アリエス……?
植物園に着くと、向かったのは温帯ゾーン。
「あった」
おそらく開花直前の透明なつぼみ。レピュタスとよく似たアリエスという花。最初にメアリに呼ばれた時に見せてもらった花だ。レピュタスとほとんど同じ周期で咲く花で、月下ではなく太陽のもとで咲くらしい。
レピュタスと対になる花。
私は開花直前のアリエスを何本か花壇から抜いて、その中の花粉を採取した。
自分の研究室に戻ると、メアリに教えてもらった手順と同じ方法で花粉に含まれる魔力量を測定する。
その結果を待っている間、顕微鏡のような装置を使って花粉を透明な容器に入れ観察した。
やっぱりある。
レピュタスの中にあったものと同じくらいのサイズのオレンジの鉱石だ。
圧縮魔法をかけてみるが形は変わらない。
太陽の下で咲くということはやはり月光を当てると開花が遅れるのだろうか。
しかし、月光の方が太陽より当たっている時間が短いはずなので同じ周期で咲くというのはどうも納得いかない。
私はここに来る途中に持ってきたアリエスの種を試験用の花壇に入れた。
室温湿度、与える水の量は全て同じにして、1つ目は1日中太陽の光に当てる。2つ目は太陽と月光を植物園と同じように当てる。そして3つ目には太陽を一定時間のみ当てて、それ以外の時間には光を当てない。
全て魔法で管理するため若干私への負担が大きいが、仕方ない。
人より多い魔力量はこのためにあるんだと自分に言い聞かせて花壇にそれぞれ魔法をかけた。
発表するには不十分だが、自分用の実験ならこれで十分だろう。
一息ついて時計を見ると、時刻は既に夜を示していた。
集中していたせいで全く気が付かなかったが、相当時間が立っていたらしい。
夕食を取り損ねたと思いつつ、エイドたちとの通話の約束の時刻を過ぎていたので、慌ててテレビ通話を繋いだ。
「あれ、遅かったねエマ氏。何かあった?」
「すみません。メアリ先輩からアドバイスをもらって夢中になってしまって」
「もしかしてエネルギー源確保できそうな感じ?」
「まだわかりませんけど……上手くいけば」
「なんの話です?」
「今研究中の乗り物の話。エドガー氏にも手伝ってもらってるでしょ?僕は外装に使う素材、エマ氏はエネルギー源の確保を目標に今は研究してる」
「あぁ、エマさんは違うことをやってたんですね」
とりあえず2人には軽く現状の報告をする。
一通り話し終わると、エイドたちは研究の方は特に進展なしと言って、昨日の件について話し始めた。
「まず毒についてですが、人魚のうろこは体内へ摂取することで効果を表します。気化させたり体に浴びせたりしても効果はありません。つまり、パーティーでは口にするものに混ぜる以外の方法はまずないと考えてよいでしょう」
「じゃあレオンに何も食べさせなければ……」
「それは無理ですね。乾杯のドリンクは必ず飲みますし、こちらの事情を下手に話すわけにもいかない以上食べるなとも言えません」
でもそれじゃレオンがただ殺されるのを見殺しにすることになる。
「エマ氏がずっとレオン皇子にくっついていればいい。仲いいんでしょ?相手が無差別殺人を望んでいなければ、彼だけが口にするように仕向けるはず。絶対に隙が出来る。そこを防げば一件落着」
いやいや、そんなに簡単に行くものなの?
第一そこまで仲良しってわけでも無いんだよね。
「確かに立食パーティーなら置いてある食べ物や飲み物は誰がどのタイミングで取るか分からない。レオン皇子を殺すのに、先に他の人を殺してしまっては当然パーティーは中止。計画も失敗。絶対に彼だけが口にする必要がある」
「でもそれって一緒にいたからって防げるものなんでしょうか?」
「無理でしょ」
やっぱそうじゃん。
近くにいたからって本当にそれに毒が入ってるかなんて分からない。不審な言動をすればこっちが逆に疑われかねないし。
「普通は、です。明後日頼まれていた夜会用のドレスと一緒に分からないようにしてあるものを送ります。上手く使ってくださいね」
え、それってどういう……
聞こうとした瞬間に「ではおやすみなさい」と通話が切断された。
というか夜会用のドレスは必需品と言って学校側に頼んだはずなんだけど。どうしてエドガーが?
分からないことをあれこれ考えても仕方ないので私は考えることを辞め、ソファーに身を任せた。
朝起きると、いつものように支度をしながら昨日の実験の様子を観察する。
「嘘でしょ?」
太陽に当て続けた種は、1日しかたっていないというのに既に芽吹いていた。アリエスはつぼみになってからが長いと言うが、他の2つは当然まだ芽吹いていない。いくら何でも早すぎない?
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午後に入りいつものようにレッスンをするが、どうしても集中できない。そろそろ発表の準備も大詰めで何かと立て込んでいるので、レッスンの時間は3分の1程度。短い分集中しなければならないのにそう上手くはいかない。
だって目の前のレオンを見れば人魚のうろこのこと、指示を出してくるアメリアを見ればゲームのシナリオのこと。横に座ってパソコンで作業をしているメアリを見ればアリエスのことを思い出し、頭がいっぱいになるんだから。
これはもはや不可抗力だと思う。最近の私の悩みを思い出すものしかこの空間には無い。
ボールルームのどこを見渡しても思い出してしまう。
そう言えばエドガーの言ってたあるものってなんだっけ?
アリエスの種たちどうなったかな?と言うかアリエスの開花予定日今日だったよね?レッスン終わったらすぐに行かなきゃ。
アメリアは攻略対象たちとは出来るだけ自然に会いたいと言っていたけど、私も多少は手を回した方がいいよね?
あーダメだ!
考えていないつもりでも、気が付いたら何か考えてる。
何処か上の空の私を見かねて、アメリアが「今日のレッスンはここまでにしましょ」と声を掛けた。
本音を言うと本番まで日が無いのでもっと詰めておきたかったが、集中できないままやっていても意味が無いのはわかっていたので、素直に従い皆にお礼を言ってからいつものティータイムは断ってボールルームを後にした。
制服に着替えた後、色々ぐるぐると考えながら植物園に行った。
温帯エリアには一面にアリエスが植えられている。
開花予定はおよそ30分後。特にすることもないので、私はその様子をぼんやり眺めていた。
15分後。
開花予定の時刻よりは少し早いが、アリエスのつぼみが膨らみオレンジに光り始めた。
詳しいメカニズムは分からないが、植えてあるすべての花が同じタイミングで光り始める。
限界まで膨らんだ後は、小さく破裂するように開花するはず。
何故か若干の緊張を抱きながら、誰もいない植物園でその様子を見守る。
折角だから、発表準備で忙しいと言うメアリも引っ張ってくれば良かった。
以前の彼女なら間違いなく参加していただろうが、レピュタスの件で開花は珍しくないと確信したのか、私はいいと断られてしまった。
刹那、一斉にアリエスが開花し、宙にオレンジの粉が舞う。
私はそれを杖を振って魔法で落ちないうちにかき集める。
「もったいないな。こんなに綺麗なのに」
その瞬間。何故か私はアリエスがこの研究を成功させてくれると確信した。




