レピュタス……?
植物園に足を踏み入れると、そこには見たこともないような光景が広がっていた。
真っ暗な植物園の中に、大きなガラス張りの壁から優しい月の光が差し込んでいる。
夜に植物園に来たことは無かったけど、幻想的でとても美しい。
「遅い!もうつぼみが膨らみ始めてるのに」
遅れてやってきた私たちに、メアリは遅いと指摘する。
レピュタスの植えられている寒帯エリアは年中通して寒い。持ってきた上着を羽織り、用意されていた毛布を受け取る。
既にセドリックは来ていて、寒そうに毛布にくるまっていた。
「へぇ。これが10年に1度しか咲かない花、ね」
「綺麗なんだろうな。まぁ俺には敵わないだろうけど!」
「あまり詳しいことが分かっていないミステリアスな花だ。今後の研究次第では……十分、金になる」
聞き覚えのある声に振り向くと、レオンとヨハン、ノエルが後ろに立っていた。
レオンはともかくヨハンとノエルに会うのは久しぶりだ。パワーサープレッションの時に見かけたのが最後だろうか。レオン曰く2人共パーティーの実行委員で忙しいらしい。
「よぉエマ。顔が赤いぞ?俺に惚れたか?」
惚れてねぇよ。寒さで赤くなってるだけだわ。
と言い返したいが、そこはグッと呑み込んであははと笑顔で流す。
この兄弟に何を言っても無駄。適当に流しておくに限る。
これは私の少ない経験値と勘から導き出された最適解だ。
「そう言えば、ウィンチェスターの校内でカフェのバイトをしているらしいな。メニュー考案も君がしていると聞いた。噂によると大盛況だとか」
「……?えぇ、まぁありがたいことに」
「この間学会で発表されたエドガーの数学の論文と金を溶かす魔法を使わないレシピに関する論文。どちらも君が連名で記されている。それに加えて魔法競技大会で使用した2つの新しい魔法は特許を取得。考案者の欄にはエイド・ボイスの名が記されていたが、ああいう類の魔法は使用者にもかなりの技術と理解が必要だ。君も開発に加わっていたんだろう?一部では既に君の名前が囁かれ始めてる。レオンが欲しいというのも頷けるな」
鋭い目で品定めするように見つめられると、どうしても体がこわばってしまう。
こういうのってなんて返せばいいんだろう。
ノエルはずっと見つめてくるし。
「エマは努力家なんだ。もちろん才能も持ち合わせているけどね」
黙って聞いていたセドリックが明るい声で口を開いた。
しかし、すぐにそのほほえみは消え無表情になる。
「レオンやノエルの気持ちはわかる。だけど、エマはウィンチェスターの生徒だ。君たちには渡さない」
そのまま手を引かれ、セドリックに抱きしめられるような形になる。
やってることはすごくカッコいいけれど、私は全く嬉しくなかったし、むしろ怖かった。
この光景、見覚えがある。セドリックルートの最初のスチルだ。
シチュエーションは全く違うが、やってることはほぼ一緒。
攻略対象の中でも、セドリックは1番関わりがあった。
でも今までは、ちょっとやそっとの関わりでイベントが進むことなんてなかったのに。
どうしてこんなあっさりと、なんて原因を考える必要なんてない。
だって、そんなの明らかじゃない。
ヒロインと攻略対象、そして悪役令嬢という最低限物語を進めるための役者が揃ってしまった。
アメリアの方を見ると、彼女は顔を真っ青にしている。
けれど、ここでされるがままになっていてはヒロインの行動と同じだ。
どんどん物語を進めてしまいかねない。
じゃあ私が今取るべき行動は。
「クリスタルカレッジに転校はしません。パワーサープレッションで決めたし」
私はセドリックの手を優しく払って離れ、アメリアの近くに立つ。
「あ、そろそろ予定時間だ」
メアリが時計を見ながら言った。
花壇の方へ目を向けると、一面に植えられたレピュタスのつぼみが心なしか膨らんでいる。
「つぼみに魔力が集中してるな」
魔力の流れを見ることが出来るノエルがそう言った。
通常魔法の薬草や植物は根から花びらまで、ほぼ一定の魔力が流れている。つぼみに集中しているということは、もうすぐ咲くということなのだろうか。
ここにいる全員が、見た事のない光景に釘付けになっている。
しばらく沈黙が流れたが、特につぼみに変わった様子はない。開花はまだ先と感じたアメリアが、紅茶を淹れようとした時だった。
「うわぁ!」
「眩しい!」
一面に植えられたレピュタスが、一気に光り出した。
「月の光から魔力を吸収してるのか……」
ノエルが眩しそうにレピュタスを見つめる。
同時にレオンとセドリックは魔法の杖をひと振りして、私たちの周りに遮光魔法をかける。
「目が潰れるかと思ったぜ……」
ヨハンが安堵の声を漏らした。
私もようやく視界が開けてレピュタスの方を見た。
つぼみが大きく膨らんで青色に光っている。
刹那、レピュタスはつぼみの中の光を放出するように一斉に開花した。
「開花と共に魔力を放出している……」
「……綺麗」
魔力の流れを見る事のできるノエルでさえも、そのメカニズムまでは分からないらしい。どういう仕組みなんだと首を傾げている。
私やアメリアはその美しさに魅了されていたが、メアリは興奮しながらガリガリとレポート用の用紙に観察記録を書いている。
「ヤバい、私の仮説実証されたんじゃない!?」
これなら発表に間に合う!と叫びながらひたすら観察を続ける様は側から見ると少し怖い。
開花に備えて魔力を吸収し、魔力を放出することで開花する。この仕組みがわかればエイドとの研究に活かせるのではないだろうか。
「メアリ先輩、仮説ってこの開花の仕組みについてですか?」
「え、なになに興味あるの?」
「はい、良ければ是非教えて下さい」
これは明日にでもエイドに報告しないと。
「じゃあ俺たちは帰るか」
「そうだなヨハン。明日も授業だし」
ヨハンの言葉と共に皆ぞろぞろと植物園から出て行こうとした。
「そう言えばエマ。お前は何の発表をするんだ?」
レオンの言葉の意味が分からず私は首を傾げた。
「交換留学生は留学の最終日に自分の研究内容について発表するんだよ。全校生徒の前でな」
ノエルが言った言葉の意味が分からず私は思わず聞き返した。
発表?なにそれ。発表出来ることなんかないんですけど。
ていうかレオンのせいでいきなり留学することになったんだから、発表は免除するなり何なりしてよ。
「発表できることなんてないんですが……」
私がどうしようもないという表情をすると、彼らは不思議そうに首を傾げた。
え?メアリやセドリックまで?
「分身魔法の発表すりゃいいだろ」
何言ってんだコイツと言わんばかりの表情でこちらを見つめてくるレオン。
それ以外ないだろ、ってじゃあさっきは答えが分かってて聞いてきたってワケ?
「分身魔法はエイド先輩の研究だし、特許まで取ってるのに私が発表なんて」
「最初の使用者が発表するのはよくあることだ。実際にやって見せられるからな。それに、お前も研究に関わってたんだろ?……安心しろ、魔法式を公開しろって言ってるんじゃない。原理やそれに至った経緯を話すだけだ」
えぇ、それでも嫌なんですけど。
第一理論なんて一番エイドに任せたところだし。
「じゃあ何かほかに発表できるものがあるのか?交換留学生の成果発表は義務だぞ」
確かに発表内容としてこれほど優秀なものは無いだろう。
私が他にこれと同様の価値のある研究発表が出来ないことをわかって言ってるんだ。
やっぱムカつくんだよなぁ。
私は投げやりにわかったと言って自室に戻った。




