生徒会長選挙
クリスタルカレッジでの交換留学から1週間。
私は多忙すぎる毎日を送っていた。
カフェ・ウィーブルでのアルバイトに加え、クリスタルカレッジから持ってきたアリエスの研究。そして参加していなかった1ヶ月分の授業。
もちろん多少は先取りして勉強していたし、クリスタルカレッジにいる間もそれなりに勉強はしていたが、やっぱり追いつけていない分野も多く、私は連日放課後をアルバイトや勉強に費やし、夜を研究に当て睡眠はわずか3時間という過酷な生活を送っている。
エドガーは落ち着くまでしばらくバイトはいいと言ってくれたが、私が働きたいとお願いしたことなので、どうしても出来る限りは働きたかった。勉強は、アルバートが取っておいてくれたノートのおかげでだいぶ効率よく勉強できているし、決して不可能なスケジュールではない。
「生徒会選挙?」
「知らなかったの?もう今月だよ?」
一緒に食事をとっていると、エリカがそう言いだした。
そう言えばもう10月か。
忙しすぎて忘れていたが、確かに生徒会選挙の時期だったと思い出す。
「まぁエドガーなら当選は確実だろう」
「そー言うアクア先輩は立候補しないんすか?」
「俺はあんな面倒な事ごめんだ」
アルバートの質問に間髪入れずに答えるアクアに私は少し納得してしまった。
エドガーが健康そうな顔してるの見たことないし。
「どうせ信任投票よ。ほぼ通過儀礼のようなものね」
ソフィアがアクアとアルバートの方を見て緩む口元を抑えながら言った。
ソフィアってもしかしなくても……
「大変だ!」
イデアが走って私たちのテーブルまでやって来る。
なんだなんだと私たちは首をかしげる。
「どうしたのイデア。そんなに慌てちゃって」
メアリの言葉にかぶせるようにイデアは言葉を発する。
「1年生のイレナ・エリーチカって生徒が生徒会長に立候補したらしいんだよ!」
「誰それ?」
「エドガー先輩に並ぶ商家の1人娘だぜ?確か、魔法競技大会でウィザードシューティングの補欠だった気がするけど」
アルバートがそう言った瞬間、私は背筋が凍った。
……私が押しのけて出場したやつじゃん。
「何をそんなに焦ってるのよ。1年生の所詮補欠止まりの子でしょ?エドガーの相手じゃないじゃん」
メアリがそう言うと、イデアは「……それが」とバツの悪い反応をした。
「既に熱狂的な支持者がかなりいるらしいぞ!」
いつの間にか来ていたイザナが、ダンベル片手に大声を出した。
熱狂的な支持者?なんでまた。
「エドガー・ルイスはこの学校を軽んじている!そんな人間に生徒会長など務まらない!」
「何が成績重視だ!」
「イレナ・エリーチカに投票しましょう!」
ちょうど話していたところに熱狂的な支持者と見られる集団がやってきた。彼らは食堂の入り口付近でビラを配りながら呼びかけをしている。
「なにあれ、ヤバ」
その様子にメアリは引いていた。
「成程。支持者の多くは名家出身か」
アクアは彼らを眺めてそう言った。
何でも貴族の中でも上位の立場の出身ばかりなのだという。
でもエドガーだって王国1の商家出身だよね?
「エドガー先輩の方が規模としては大きいけど、家の格で言えばあの子の家の方が上だぜ?大方エドガー先輩を良く思っていない奴らがエドガー先輩を引きずり下ろすいい機会だと思ってるんだろ」
さすがは宰相家のアルバート。貴族のお家事情についてはこの中の誰よりも詳しい。
「家柄重視のウィンチェスターだけど、エドガーはそうじゃないからね。現に最近の魔法競技大会や交換留学生の選定でも彼らに対する贔屓は無かった」
「え、そんなのあるんですか!?」
「むしろあるのが普通よ。だから家柄のいい子達は優先されるべき自分達が優先されていない事に腹を立ててる。あんな風にね」
ソフィアが再び彼らの方へ目線を移すと、そこにはさっきよりも沢山の人がたむろしていた。
彼らは揃ってイレナ支持の缶バッチをつけている。
「これはエドガー先輩も苦戦を強いられるかもね」
セドリックがそれを見てこぼした一言に、その場の誰も大丈夫だとは言えなかった。
選挙は1週間後の全校生徒立ち会いの演説会のあと行われる。それまでに彼らがどれほどの力をつけるのか。
放課後ウィーブルでのバイトに向かうため、1人で廊下を歩いていると、向かい側から大人数が集団でやってくるのが見えた。全員がイレナ支持の缶バッチを付けている。
変に関わるのも嫌なので、私は壁側に立ってやり過ごそうとした。
「あら?もしかしてエマ・シャーロットさん?」
集団の中心にいた女子生徒が声を掛けてきた。
金髪碧眼の少女。髪はハーフアップでおでこを出し、毛先は見事な縦ロール。若干つり目で唇には真っ赤なルージュが引かれている。
「……そうですが」
「やっぱり。顔を知らなくてもわかるものね。雰囲気が私たちとは違うもの。わたくし、イレナ・エリーチカと申しますわ。思っていたより慎ましやかな方ね。貴方とお話してみたかったの」
彼女はニコリと微笑んだが、元京都人である私からすれば皮肉のオンパレードであることなど考えなくてもわかる。バイトの時間も迫っていたので、私は彼女の誘いを丁重に断った。
「そう。残念ですわ。ではまた今度ご一緒しましょう?」
そう言って彼女は持っていた扇をそのまま左耳に当てた。
そして私の方を見て再び微笑んでから周りの支持者たちと共に去っていった。
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「エマさん。少しいいですか?」
「はい」
珍しくカフェに来ていたエドガーに声を掛けられ奥の事務室に呼び出される。
「来週の生徒会選挙についてですが……」
「ここに来る途中、イレナ・エリーチカさんという方に声を掛けられました。次の生徒会選に立候補するそうですね」
まさか彼女が私に接触していたとは夢にも思っていなかったのかエドガーは動揺を見せる。
「彼女……いえ、一部の生徒は僕のやり方を気に入っていません。家柄重視のウィンチェスターとは合っていないと。魔法競技大会の件でも、個人戦はともかく団体戦に上流階級の人間が選ばれなかったのはおかしいと言う人もいます」
団体戦って……トレジャーハントは良く知らないけど、フラッグサバイバルのメンバーは上流階級の人間だったはずだよね?
「フラッグサバイバルで言えば、代表10人のうち、彼らの言う最上位層は公爵家跡取りのセドリックと宰相家跡取りのアルバート、そして侯爵家のアクア先輩くらいでしょう。彼らの言う格とは、単なる地位だけでなくその家の歴史を含みますから」
そう……なんだ。あまりにも別世界の話過ぎて私にはよくわからない。
でも、どうしてそんな話を私に?
「もちろんだからと言って負けるつもりはありません。彼女の支持者は最上位層のごく一部だけですし、最上位層の人間全員が支持しているわけでもない。僕が貴方を呼んだのは、貴方に気を付けて欲しいからです」
気を付ける?私が?
「彼女、イレナ・エリーチカにとって1番邪魔なのは貴方でしょう。彼女は手段を選びません。流石に選挙期間中に何か仕掛けてきたりはしないでしょうが、彼女には気を付けてください」
流石に選挙期間中に何かしらの事件を起こすようなことは考えにくいが、それをもみ消せるだけの力を持っている彼女が何もしてこないとも言い切れない。用心はするに越したことがないと言う事だろう。
私は気を付けますとだけ返してバイトに戻った。




