ただいま
周りから悲鳴が上がり、攻撃をした給仕はヨハンらによって取り押さえられた。
「……あれ?なにこれ」
確かに即死の魔法を直接食らったはずだったが、体のどこにも痛みはない。
レオンも無事だ。
顔を上げると、そこには大きな魔法陣が出来ていた。
誰がこんなに大きな魔法陣をあの短時間で展開したのだろうと思い周りを見渡すが、それらしき人は居ない。
光を感じて首元を見ると、お守りにと持っていた群青の花を使ったペンダントが光っていた。
アメリアとメアリが良かったと抱き着いてくる。
しばらくすると魔法陣は消え、光っていた群青の花はその美しい青さを失い、黒く濁ってしまっていた。1度だけあらゆる攻撃魔法から身を守ってくれる貴重な宝石。まさかほんとに使う場面が来るとは。
「エマ……良かった」
セドリックが泣きそうな顔で私の手をとり握りしめた。
せっかく綺麗なペンダントをくれたのに、濁らせてしまって申し訳ないと伝えると、エマが無事なら何でもいいと言われた。いや、それはそうなんだけど。私は赤くなる顔を止められなかった。
やっぱりアメリアと出会ってから完全恋愛モードでしょこれ。
「今日のパーティーはお開きだ!」
「各自部屋に戻ってください」
給仕の男を何処かに連行してから、実行委員のヨハンとノエルがパーティーの中止を宣言する。
私たちも指示に従い出て行こうとすると、何者かに肩を掴まれた。
「エマ・シャーロット。お前は俺と来い。話がある」
呼び止めてきたのはレオンだ。
まぁそうだよね。心配そうにしているメアリ達には大丈夫だと伝え、レオンの後をついて行った。
連れて来られたのは学校の中にある会議室だ。
アンティークのソファーやテーブルがおしゃれに配置されている。
「まずは礼を言う。おかげで命拾いした。……で。ここからは事情聴取だが」
「犯人は地下室に拘束してきたぞ」
「今のところ知らないの一点張り。困ったね」
ドンという音と共にヨハンとノエルが部屋に入ってきた。
先ほどの犯人を連行し終わったらしい。
心なしか私を見る二人の視線が鋭いように感じる。
「やめろお前ら。別に疑っているわけじゃない。ただ行動がどうも不自然だったからな。まるで何が起きるのか知ってたみたいだ」
3人の視線が私に集まる。
嘘をつくのは得策ではない。彼らはその気になれば自白させる術を持っているから、疑われたら聞かれたことには正直に答えた方がいいとエドガーにも言われていた。
まぁやましいことなんてないんだし。
「知ってました」
私がそう言うと、3人は大きく目を見開き、ヨハンとノエルは魔法の杖を構えた。
「それはお前も共犯と言う事か?」
レオンはあくまで冷静に話しかけてくる。
心臓の音がうるさいが、私も冷静に答えなくては。
「違います。先日、用事があって夜中に魔法薬学室に行ったとき、2人の男子生徒が人魚のうろこを使った魔法薬を生成しているのを見ました。暗かったので顔はわかりませんでしたが、その時パーティーで皇子を殺すと言っていました。やらないと自分たちがカルロス様に殺されると」
『カルロス様』その名前を出すと、彼らの目の色が変わった。
「ノエル、今の話に嘘は?」
「ないね。真実だ」
え?どうしてそんなことが分かるの?
「ノエルは魔力の動きで嘘をついているか分かるんだぜ」
ヨハンのセリフを聞いて、私がここまでやらなくても最初に報告すればそれで解決だったのではと思ってしまった。しかし本人が隠しているそうなので、エドガー達も知らなくて当然だし、そんな賭けには出られないのでこうなるほか無かったのだろうが。
「エマ、そいつらは確かにカルロス様と言ったのか?」
「え?あ、うん。それが誰か知ってるの?」
「カルロスと言えば、最近勢力を強めている反魔法派の過激派組織、ヴィムスのトップだ」
反魔法派?そう言えば前にどこかで聞いた気がする。
でも今回の犯人は魔法師だったよね?魔法薬学室で生成していた生徒だって当然魔法が使えるはず。魔法が使えない人ならわかるけど、どうして魔法が使える人まで?
「ヴィムスには魔力格差に苦しむ非魔法師だけでなく、魔法社会において落ちこぼれと蔑まれ苦しんでいる魔法師なども所属している。魔法さえなければ、世界は平等になるなんて馬鹿げたことをスローガンにして、魔法師を殺害したり最近じゃ魔法学校を襲撃したりもしてる」
ノエルのセリフに私は言葉を失った。
魔法が無ければ世界は平等?そんなことなら元の世界で戦争や貧富の差なんて起こってないっての。
「本当にカルロスなら、反魔法派の勢力がクリスタルカレッジ内部にまで及んでることになる。ヨハン、ノエルどんな手を使ってもいい。犯人から目的と共犯者、誰に指示されたのか聞きだせ」
「「御意」」
そう言って2人は会議室を出て行った。
すっごい、これがドラマとかでよく見る国の裏側か。こわ。
「どうして俺が狙われたか分かるか?」
疑いも晴れたし、さっさと研究室に戻って荷物を片付けようと思っていると、突然レオンが口を開いた。
「え?うーん、皇子だから、とか?」
反魔法派が何を考えて皇子を殺したいのかは分からないけど。
「弟がいるんだ。1年前に国外追放になった。王位はもちろん第一皇子の俺が継ぐことになってたが、アイツはそれが気に入らなかったらしい。ある時俺を殺そうと魔法で攻撃を仕掛けてきた。弟は俺に比べて魔力がかなり少なかったから俺は無事だったが、弟は暗殺未遂で国外追放になった。こんな不祥事を国民に知らせるわけにはいかないから、公には理由を伏せている。だがそれによって第二王子は魔力が弱いから追放されたと言い出す人間が出てきた」
うわぁ、すっごいドロドロ。
こんなこと現実にあるんだ。いや、ゲームか。
「それが今の反魔法派の勢いをつけるきっかけになった。だからこの国は反魔法派による事件が多い。俺本人が狙われたのは初めてだがな」
反魔法派。
これはきっと、今の世界ではどうすることも出来ない。
彼らは自分たちを社会の被害者だと思っているから、反魔法派がおこした事件を鎮圧しても魔法によって押さえつけられたと被害妄想を膨らませるに違いない。
「はぁ……なんで俺、皇子なんだろうな。お前みたいな平民ならもっと気楽だったのかもしれない……俺の人生は何のためにあるんだろうな」
黙って聞いている私に、レオンはハッとした表情で「悪い」とバツが悪そうに謝ってきた。
実の弟から命を狙われる人生なんて想像もできないけど、辛いのは間違いないだろう。
何のための人生……か。
悪気が無いのはわかっているから怒るつもりは無かったが、私は急に1つの言葉を思い出した。
「人生は経験を積むための旅なんだよ。解決するための問題ではないんだ」
私にもまだよくわからないけど。
「誰の言葉なんだ?」
「黄色いくまさん」
「ハハッ、なんだよそれ」
いやいやホントだって。
元の世界で大人気の有名人だよ。私も好きでよく本読んでたし。
「悪いな引き留めて。もういいぞ」
「うん。おやすみなさい」
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翌日の朝。私たちはウィンチェスターアカデミーに戻るため馬車を待っていた。
「元気でな」
「俺に惚れたなら自分を磨く努力を怠るなよ?エマ」
だからちげーよ、と思うがこの1ヶ月で培ったスルースキルを発揮する。
「エマ、研究の進捗は随時報告するわね……次は論文コンテストで」
「うん」
周りに聞こえない程度の声量で返事をした。
玄関口にはノエルやヨハン、アメリアと言った人たちが見送りに来てくれていた。
研究室内の荷物などは既に魔法で送っているため、私たちは手ぶらで馬車に乗り込むだけだ。
馬車が到着すると、先に別れの挨拶を終えたセドリックとメアリが乗り込んだ。
私も馬車に足をかけたとき、名前を呼ばれ引き留められる。
振り向くとレオンが珍しく真面目な顔をして立っている。
「エマ・シャーロット。この礼はいつか必ず」
彼はそのまま優雅に深いスクレープをする。
漆黒の髪は風で優雅に靡き、その美しさを一層引き立てている。
「こちらこそ留学の機会を与えてくださり感謝しております。また会える日を心待ちにしておりますわ」
私はすぐさま地面に戻り、挨拶と共にカーテシーを行った。
「まさかあのレオン皇子がスクレープをするなんて」
「何かあったの?礼って言ってたけど」
馬車が進みだすと、メアリやセドリックに色々聞かれたが私は内緒と言って微笑んだ。
そのうち2人が聞いてくることもなくなり、気が付けばウィンチェスターアカデミーに到着していた。
久しぶりに見る校舎はたったの1ヶ月なのに、なんだか懐かしい気がする。
「ただいま。ウィンチェスターアカデミー」




