パーティーって……?
「まさかエマが禁書の棚を閲覧したいって言いだすなんて」
アメリアから聞いたときはちょっと意外だったかもー、と言いながらメアリは紅茶を口に含む。
あの後私とメアリとアメリアの3人は植物園でティータイムを過ごしていた。
ちなみにメアリの世話係はどうしても出席したい授業があるからと言って校舎に戻っている。
「錬金術関連の書物が読みたくて……」
嘘ではない。元の世界や異世界に関する本を探したいと思っているが、決して錬金術の本を読まないのかと言われればそうではない。そもそもエネルギー源の確保のためのいいアイデアが無いか探したいし。
許可をすると言っても口頭ではなく、ちゃんとした許可証が必要とのことで発行するのに少し時間がかかるので入れるのは明日以降らしい。
「そう言えば珍しい植物って?」
私はメッセージに合った植物について尋ねた。
「あ、それねー。これだよこれ」
そう言って彼女が見せてきたのは白い、というより透明なつぼみを付けた植物の写真だ。
「私が見たいって言ってた薬草と対になる薬草なんだって」
小さいけれど美しい花。
なんでも彼女の見たいと言っていたレピュタスという花は、10年に一度月下で咲く花で、その希少さからまだ研究途中ではあるが様々な薬効があると考えられている。一方この写真のアリエスという花は、レピュタスとほとんど同じ周期で咲く花で、月下ではなく太陽のもとで咲くらしい。
こちらもまだまだ研究途中だが、見た目はレピュタスとほぼ変わらないが咲く条件が少し違うのでレピュタスとは違った薬効を持つ薬草なのではないかと注目されているそうだ。
にしても透明な花びらの花なんて見たことない。
やっぱり魔法の世界になるとありえないことも割と現実なんだなぁ。
「そう言えばパーティーの曲のリクエストがあればどうぞってノエルが言ってたわ。彼今回のパーティーの実行委員長だから」
「え?パーティー?」
アメリアが当然のように言ったことに対して、私は思わず聞き返した。
パーティーってまさかこの間の交流パーティー的なヤツ?
「交換留学最終日に開かれる恒例のパーティーのことよ。この学校には生徒会がないから、有志の実行委員が企画運営をするの」
へぇ、ノエルってそう言うの率先してやるタイプだったんだ。ちょっと意外かも。
「実行委員は成績に加点されるから、大変だけど結構人気なの」
前言撤回。やっぱりノエルは私が想像していた通りの人でした。
でも、パーティーって欠席しちゃダメかな?
煌びやかな社交界って憧れてたけど、前回ので思い知った。
マナーも教養もダンスも出来ない人間が行くと割と普通に地獄だということを。
前回はまぁ幸いにもエスコートの上手すぎる人たちと踊ってすぐに会場を出たからよかったけど、今回もそう上手くいくとは限らない。絶対どこかでボロが出る。
ウィンチェスターアカデミーとは違ってクリスタルカレッジは平民の子も結構通っているけど、私の中のエマの記憶と照らし合わせると、その子たちも結構なお金持ちだ。エマのように全く何も知らず踊れずなんて子はまずいない。
欠席してはダメかと尋ねると「パーティーの主役が正当な理由もなく欠席なんてマナー違反」と一蹴された。いや、それはわかるんだけど。
「もしかして、またドレスがないから?」
前回ドレスを貸してくれたメアリは、今回も私が着るドレスが無いせいで参加を渋っているのかと考え、貸してあげると言ってきた。
……それもそうではあるんだけど。
私が返答に困っていると、アメリアがあぁ、と納得したような声を出した。
「もしかしてダンス?」
ごめん、こっちの生活に慣れすぎて普通の感覚忘れてたわと彼女はため息をついた。メアリはその言葉に?を浮かべつつも大して興味は無かったようで聞き返してくることは無かった。
「ダンスだけじゃなくて、マナーとかも……」
そうだよね、とアメリアは頷く。でも交流会の時のダンスは出来てたじゃない、と言うメアリにエスコートが以上に上手かったんだと説明するとすぐに納得した。
「じゃあ私が教えてあげるわ。どうせ時間はあるんだし」
「私もー!」
流石に申し訳ないので断ろうかと思ったが、パーティーに出る以上最低限踊れないとまずいので、禁書の棚の件のお礼と言ってもらってお願いした。
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「び、びっしり」
「当たり前でしょう?パーティーまで時間もないし」
ダンスや礼儀作法をはじめとしてとにかくたくさんのやるべきことが記された紙を渡される。
……やばい、これだけでもうダメかも。
「じゃあ早速……腹筋、背筋、腕立て伏せにスクワットをそれぞれ30回ずつ」
「え!?」
早く、と急かされて渋々腹筋を始めた。何でもダンスを美しく踊るにはある程度の筋肉が必要なのだという。フラッグサバイバルの練習の時にも筋力トレーニングはさせられてたけど、終わってからはほとんど運動する機会が無かったので結構キツイ。
ていうか踊るのにこんなトレーニングが必要なの?シンデレラって、フェアリー・ゴッドマザーに魔法かけてもらってお城に着いたらめっちゃ優雅に踊ってたよね。なに?いじめられてるときに筋力トレーニングもさせられてたの?
「終わったわね。筋力は1日ではつかないからトレーニングは毎日やるとして……次は姿勢ね」
ちょっと休憩したい。
アメリアさん、流石に鬼じゃない?メアリも横で写真撮ってないで助けてよ。
パーティー用のヒールを履いて真っ直ぐ立つ。
これだけで結構難しい。このヒール何センチ?こんなに高いの履いたことないんだけど。
高さももちろんだが、かかとの部分が細いピンヒールなのでバランスを保つのが難しい。
はい、これ乗せて。そう言って彼女は分厚い本を3冊渡してきた。
「最初は1冊からでいいわ。頭に乗せて落とさないように真っ直ぐ背筋を伸ばして歩くの。こんな感じでね」
お手本で歩いたアメリアはとても優雅で美しい。私もやると言ったメアリも軽々と3冊乗せて優雅に歩いている。私も早く出来るようにならないと。
「……うわぁ!」
たった数歩歩いただけでバランスを崩してしまう。
元々姿勢がいい方ではないので、背筋を伸ばすという感覚がよく分からない。おまけにピンヒールなので、つま先立ちで歩いているような気すらする。
ガラスの靴履いてその状態で踊る?
……シンデレラパイセン、半端ないっす。
女の子は誰でもプリンセスになれる、なんて言葉があるがそれは間違いだ。プリンセスはものすごい努力の上でしか成り立たない。あの人たちっていつもキャッキャウフフってしてるけど、実はめっちゃ筋肉あるのかな?いや、筋肉は無くても体幹ヤバそう。
私はダンスルームに備えられた鏡を見て自分の姿を確認する。
バランスを取ることに必死すぎて不自然な動き。なんか生まれたての小鹿みたい。
自分で自分を笑いつつ練習を続けたが、この日は2冊が限界だった。




