発表……?
あれから目まぐるしく日々はすぎ、今日はいよいよ交換留学最終日だ。
1ヶ月という長いようで短い期間。あれこれ感傷に浸る暇もないほど忙しかったし、今日はもっと忙しい。
朝早くから発表準備と最終確認。
私はメアリの後に発表するため、データなどはまだ取り込めないが動作の確認などはメアリと一緒に行う。流石のメアリは特に緊張する様子もなく毅然としていた。
会場は全校生徒がしっかり入る講堂。
このど真ん中で発表するんだ。なんかお腹痛くなってきた。
大学の時もゼミで自分の研究発表をしたりすることはあったけど、こんなに大きな会場で発表したことなんて1度もない。
質問されずに無言の時間が流れたらどうしよう。
というかこっちにそういう文化あるのかな?
つまらない発表、聞く価値のない発表をした場合、質疑応答の時間に誰も質問を投げかけない。そして流れる無言のいたたまれない空気を持って、自分の勉強不足を知りなさいと言う地獄の文化。
私はまだないけど、それを食らった友達は学会がトラウマになっていた。
一応この世界における魔法の3大難問についての話だし、価値が無いことは無いと思うけど、正直上手く説明できる自信はない。もちろん練習や準備はしてきたが、自分が使えるのと他人に説明できるのは全くの別問題だ。
私はあれやこれやと最悪の事態を想定してしまって、朝食が全く喉を通らなかった。
メアリやアメリアに緊張しすぎだと笑われたが、緊張するに決まっている。
「エマなら大丈夫だよ」
「失敗したら、聞いてた生徒の記憶消してやるよ」
セドリックとレオンが励ましてくれる。セドリックはともかくレオンが気遣ってくれるなんて珍しい。まぁ私の緊張は半分あなたが原因ですけどね。
発表が終わっても気は抜けない。むしろそこからが本番だ。
けれどそんなことを考えると、余計にしんどくなるので今は目の前のことだけに集中する。
朝食を食べ終わって少しすると、すぐにメアリの発表が始まった。
私は舞台袖でその様子を見守る。
テーマはレピュタスの性質と医学的応用の可能性について。
難しそうなテーマだが、要するにレピュタスの魔力を吸収したり放出したりする性質を利用して、魔力を使いすぎたときに起こる魔力欠乏症を直せないかというものだ。
魔力の吸収は月光からだが、放出された魔力はただの魔力なので、例えば体内で放出させれば自分の体にその魔力を吸収することが出来る。
「魔力欠乏症とはその名の通り体内の魔力が著しく低下してしまう病気の事です。多少の使い過ぎの場合安静にしておけば問題ありませんが、ストレス・怪我など様々な原因によって悪化したり取り返しのつかないほど大量に消費しまうと完治は難しいです。私たち魔法師にとって魔力は血液と一緒。ある程度存在していないと命に関わります。そこでこのレピュタスの性質を……」
流石メアリ。難しいテーマだということを感じさせない説明。スクリーンに表や要点をまとめることで聞いている側も理解しやすいし、可能なところは実際に再現して見せている。
最初こそめんどくさそうな顔で出席している生徒もいたが、今ではすっかりメアリの発表に夢中になっている。
そう言えば、この制服を着るのも最後か。
かっちりとしたこの制服も、最後だと思うとなんだか名残惜しい。
「以上でレピュタスの性質と医学的応用の可能性についての発表を終了します。ご清聴ありがとうございました」
会場に大きな拍手が響き渡る。
メアリの清々しい表情を微笑ましく思うと同時に、胸の鼓動が速くなるのを感じた。
『30分の休憩後、次の発表を行います』
そのアナウンスと共に、生徒たちは立ち上がり各々休憩を取り始める。
「お疲れ様ですメアリ先輩。素晴らしい発表でした」
「ありがとエマ。準備手伝うよ」
発表後のメアリに声を掛けると、私のことを気遣ってくれたのか発表の余韻に浸る間もなく私の準備を手伝ってくれた。
2人で準備をするとあっという間で10分前にはすべての準備が完了した。
『只今より、2人目の交換留学生による発表を始めます』
そのアナウンスと同時に騒がしかった講堂が一気に静まり返る。
「初めまして。ウィンチェスターアカデミー1年のエマ・シャーロットです」
私は震える声を必死に隠しながらマイクに向かって声を出す。
まばらな拍手と共に、私はスクリーンに用意した画面を映し出す。
「私の発表テーマは現代魔法における3大難問のうちの1つ、分身魔法についてです。この映像を見てください。これは今年の魔法競技大会の新人戦フラッグサバイバルの映像です」
画面には私が分身し、旗を取る場面の映像が流れている。
「まず初めに、これは正確には分身魔法ではなく召喚魔法です」
私がそう言った瞬間、会場がざわつきだす。
「皆さんはパラレルワールドってご存じですか?」
ある世界から無数に枝分かれして存在する別の世界。
並行世界や並行時空なんて呼ばれたりもする。パラレルワールドは所謂異世界とは違って、私たちが今いる世界と同じ時空、同じ次元を持っている。つまり、ほとんど一緒だけどちょっとだけ違う世界。
「分身魔法はこのパラレルワールドの考え方を基本にしています」
正直私はパラレルワールドなんて信じてなかった。
けれど、私は間違いなく異世界から来たわけだし、異世界があるならパラレルワールドもあるのではないかという軽い気持ちで研究し始めたのがきっかけだ。
「出来るだけ自分に近いパラレルワールドの自分を召喚しているんです」
分身魔法は言ってしまえば自己複製。そんなことをしようとすれば莫大な魔力が必要だし、持続させるなんてまず不可能。だから3大難問とされていた。
けれど、召喚となると話は別だ。もちろん難しいことに変わりはないけれど、不可能ではない。
「例えば私が右に歩いたとしたら、そこには左に歩いた自分や静止したままの自分がいる世界がどこかにあります。もちろんパラレルワールドの中にはウィンチェスターアカデミーに通っていない自分など今の私からかけ離れた自分も存在します。しかし、それらは分身と言うには自分とかけ離れすぎていて扱いが難しいため、最初にあげたような今の自分に近い自分を召喚しているんです」
それから私は、この研究が完成に至るまでの経緯や分身数を増やしたり分身時間を増やしたりする場合についても説明した。皆思いのほか食いついてくれて、たくさん質問をしてきた。幸い私では分からないような専門的な質問は来なかったので、説明と共に発表内容の補足をした。
気が付けば発表終了予定時刻を過ぎていて、私は最後の質問に答えた後締めの挨拶をする。
「時間となりましたので私の発表はここまでとさせていただきます。魔法式などはまだ非公開になっていますので悪しからず。ご清聴ありがとうございました」
最後に4人に分身してお辞儀をすると、会場からは割れんばかりの拍手が沸き起こった。
私はその熱を背中で感じながら舞台袖に歩いていく。
メアリは発表が上手くいったことにとても喜んでくれたが、私はそれどころではなかった。
本番はここからなのだから。
パーティーは夕方からなので、私はその前に休憩すると言って久しぶりの自室に戻った。




