。
こっちに来た時もゲームと全く一緒というわけにはいかなかったが、大体はゲーム通り。しかし最近では本当にゲームとは別世界だ。攻略対象だって5人のうち3人しか知らない。
かかわりが無いのは全く問題ないが、テストの結果や魔法競技大会を見ても残りの2人の名前は見つからなかった。これに何してはアメリアも何故だか分からないという。
どうか平穏な日々が過ごせますように。
私は部屋の窓から切実に願った。




