仲間……?
「……エマさん?」
「ぁ、エマ・シャーロットと申します。こちらこそよろしくお願いします!」
なんで悪役令嬢がここに?
彼女はウィンチェスターアカデミーの生徒だったはず。校内で見かけないと思っていたけど、まさかクリスタルカレッジにいたなんて。
「うるさい」
レオンが耳をふさいで馬鹿にしてくるが、今はそんなことに構っている暇はない。
「エマさんって、面白いのね」と口元を手で隠しながら上品に笑っている彼女は、ヒロインを殺す悪役令嬢にはどうやっても見えない。
でも、彼女は間違いなく悪役令嬢なのだ。
ゲームの中で散々見たし、名前だって一緒。
ゲームはゲームで、実際にこの世界では悪役令嬢じゃ無いとか?
考えてみればセドリックやアルバート、エドガーと言った攻略対象たちもゲームの設定とは少し違っていた。
「行きましょう?」
気が付くと、既にメアリたちの姿はなく、アメリアがまずは教室を案内をすると言った。
とりあえず今は普通に振舞わないと。貴方は悪役令嬢何ですか?なんて聞けるわけないし。
私は制服の中のポケットに入っている魔法の杖をしっかり確認して彼女の後を追った。
「ここが教室。エマさんは私と同じAクラスなので、毎朝のHRを受ける場合はここで受けることになります」
案内された教室もウィンチェスターとはまるで違う。
上手く言えないけど、ウィンチェスターが晴天のお花畑だとすると、クリスタルは真夜中の湖畔というか。全体的にアンティークが多いし、学校の雰囲気も明るいというよりは落ち着いている。
「次は魔法薬学室を案内しますね」と微笑む彼女から、私への悪意は一切感じられない。
その後もグラウンドや寮など様々な場所や施設を案内してもらったが、恐ろしいほど何も無かった。
授業中のためたくさんの生徒がいたし、ウィンチェスターの制服を着ているので注目は嫌というほど浴びたがそれだけ。特に危害を加えられることも暴言を吐かれることも無かった。
最後に案内されたのは植物園。
正直大きすぎてビックリした。多分ウィンチェスターの倍はある。
全体的に古い造りだと思っていたが、ここは驚くほど新しい。
与える水や温度は大規模な魔道具を用いて全て自動化されている。
定期的に魔力さえ供給すればいい最新の栽培方法だとエイドが言っていた。
ウィンチェスターは妖精たちの手を借りて温度や湿度を管理して、水やりは人間の仕事だった。
しかしそれでは限界がある。これだけの規模の植物たちを管理できるのは、この最新鋭の設備のおかげだろう。
植物園はドーナツ状になっていて、各エリアはガラスのようなもので区切られている。そして全てに直通の中心にはテラスのようなものが設置されていた。
「よろしければお茶に付き合っていただけませんか?」
中心のテラスに着くと、アメリアはそう言った。
正直怖さしかないので断りたかったが、丁寧に案内してもらった手前そうもいかない。
世話係ならこの後の予定がないことも知っているだろうし。
表面上は快く承諾すると、アメリアは杖を一振りして、紅茶や焼き菓子などをテーブルの上に用意した。おそらく簡単な転移魔法。あらかじめ紅茶や焼き菓子を何処かに用意させていたのだろう。
席に着くと、私はアメリアが飲んだのを確認してから紅茶を口に含んだ。
流石に学校内で分かりやすく毒殺なんてことは無いだろうが、ここまで大人しいと疑いたくもなる。
焼き菓子なども、全てアメリアが口にした後にしか手を付けなかった。
バレないように会話をしながら上手くごまかしていたつもりだったが、会話が途切れた瞬間、彼女は突然無表情になった。
あまりの恐怖に、持っていたカップを落としそうになる。
「エマさん。ご趣味は何かおありなの?」
え?趣味?
突拍子もない質問に私は混乱する。
「私は読書をするのが好きなの」
黙っている私を見て、アメリアは自分で話し始めた。
「あとはね……」とさっきまでの無表情が嘘だったかのように楽しそうに話している。
少し安心して私も何か話せる趣味はあったかと考える。
「乙女ゲームも好きなの」
その瞬間静かなテラスに、放課を告げる鐘が鳴り響いた。
……何を言ってるの?
「私のおススメはマジカルプリンスかなぁ?エマさん、知ってる?」
上品に笑った表情を崩さないまま、彼女は私に尋ねてくる。
どうしてマジカルプリンスを知ってるの?
そう思ったけれど、そんなの答えは1つしかない。
どうして悪役令嬢がイジメて来なかったのか。
何故ウィンチェスターアカデミーにいるはずの彼女がクリスタルカレッジに在籍しているのか。
どうしてこの世界に存在しないはずの乙女ゲームという存在を知っているのか。
マジカルプリンスを知っているのか。
「私、転生してきたの」
驚きはしなかった。だってそれが、一番スムーズに辻褄が合うから。
「……私も、多分そう」
「やっぱりね」
こうなれば、別に隠す必要もない。
異世界仲間が出来るなんて最高じゃない?しかもマジカルプリンスを知ってるみたいだし。
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「そう、なら転生ってわけでもなさそうな微妙な感じね」
私は彼女にここに来ることになった経緯を記憶の限り伝えた。
正直覚えていない部分の方が多いけど、それでも何か彼女との共通点が見つかれば、帰る方法が見つかるかもしれない。私は藁にも縋る思いですべてを話した。
しかし、私は彼女のケースとは少し違うようで彼女は驚いていた。
そもそも彼女がこの世界に来たのは16年前。つまり、アメリア・バートレットが赤ちゃんだった時から。
「私、向こうの世界では多分死んでるの」
「……え?」
「仕事の帰りに乗ってた車が事故に遭って。覚えてるのはそこまで。気が付いたらアメリアになってた。転生だと思ったわ。分からないけど、多分私は向こうで生きてない」
確かに私が同じ立場でもそう思うだろう。
……え、なら私も死んでたりする?
お酒も飲んでたしゲームしながら寝落ちしたつもりが実は死んでる、みたいな?
「私が事故に遭ったのは2024年4月28日午前0時00分00秒ちょうど。ちょうど誕生日で友達からのメッセージの通知が来た瞬間だから間違いないわ」
え……?2024年4月28日って言った?
「私も、何秒までは覚えてないけど、日付は変わってたし2024年4月28日だと思う」
「……嘘でしょ?」
アメリアは信じられないと言った表情でこちらを見る。
私だって同じだ。まさか同じ日にこっちの世界に来たのに、私と彼女の間に16年のタイムラグがあるなんて。
「でもあなたがこの世界のエマでなくて良かったわ」
「え?」
「私はこの16年間。ひたすらゲームの中のアメリア・バートレットとは真逆の方向に行くように努力してきた。彼女は勉強や読書が嫌いでおしゃれや女の子らしいことが好きだったから、最低限のこと以外排除して、勉強や読書ばかりしてたわ。学校だって、わざわざウィンチェスターアカデミーではなくクリスタルカレッジを選んだ」
確かに、そうすればゲームの中のシナリオと同じにはならないはず。
私も結局こっちの世界の人間ではないし、悪役令嬢が彼女なら、案外心配することは無いのかも。
「でも結局、こうして私たちは出会ってしまった。この世界は貴方と私の存在で大きく変わった。……けれど、元に戻そうとするゲームの動きはすごく大きい」
貴方もシチュエーションは違っても攻略対象と出会ったり、イベントに似たことをした覚えがあるんじゃない?と聞かれると、確かにそうだ。アメリアという悪役令嬢がいなくても、結局既に一部の攻略対象とは出会っているし、ヒロイン独特のいじめのような行為も受けた。
「私は今、ゲームの力を止めるために研究をしているの。内容上、他の人には言えないからちょうどよかった。……あなたも手伝って?」
「えっと……」
「貴方にもメリットはあるはずよ。研究の途中で元の世界に帰る方法も見つかるかもしれない。どう?」
そう言われれば、私は頷くしかない。
だって私は結局ゲームのシナリオ通りになるのが怖いし、帰れるのなら帰りたいんだもん。
「決まりね。これからよろしく、エマ」
差し出された手を取って、固い握手を交わす。
静かな植物園には、地面を流れる小川の音だけが響いていた。




