勝負……?
昨日案内してもらった演習場。ウィンチェスターとほとんど一緒の造りだなと思っていたけど、まさか自分が使うことになるなんて。
向かった演習場にはパワーサープレッション用の球体とレーンが既に用意されていた。
ついでに大量のギャラリーも。昼休みだからか、皇子であるレオンがやるからなのか、はたまた私を見に来たのか。どういう意図かは分からないけど、観客席は満員で立ち見の客までいる。
いいんだけどさ、うるさい。あと、人の勝負で勝手に賭け事するの辞めてもらっていいかな。
この状況はクリスタルカレッジならではというか、ウィンチェスターアカデミーでは絶対起こらないだろう。それがボンボンのいい子ちゃんの集まりと言われる所以なのかは分からないけど。
せめて主催者に利益の何割かぶんどってやろうと思い、主催側に目線を移すと、生き生きとしたノエル・リヴィエールと目が合う。
あはは。お久しぶりです。
流石はインテリヤクザ。やってることがもうそれなのよ。
隣には彼の片割れであるヨハン・リヴィエールの姿もあった。
「怖気付いたのか?」
レオンは意地悪な顔で馬鹿にしてくる。この人絶対性格悪いわ。
私が観客席の方ばかり見ているからそう言ったのだろうが、言い方よ。
「こんな大勢の前で、無様に一国の皇子を負けさせるのは如何なものかと考えておりました」
ムカついたので、こちらからも煽り返してやる。
怒るかと思ったが、レオンは面白そうにへぇ?と口角を上げた。
でも実はこんな大口を叩いておきながら、私は内心焦っていた。
私の魔力量自体はあのセドリックよりも多く、魔力量がものを言うパワーサープレッションなら負けることは無いと踏んでいた。
……でもよく考えたら、レオンって魔法競技大会でセドリックに勝って優勝してたよね?
そもそもウィザードシューティングの練習ばかりで、ほとんどパワーサープレッションの練習をしていなかったので不安しかない。しかしそんなことを口に出すわけにはいかず、私はポーカーフェイスを保っていた。パワーサープレッションはある意味心理戦だ。相手に読まれてはいけない。
「レディース・アンド・ジェントルメン。只今より我がクリスタル帝国第1皇子レオン・ベネディクトとウィンチェスターアカデミーからの交換留学生、エマ・シャーロットによるパワーサープレッションの親睦試合を始めます!司会は世界一イケメンな俺!ヨハン・リヴィエールが務めまーす!」
ワァァと歓声が上がる。いつの間にか会場の中で屋台のようなものやドリンクの販売をしていた。これじゃ試合っていうかお祭りじゃん。
主に双子が生き生きしすぎていて逆に怖い。
観客席を見ると、アメリアやどこから嗅ぎ付けたのかメアリもこの状況を見て楽しんでいる……ように見えたのだが、実際は死ぬ気で応援している。2人共よほど禁書の棚に用があるらしい。
「ルールは皆知ってるよな?合図で同時に球体に魔法を送ってレールの上を転がし、10メートル先のラインまで押し切った方が勝ちだ!」
単純ですごくわかりやすいけど、結局は魔法力がすべての競技。
あのセドリックですら知恵だけではどうしようも無かった。
「今回は魔法競技大会フラッグサバイバルのフラッガー同士の戦いだ!試合ではエマのウィンチェスターアカデミーが優勝したが、たった今締め切った結果予想ではレオンが圧倒的だぜ!」
そんな堂々と賭け事をするな。
確かこの世界でも賭け事ってあんまりよくないもののはずだよね?
準備が整うと、私たちはそれぞれの場所へ移動する。
歓声がうるさいが気にしている場合ではない。
「2人共準備はいいな?じゃあ……試合開始まで、3・2・1」
合図とともにパネルに魔力を流し込む。
しかしそのスピードは僅かにレオンの方が速く、球は私の方向へと転がり始めた。
慌てて強めに魔力を流し込むと、球の動きは止まった。
一息つく暇もなく、レオンは流し込む魔力の量を徐々に増やしていく。
きっと彼はこうすることで、私がどこまで耐えられるか試している。
私はそんなのに付き合ってやる気はサラサラ無いので、セドリックが出していた最大量まで魔力を放出した。レオンは一瞬苦しそうにしたが、すぐに同等レベルの魔力を送り込んでくる。
……これ、案外いけるかも。
様子から見るに、今の状態のレオンは長くは持たない。対して私はそこまで辛くもない。おそらく私より先に魔力切れを起こすだろう。それを待ってから一気に転がしても良かったが、せっかくなら初めに言っていた通りコテンパンに負かしてやろうと思った。
「レオン皇子」
「……ッ、レオンでいい。学校の中で身分は関係ないッ……からな!」
「じゃあレオン。私の要求を呑んで、転校の件を無しにしてくれるなら、私は負けます」
観客には聞こえないくらいの声量で。どうです?なんて意地悪そうに微笑んでみる。
すると彼は青筋を立てて「お前は実力で、負けるんだよ!」と叫びながら、一気に魔力量を限界まで増やした。
かかった。
私はそれと同時に、最大限の魔力をパネルに流し込む。
お互いの全力の魔力がぶつかった。それは誰の目にも明らかだろう。
すると静止していた球は、レオンの方へと転がりだす。そしてそれは止まることなく加速し、ついには10メートルのラインに到達した。
ピー!という試合終了の合図と共に、歓声が上がる。どちらかというと悲鳴か。
大穴に賭けていた者たちは大歓喜しているが。
「勝者は、エマ・シャーロット!」
しばらくしてからヨハンがアナウンスをした。
未だに信じられないと言った表情でこちらを見ている。
観客席のアメリアとメアリを見ると、ものすごい笑顔でこちらに手を振っている。
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「完敗だよ。にしてもお前、思ったより性格悪いな」
「なんのことです?」
「わざと俺を怒らせて、全力を出させてから勝つ。そうすれば俺も完全に負けを認めざるを得ないもんな?」
怒っているのかと思ったがそうではないらしい。
悔しいと言いながら、どこか嬉しそうな表情でこちらを見つめてきた。
「……で?お前の望みは何なんだ?」
彼は試合前に、勝ったらなにか1つ言う事聞いてやると言ったことに対して、具体的に何をしてほしいのか聞いてきた。そんなの決まってる。
私が何を頼むのか知っているアメリアと恐らく彼女から聞いて同じく知っているメアリが後ろで目を輝かせていた。
「禁書の棚を閲覧したいです。閲覧には教師か王族の許可が必要だと聞きました。だから許可をください」
レオンは驚いたように、その青い瞳を大きく見開いた。




