スタートライン……?
「どうしてここに?」
「あーごめん私のせいかも」
あははと笑うメアリ。彼女によると、昨日セドリックから電話がかかってきて、私がレオンとダンスの練習をしてることを話したらしい。
え?だからってなんで来るの?話がつながらないんだけど。
「ショックだな。ダンスなら僕を頼ってくれれば良かったのに……」
「え、いや別にたまたまレオンにお願いすることになっただけで……」
近い近い!
セドリックは私の腰を抱いて、しゅんとした顔を近づけてくる。
「男の嫉妬は見苦しいぞ?セドリック」
私がフリーズしていると、レオンがニヤニヤしながらセドリックに声を掛けた。
良かった、レオンからも事情を説明してもらえれば!
きっとセドリックは何か誤解をしているに違いない。早くその誤解を解かないと。
「まぁ確かにエマはこう見えて結構努力家だし、根性もある。お前が気にするのもわかるよ」
可愛いしなぁ?なんてニヤリと笑う。
ダメだ悪化させてる。煽ってどうすんのよ。
さっきから隣から冷気漂ってるし、腰の力が若干強い気がするんだよな。
「レオンがそんなこと言うなんて珍しいね」
「いつもの皇子呼びじゃないんだな?」
「ここは学校だからね。身分なんて関係ないでしょ?」
「へぇ?貴族主義のウィンチェスター生のセリフとは思えねぇな?」
え、なんかバチバチしてるんですけど?
間に私挟まないでもらっていいですか?
すっごい居心地悪いんで。
「レオンこそ平民になんて興味ないって言ってたでしょ?」
「俺はお前らみたいな貴族主義じゃねぇんだよ。一緒にすんな」
これは止めた方がいいやつ?
でもどうやって?揉めてる理由もなんかよくわかんないし。
「えっと……そろそろレッスン始めたいんですが……」
とりあえずレッスンしたいし、一旦中断して欲しいんですよ。
「エマは僕と踊るほうがいいよね?」
「は?俺に決まってんだろ」
あ、そう言う感じなんですね把握。
コレどうやってもヒロインみたいになるよね?いや、別に今更いい気もするけど。
ただゲームの力が強いって言われてる以上は、仮にも悪役令嬢の前でそういう行動はしたくないんだよなぁ。
唯一この気持ちをわかってくれそうなアメリアにSOSの視線を送る。
アメリアはこちらを見ると、めんどくさそうにため息をついてから私たちの中に割って入ってくれた。
「お話し中失礼しますわ。校内は関係者以外立ち入り禁止ですけれどセドリックさんはちゃんと許可を得ていらっしゃるのですか?」
うわすごい。お嬢様みたい。
そう言えば私も初対面の時はこんな態度を取られてたような。
「あぁ、偶然にもメアリ先輩と似たようなテーマの研究をしようと思っていてね。ただレピュタスの開花は10年に1度しかないので、今回は特例でメアリ先輩の助手として交換留学に加わらせてもらうことになりました」
と言っても残りの1週間ちょっとの間ですが、と微笑むセドリックの手にはちゃんとウィンチェスターアカデミーとクリスタルカレッジの双方の許可証が握られている。
「聞いてないんだけど」
「言ってないですからね」
なんと当事者であるメアリも知らなかったらしい。
若干不機嫌なメアリを他所にセドリックは穏やかな微笑みを貫いている。
「それは失礼いたしました。では今日はセドリックさんにお願いしましょうか」
「え!?」
アメリアがあまりにも早く折れるので思わず声が漏れてしまった。
え?攻略対象だってわかってるよね?
アメリアはあんまり関わりたくないんじゃ……
「同じ人とばかり踊って変な癖がついてしまうと良くないですし。レオンには毎日申し訳ないと思っていたところですのでちょうどいいですわ」
アメリアがそう言うと、レオンは面白くなさそうにボールルームを出て行った。
せっかく来てくれたのになんか申し訳ない……
一方セドリックはそれはそれは嬉しそうな表情をしている。
「ペンダント、つけてくれてるんだね」
ダンスをするために近づくと、セドリックは私の首元に目線を落とした。
とても貴重なもので1度だけあらゆる攻撃魔法から身を守ってくれるという群青の花と呼ばれる宝石があしらわれたペンダント。値段は恐ろしくて聞けなかったが、シンプルながらに細かな装飾が施されているところを見れば、いくらかの検討はつく。
見た目ももちろん気に入ったけれど、クリスタルカレッジは言ってみれば敵陣。どうしてもウィンチェスターアカデミー以上にアウェー感があるし、気が抜ける瞬間など決してない。
だからあらゆる攻撃魔法から身を守ってくれるこのペンダントは私にとってとても心強いお守りだ。
今のところ必要になる場面は無いけれど、つけておくに越したことは無い。
そのため私はこっちに来てからこのペンダントを肌身離さず付けている。
セドリックは何やらそれが嬉しかったようで先ほど以上に口を緩ませている。
しかし、私はそんなことにも気づかないほどダンスに夢中だった。
ステップは完璧に覚えたはずなのに、テンポが変わるだけでこんなにも踏めなくなってしまう。
そしてレオンとセドリックではターンのスピードやリードの仕方が少なからず違うので、私はそれにも戸惑っていた。
どっちも上手いけど、ついて行くので精一杯。
横からアメリアやメアリの声が聞こえるが、正直それどころではなかった。
1時間ほどみっちり踊れば、私の体はもうクタクタだ。
マナーレッスンの時に寝そうになってしまったくらい。
「膝を曲げすぎよ。もう一回」
知識以外のマナーレッスンは苦手だ。
中でも1番苦手なのはお辞儀の仕方。
ヒールを履いたうえで優雅にお辞儀とか絶対無理。めっちゃフラつくし。
何より使う場面によって角度を変えるのが難しい。分かってれば出来るんだけど、咄嗟に何度って分からないんですけど。
「背中倒しすぎよ。もっと笑顔でー」
メアリは楽しそうに物差しのようなもので私の体をペシペシ叩いてくる。
楽しそうなのはいいけど、結構痛い。
正面に立っているセドリックは何も言わず無言でこちらを見つめ微笑んでくる。
いや、それが1番怖いんですけど。
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「まさかエマがセドリックルートに行ってたとは」
「行ってない!」
夕食を食べた後、植物園に向かう前に、アメリアは私の研究室に訪ねてきた。
私は今日の分の報告をエイドにした後だったので、そのままアメリアを部屋に招き入れた。
入ってきていきなり施錠魔法と防音魔法をかけるものだから何事かと身構えたが、どうやら今日の事らしい。
「貴方が群青の花のペンダントを持ってる時点で気づくべきだったわ。あれはセドリックの攻略アイテムの1つだし。でもまさかセドリックに会うなんて……」
それは、うん。申し訳ないです。
私は改めて、今まで出会った攻略対象に関することを話した。
「それらしいイベントはそんなに起きてないわね。でもね、エマ。私がクリスタルカレッジに来たことで、貴方が来る前の段階からこの世界は原作とはかなり変わってる」
「……え?それってどういう」
「まず私は会うはずの攻略対象たちとほとんど交流を持ってない。性格だってゲームのアメリアとは正反対にしてる。これまでゲーム通りの展開なんて一切無かった」
だけど、と彼女は悔しそうな表情をしながら手を握りしめた。
「ヒロインと攻略対象、そして悪役令嬢が出会ってしまった。たまたま貴方がレオンに気に入られて強制的に交換留学、偶然私が世話係に選ばれる。これまた偶然にも研究のため同じ時期にセドリックがやって来る。そんな偶然が本当にあると思う?」
アメリアは、はぁーっと置いてあるソファーにどっかりと沈んでいく。
普段気品にあふれる彼女からは想像も出来ないような行動だ。
「これは間違いなくゲームの力よ。あるべきところにシナリオを修正しようとしてる。私たちは今、ゲームのオープニング、つまりスタートラインに立たされたのよ」
「スタートライン……」
今までは悪役令嬢がいなかったから特にイベントのようなものは発生しなかった。
けれど、1度出会ってしまえばそれが起こる確率はグッと上がる。
「ちなみにセドリックは貴方を気にし始めてる。恋愛的な意味でね」
「え?嘘、というかなんでそんなこと……」
「私、元の世界ではプロの役者だったの。何でもこなす天才女優って言われてたんだから。仕草、目線、声のトーンエトセトラ。他人の感情くらいすぐわかるわ」
女優!?
道理で演技が上手いと……元のアメリアと正反対の性格だって、演じようと思って簡単に演じられるものじゃないし。
でも女優って。そんなに有名だったなら私も知ってるのかな?
サインもらっとく?
「そろそろ行かなきゃ。続きはまた今度話しましょ」
「ちょ、ちょっと待って!」
さっさと植物園に向かっていくアメリアの後ろ姿を私は必死に追いかけた。




