嘘でしょ……?
「私の仮説は、レピュタスに含まれる花粉に魔力を吸収する力があるんじゃないかってこと。花びらがつぼみの時透明なのは、花弁越しでも月の光を吸収するため。そして花粉で必要な魔力を溜めて、開花のタイミングで一気に放出することで花を開花させる」
図書室の禁書の棚にて。
いつもは各自好きな本を読む時間だが、今日は昨日のメアリの仮説について話を聞いていた。
「あの後調べてみたら、開花前のレピュタスの花粉と開花後のレピュタスの花粉に含まれる魔力量を比べたら、開花後は開花前に比べて大幅に魔力量が減少していた」
詳しい解析の結果が出次第、レピュタスではなく花粉そのものを調べてどんなメカニズムになっているのか研究する予定だという。
「どこまで出来るかわかんないけど、出来たところまでは発表しないとね」
私もそろそろ準備をしておかないとマズい。
講堂で発表するから資料なりパワポ的なのも用意しないとだめだよなぁ。
まだ完璧ではない以上毎日のレッスンを辞めるのは無理だし。
ちなみにセドリックは同じ交換留学生という扱いではあるものの期間がかなり短いので発表はしないらしい。代わりに授業はクリスタルカレッジの生徒と同じように受けることが条件なので、おそらく今は他の生徒と一緒に授業を受けているだろう。
「メアリさん。結果出ました」
アメリアがドアを開けて入ってきた。
メアリは魔法解析学の得意なアメリアに昨日の開花の解析を依頼していたらしい。
「やっぱりメアリさんの言っていたように開花と共に魔力が流れ出てますね。魔法というより本当に魔力だけが。あと気になったのがここの……」
私には全く読み取れない高度な技術に驚いていると、メアリは感心したように言った。
「流石、道理で魔法競技大会新人戦クリスタルカレッジの生徒が手強かったわけだ」
「……え?」
「エマ知らないの?今年の新人戦の作戦や使用魔法を考えたのはアメリアだったって」
え!?じゃあ会場にも来てたってこと?
「どうしても試合に出たくないって言ったら頼まれたの。魔法解析なら得意だし、当日は会場に行かなくてもいいって言うから引き受けたわ」
あぁ、来てなかったんだ。
試合に出たくない理由も会場に来たくなかった理由もわかるけどね。
でもこれでクリスタルカレッジが生徒のレベルは変わらないはずなのに異常に強かった謎が解けた。
その後はいつも通りランチを食べレッスンをする。
夕食が終わると私は研究室に行ってエイドにテレビ通話をかける。
最近は夜中まで通話してその後エイドの研究の手伝いのための錬金術をすることが多いので、自室に戻らず研究室で夜を明かすことも多い。
通話をかけてからわずかワンコールでエイドが応答した。
私は報告の前に研究発表で分身魔法について発表してもいいか尋ねた。
「全然いいよってかむしろやって欲しい。現段階ではエマ氏じゃないと使えないしね」
断られると思っていたが、あっさり許可が下りたのでなんだか拍子抜けしてしまった。
それどころが研究の時に使用していたデータや資料を送ってくれると言ってくれたのでありがたくそれを受け取る。エイドは私が断ったとはいえ連名にしなかったのをまだ気にしているらしい。
私が面倒がって断ったんだから、全然気にする必要なんてないのに。
「そう言えばエネルギー源の確保についてなんですけど」
「何々、なんかアイデア見つかった!?」
「アイデアと言えるほどのものではないんですけど、メアリ先輩の研究テーマであるレピュタスという花に含まれる花粉が魔力を吸収したり放出したりする機能があるそうなんです。まだ詳しくはわかっていないんですけど、これを応用すればずっと魔力を流し続ける必要がなくなるんじゃないかと思って」
「なるほど。確かにそれは使えるかもね」
魔力を溜めたり放出したりできれば、乾電池やバッテリーのような役割が果たせるんじゃないかと思った。問題は車を動かすだけの魔力を溜めたり放出したりできるかってことだけど。
「メアリ先輩の研究結果を共有してもらって、メカニズムが分かればそれを応用する方法を考えます。1番現実的なのはその仕組みを組み込んだ鉱石を錬金術で作ることですかね」
車に搭載するということはそれなりの大きさや耐久性が必要となるため、それに優れた鉱石を利用するのが1番いい。錬金術ならその仕組みを組み込んだ材料や生成法を工夫することで理論上実現は可能なはずだ。
「エイド先輩の方は進捗どうですか?」
「金属の生成は錬金術なら余裕だと思ったんだけど……軽い金属や丈夫な金属は出来ても両方を持った金属がなかなか出来ないんだよね」
当然と言えば当然だろう。
軽い金属というのは言ってしまえば密度が小さいという事。衝撃や熱、サビにはどうしても弱いものが多い。もちろん逆も然りなので難易度が高いのは言うまでもない。
最初は合金を利用しようと考えていたが、思っていたよりも電気の再現の壁は厚く、とりあえず普及させることは置いておいて、値段に関係なく完成させることにフォーカスし研究をすることになったので1番簡単に実現できそうな錬金術を選んだ。そもそも私もエイドも錬金術に関してはそこまで詳しいわけでも何でもない。
エイドは授業で習ってはいるがそれだけだし、私は座学はやっていたものの実際の錬成は夏休みに少しダミアン先生に教わっただけで、あとは独学だ。そんな2人だけで上手くいかないというのは当然と言えば当然だった。
「先生か、錬金術が得意な人に協力してもらった方がいいかもな」
「確かにそっちの方がいいかもしれませんね」
「ちょっと色々聞いてみるよ。じゃあまた明日」
「はい。おやすみなさい」
通話が切れるとふぅ、と息をはく。
普段ならこの後錬金術をするのだが、レピュタスについてまだ詳しいことが分かっていない以上やることが無い。かといって眠いわけでも無いので趣味で作りたいと思っていた鉱石の錬成をすることにした。
「あ、天使の涙が切れてる」
付箋を貼っておいた分厚い本を開く。
せっかく練成しようと思ったのに生憎材料を使い切ってしまっていた。
別のものを錬成してもいいが、研究関係なしに錬成出来ることなんてまたしばらくないかもしれないので、私は研究室を出て天使の涙を取りに行く。
天使の涙は、確か魔法薬学室に保管されていたはず。
研究室からはかなり遠いが仕方ない。
私は上着と念のため魔法の杖だけ持って研究室を出た。
「うわ、暗。まぁ当然だけど」
明かりがつけられていない真夜中の道は驚くほど暗いし静かだ。
私は杖で明かりをつけて早歩きで魔法薬学室を目指す。
15分ほど歩くと魔法薬学室が見えてくる。
校舎の中にある施設ではないため材料を取りに行く以外で来たことはない。
錬金術に必要な材料を提供してもらうために受け取っていた鍵を片手に入り口のドアに近づいた。
「あれ?開いてる?」
夜間はおろか授業が無い時間は施錠されているはずのドアが開いている。
不審に思い、私は無音魔法をかけて音を出さないようにしながら魔法薬学室の中へ入った。
奥の材料準備室に向かおうと周りを警戒しながら進むと、誰かの声が聞こえた。
「これでいいのか?」
「いや、これじゃ毒性が弱すぎる。相手はあの第一皇子だぞ?」
私は咄嗟に近くにあった棚に身を隠す。
毒?第一皇子ってレオンの事?
見ると、2人の男子生徒が何かの魔法薬を調合していた。
え、待って、今入れようとしてるのって人魚のうろこじゃない?
人魚のうろこは錬金術においてよく使われる材料だ。
しかし、魔法薬学において用いられることはほとんどない。
なぜなら体内に入るととても危険な毒になるから。基本的に人や生物に使う魔法薬を作り出すことの多い魔法薬学でそんなのを使うなんて、誰かを殺そうとしているとしか思えない。
「人魚のうろこは流石にやりすぎじゃないか?」
「殺さなきゃ意味ないだろ。人魚のうろこは食べ物に使用しても全くの無味無臭だ」
「パーティーの食事に混ぜてもバレない……」
「そうだ。やらなきゃ俺たちがカルロス様に殺される」
彼らは新しい鎌に人魚のうろこを入れていた。
パーティー?交換留学最終日の?
カルロス様って誰よ。なんでそんなこと……
ガンッ
驚いて棚にぶつかってしまった。
かけていた無音魔法もいつの間にか解けてしまっていたらしい。
「誰だ!」
「誰かいるのか!?」
そう言って彼らは音がしたこちらへ向かってくる。
ヤバい、どうしよ……!




