相談……?
「危なかった……」
私はあの時咄嗟に認識阻害魔法を自分にかけて魔法薬学室を出て行った。
ドアを開けたりしたから誰かいたのはわかっただろうけど、それが私だとは気づかないはず。
研究室まで走って戻ると私はかけていた認識阻害魔法を解いた。
これ、どうすればいいんだろう。
2人の顔は暗くて見えなかった。そもそも名前ずら知らないし、未遂の段階でレオンに伝えても犯人は見つからない。見つかってもその2人がしらばっくれればそれまでだ。
決行は多分パーティーでだよね。解毒薬でも作っとく?
うーん。
「とりあえず、寝よ」
材料を取りに行けなかったので、私はとりあえず研究室のソファーに横になり目を閉じた。
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「エマ氏。錬金術の事なんだけど、とりあえずエドガー氏に頼んでみた」
「お久しぶりですエマさん。クリスタルカレッジはどうですか?」
次の日の夜。エイドにいつものようにテレビ通話をかけると意外な人物が一緒に映っていた。
「エドガー先輩。お久しぶりです。言われた時は驚きましたけど、なんだかんだ上手くやっていますよ」
「そうですか。それは良かった」
「セドリック氏もそっち行ったんでしょ?」
エイドがそう言うと、エドガーは思い出したくないことを思い出したかのように頭を抱えため息をついた。きっとセドリックがクリスタルカレッジに向かうときに何かあったのだろう。
ご愁傷さまですと思いながら心の中で手を合わせる。
「エドガー氏に相談したら、車体の素材づくりは何とかなりそうだって」
「ほんとですか?それは良かったです」
「まぁ作ってからも大変だけどね……」
エイドの言葉にあははと苦笑いをしながらそうですねと答えた。
そう言えばエドガーは魔法薬学の学年トップだったことを思い出す。
折角なので聞いておこう。何か役に立つこと聞けるかもしれないし。
「あの、エドガー先輩に聞きたいことがあったんですけど……」
「貴方が私に尋ねるなんて珍しいですね。何でしょうか?」
「人魚のうろこを使った魔法薬についてです」
私がそう言った瞬間、にこやかだったエドガーとエイドの表情が固まった。
無音になり、何とも言えない空気が流れる。
「すみません。良く聞こえなくて。もう1度お願いできますか?」
「人魚のうろこを材料に使った魔法薬についてです」
「エマさん。それは魔法薬とは呼びません。毒薬です。貴方も知っているはずだ」
人魚のうろこを使用すれば、どんな魔法薬も一気にその効果を失い猛毒を持った毒薬へと変化する。
そんなことは知っている。
「解毒する方法は無いんですか?」
「もちろんありますが……貴方まさか、誰かに毒を盛るつもりですか?」
「エマ氏。知ってると思うけど、それは殺人だよ?」
2人は鋭い目で画面越しの私を見つめる。
協力してもらうには事情を話すしかない。私1人で抱えるには荷が重すぎるし、2人になら相談しても大丈夫かな?
「誰にも言わないでください」
そう言うと、2人は黙ったままこちらを見つめている。
私は無言を肯定と受け取り話を進めた。
「昨日の夜中に私は錬金術に使う材料を取りに行くため魔法薬学室に向かいました。その時明かりは無かったけど、いつも授業の時以外は閉まっているはずのドアが開いていたんです。私はおかしいと思って、念のため無音魔法をかけてドアを開けました。それで……」
奥に進んでいく途中に男子生徒2名が何かの魔法薬を調合していた。
その時に人魚のうろこを入れているのを見て、驚いて無音魔法を解いたまま棚にぶつかり近づいてきたところを自分に認識阻害魔法をかけて逃げたことを話した。
「仮にも夜中に女性が1人で出歩いていたと。色々言いたいことはありますが、ひとまず彼らに貴方がいたことはバレていないんですね?」
「はい。すぐに認識阻害魔法をかけたので誰かいたことはバレていたかもしれませんが、それが私だということは分からなかったはずです」
「エマ氏、犯人の顔見た?あと魔法薬作るときに何に使うかとかはしゃべってた?」
「顔は、暗かったので見えませんでした。彼らは、パーティーで第一皇子を殺すと。失敗すれば自分たちがカルロス様に殺されると言っていました」
その瞬間私たちの間には沈黙が走った。
エドガーがゴクンと唾を呑み込んだ音が聞こえる。
「パーティーで第一皇子を殺す……直近のパーティーとなると、交換留学生たちのためのパーティーでしょうか。第一皇子というのは十中八九レオン皇子の事でしょう」
「いやいやマズいでしょ。王族暗殺事件がクリスタルカレッジで起きるって?自国の出身の生徒ならともかく、他国出身だったら国際問題ですぞ?ほんとに戦争レベルの」
そう。相手は私のような平民ではなく大国の第一皇子。
命に重さをつけるようなことはしたくないが、やはり彼相手となると未遂であっても極刑は免れないだろう。
「カルロスという人物も聞いたことが無いですね」
「少なくとも有名な貴族の中にはいないね」
「僕の会社の取引先にも居ませんね。最も、それが本名かは分かりませんが」
私が知らないだけかと思ったが、やはり彼らも知らないらしい。
でも「カルロス様」と呼ばれる以上はそれなりに地位がある人物なのではないだろうか。
「これだけ情報が少ないと犯行前に捕まえるのは難しいかもね」
「解毒薬は作れないんでしょうか?」
「無理ですね。人魚のうろこをそのまま液体にしたのならともかく、魔法薬学室にいたということは他にも何かと混ぜて調合しているはず。人魚のうろこはどんな魔法薬に入れても猛毒になりますが、混ぜる材料によって毒性が異なります。全てのパターンの解毒薬を作るのは不可能です」
それは確かにそうだ。
パーティーまで残りおよそ1週間。その間に何百何千の解毒薬を作るのは不可能。
「それにそんなに都合よく解毒薬なんか持ってたら、エマ氏が疑われるよ」
「え!?」
「立食パーティーでは誰でも毒を仕込むことが可能。ただでさえ難航する犯人探しに運よく解毒薬を持っている人間なんていたら真っ先に疑われます。恩を売っておくための自作自演だと」
私そんな悪趣味な事しません!
っと思ってもあっちから見れば不審なのは間違いない。
「犯人がウチの国の人間でないことを祈るわ」
「アスカニア王国出身の生徒は意外に多いですからね」
クリスタルカレッジはアスカニア国民ばかりのウィンチェスターとは違い、世界各国から生徒が集まって来る。学校側も積極的に受け入れているため、全校生徒の約3割は他国出身の生徒だ。
「とにかくこの件は絶対に外に漏らさないように。最悪の場合僕たちが犯人に仕立て上げられて仲良く極刑です」
「カルロスって人については僕たちが調べるからエマ氏は絶対に校内で調べたりしないように」
2人の言葉に頷くと、私は挨拶をして通話を切る。
王族の暗殺阻止って。流石に胃が痛い。
見て見ぬふりをするのは目覚めが悪いし、なんだかんだレオンには良くしてもらったから私に出来ることはしようと思う。
私が犯人に疑われて殺されるのだけは勘弁で。
そう思いながら今日も研究室のソファーに横になる。
最後にちゃんと部屋のベットで寝たのっていつだっけ?
休みになっても家に帰らず研究室に籠るエイドの気持ちが少しわかったような気がした。




