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実験失敗……?

「エドガー・ルイスです。よろしくお願いします」


「エマ・シャーロットです。こ、こちらこそよろしくお願いします」


材料を受け取ると、指定された作業台に向かう。

どうしよう。まさかよりによってエドガーとペアになるとは。

ただでさえ攻略対象にはあんまり近づきたくないのに、2年の魔法薬学の首席とペア。本来なら喜ぶべきことなのかもしれないが、相手は損得でしか物事を考えず生徒会長に就任してすぐに自分以外の生徒会役員をクビにした、あのエドガー・ルイス。

もし足を引っ張るようなことがあれば、守銭奴の彼のことだ。お金でなくともとんでもない対価を要求されるに違いない。


「エマ・シャーロット……貴方、もしかしてこの間の数学理論で満点を取った」


「え?えぇ、まぁ、はい……」


私が100位なんてとれたのはぶっちゃけ数学理論のおかげだ。この世界の数学は中学レベルだし、特段勉強せずともとれる。魔法工学や錬金術は現代魔法や魔法薬学の応用なのでボロボロだったが、この数学がその2科目の穴を見事にカバーしてくれた。


「歴代数学理論のテストで満点を取った者はいなかったそうです。職員室でも話題になっていたとか」


「え、そうなんですか?」


「それなのに他の教科は平均より少し上。魔法工学や錬金術に関してはまるでダメ。不思議なこともあるのですね」


確かに、この世界では一般的に数学理論が一番難しいとされているから、その数学理論だけ出来るというのはおかしいと思われても仕方がないだろう。でも、異世界から来たのでその世界の中では簡単な問題だった、なんて言えるわけないし……


「えーと。まぁ、なんというか、色々ありまして……得意科目というか」


「なるほど……()()、ねぇ」


あ、やばい。これゲームで見たことある。完全にエドガーが悪だくみをしているときの顔だ。

お母さん、助けて。


そんな心の叫びも虚しく、エドガーはずっと一人で何かを言っている。

こうなったら早く薬を完成させて出ていこう。そう決めて急いで材料の下ごしらえをする。

魔法薬はとても繊細な物なので、分量や手順などが少しでも変わると正しい効果が出なかったり、違う効能が出てしまったりする。私は必要な薬草を切り刻んだ。


「空気豆は僕が潰しておきます」


「ありがとうございます」


エドガーは手際よく豆を潰していく。流石魔法薬学の首席。早いのはもちろん丁寧だし、一つのことをやっていても次の作業の準備も同時にやっている。エドガーの手際の良さに見とれながら作業を進めていくと、あっという間に下ごしらえが終わり、あとはこれを大釜で混ぜ合わせるだけだ。


魔法を加えながら混ぜ合わせると、浮遊薬が完成した。ウィンチェスターアカデミーの授業時間は1コマ90分。エドガーのおかげとはいえ50分で完成したのであれば上出来だろう。後は先生に確認してもらって、エドガーに何か言われる前に逃げよう。


「子羊。出来たのか?」


「あ、ダミアン先生。確認お願いします」


先生は浮遊薬を入れた瓶を受け取ると、それを眺めた後机の上のペンにかけた。

成功していれば十センチほど浮くはず。まぁ簡単な薬だし、エドガーと一緒に作ったのだから流石に失敗はしていないだろうと思って様子を見守る。

しかし、いつまでたってもペンは机の上に置かれたまま。


「失敗だな」


え、なんで!?

エドガーも驚いた様子で目を見開いている。


「この薬は分量で失敗すると何も起こらない。お前たち、ちゃんと分量はかってないだろ。配布時の分量で作ると何も反応が起こらないようになっている」


え、でも配布した時材料の分量ははかってるって言ったじゃん。

周りの生徒もざわついている。ちょうど大多数の生徒が大釜でまぜ始めたため、絶望している。


「いくら事前にはかっているとはいえ、状態によって分量が変わることもある。自分で計測するのが基本だ。ルイスは自分の分は量っていたようだがな」


「いつもの癖で……」


エドガーがミスしてないってことは……完全に私のせい。

うわやっちゃった。てゆうかいっそのことエドガーもミスしてたら良かったのに!

結局薬が完成したのは授業が終わる1分前。


「よし。まぁ及第点だな。これからはちゃんと分量を量るように」


はい……


「あの、エドガー先輩。申し訳ありませんでした……」


「いえ、僕も指導すべきでした。気にしなくていいですよ……でもそうですね。仕方ないとはいえ迷惑をかけられたのは事実ですし……」


あ、やばい。絶対何かさせられる。もしかしてわざと分量測るように言わなかったの?

お金なんて持ってないし……まさか危険な実験の実験台になるとか?それとも臓器売買的な?


「数学理論のレポート課題、手伝ってもらえませんか?」


「……へ?」


レポート課題の手伝い?数学理論ってエドガーの得意科目だよね?何で私?

こちとらド文系なんですけど。


「もちろんレポートは連名で出しますし、雑用を押し付けるわけではありません。あなたの考えを聞きたいんです。……まさか断るなんて言いませんよね?」


エドガーは黒い笑みを浮かべて圧をかけてくる。怖いよ。

こんなのはいって言うしかないじゃん。


「では今日の放課後、生徒会室まで来てください」




そう言われたのはいいものの、行きたくない。あぁぁぁぁ~。

さっき通りかかった人に生徒会室ってどこですかって聞いたら、すっごいビックリされたかんな?

第一私数学得意じゃないんだよ。大学も文系入試で入ったから、経済学部がゴリゴリ数学使うの知って絶望したし。数学嫌すぎて一時期学校行かずにサボりまくってた時期あったから。

そうは言っても行かなかったときのことを考えるともっと怖いので、腹を括って生徒会室に向かう。


「失礼します」


ノックをして生徒会室に入る。

中に入ると右手に大きな机があって、そこに紅茶やら焼き菓子やらが置かれていた。


「エマさん。どうぞこちらに」


エドガーにその大きい机のほうへと誘導される。

するとすぐに1枚の紙を手渡された。

そこには地図に赤い点が描かれていて何度も書いては消した赤い点を結ぶ線が見て取れる。


「僕の家はいろいろな事業をしておりまして……そこで僕が任されている事業の中に上手くいっていないカフェがあるんです。カフェのことを知っていただくために従業員に宣伝用の紙を配らせようと思うのですが、各家を回るのに、何か効率のいい回り方はないかと思いまして。ちょうど数学理論のテーマ自由のレポート課題が出ていたので数学を応用してこれを解決できないかと思ったんですが……」


上手くいかなかったってわけね。

確かにこの世界で数学は魔法工学や魔法薬学をはじめとした分野で使うので重要な学問とされている。しかしその割に発展はしていない。図書館で4年生の教科書を見たが、せいぜい進学校の高校受験問題レベル。そもそも数学者というのがほとんどいないので発展しないのも仕方ない。


そして今エドガーが直面している問題。

これは典型的な巡回セールスマン問題だろう。サークルの先輩が大学院で研究していたから雰囲気はわかる。でもこの問題は、数学が進んでいる日本ですらスパコンを使ってもまだ解決が難しいNP困難と呼ばれる問題のクラスに属するはず。スパコンはおろか、高校レベルにすら達していないこの世界では解決は難しいだろう。

でもこの問題を数学で解こうとする考え方、やっぱりエドガーは頭がいいんだなと感じる。


「貴方の意見を聞きたいのです」


「そうですね。この問題は非常に難解で、規模にもよりますが解決は不可能でしょう」


エドガーはがっくりと肩を落とした。そもそも私詳しい解法なんて知らないし。何か先輩がすごい意味わかんない式をコンピューターで計算してたなーくらい。


「でもその縮小版なら出来るかもしれませんね。というかレポートならそれで十分でしょう」


「ほ、本当ですか!?」


「えぇ、まぁ。無理やりですけど総当たりすれば最短経路は判明するので」


対象の場所を3つか4つくらいなら出来るのではないだろうか。一つ一つの点に番号を振って順列で求めれば総数は求まるだろうし、それを手作業で全部試せば出来るだろう。一つ一つの辺の長さも指定して計算しなきゃいけないし正直めんどくさいからやりたくないけど。


「点に番号を振って、辺の長さを指定すれば順列……というか数珠順列で総数は求まるはずです。あとは全部試せば出来る、と思います」


多分ね?私数学なんてできないから間違ってたらごめんよエドガー。面倒だけど高校数学を無理やり応用するしかないんだ。

でも恐らくこのやり方に異議を唱えるものはいないだろう、少なくともこの世界では。


「その順列?というのは何ですか?」


あ、この世界には順列が無いのか。ならその定義からレポートに書かなければならないと……

これめっちゃめんどくさいぞ。


案の定、そのレポート作成は一日では終わらず、1週間ほど毎日放課後生徒会室に通う羽目になった。


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