ウィンチェスターアカデミー……?
私は学校へ戻ると、寮の部屋へ荷物を置きに行き制服に着替えてから食堂ではなく、小ホールへと向かった。今日は食堂ではなく小ホールで食事をとろうとセドリック達に言われていたためだ。
約束の時間は18時30分。現在の時刻は18時25分。
私は大急ぎで寮を出て小ホールへと向かう。
小ホールは予約さえすれば誰でも好きに使うことが出来る場所。食堂とは反対側にあってこの時間は人通りが少ない。1人くらい遅れてきた人とすれ違うかと思ったけど、そんなこともなく誰もいない廊下を私は小走りで歩く。
前まで来たはいいが、中が静かすぎて入るのを躊躇する。
私部屋間違えてないよね?
しかし、ただでさえ遅刻しているのでこれ以上ゆっくりしているわけにはいかないと軽くノックしてから思い切って扉を開けた。
パンパンッ!と音がして、咄嗟に目を閉じる。
何なんだと目を開けると、皆がクラッカーのようなものを鳴らしていた。
部屋に飾られた大きな幕を見る。
メアリ、エマ行ってらっしゃいパーティー……?
後から付け足したんだろう、エマの部分だけ少し幕からはみ出している。
そう言えばメアリのお見送りのパーティーをするって言ってたな。忙しすぎて完全に忘れてたけど。
床の散らばり具合から見るにメアリが来た時にもやったのだろう。そのメアリも嬉々としてクラッカーを鳴らしている。
立食形式のテーブルにはたくさんの料理が並んでいる。
もしかしてこのスイーツ、アクアが作ったのかな。めっちゃ美味しいわ。
気になって聞いてみると、なんとスイーツだけでなくすべての料理をみんなが作ったのだという。
貴族って料理なんかできない人たちだと思ってたけど、レベルが高い。ステーキにキッシュ、コーンスープやカルパッチョ。おしゃれ過ぎない?一人暮らししてた私よりも料理のスキル高いでしょこれ。
美味しい料理に舌鼓を打っていると、セドリックが青い石のペンダントをくれた。急ぎだったから小さいけど、と言われた石は直径3センチは余裕であると思う。……小さいか?
青い石の正体は群青の花と言われる宝石だ。
私も錬金術でいつかは作ってみたいと思っていた石。とても貴重なもので1度だけあらゆる攻撃魔法から身を守ってくれる。その効果ゆえ、すっごく高値で取り引きされているはず。どうやって手に入れたのかと聞くと、イデアのツテでセドリックが手に入れてくれたという。
エイドは打ち消し魔法レセプテイトが使える私には要らないかもしれないが、お守り代わりに持っておけと言われた。何かプレゼントをしようと言うエリカに群青の花を薦めたのはエイドらしい。
必要な場面がないことを祈るが、保険はあるに越したことは無い。有り難く頂戴して首にかけると、正直自分には勿体無いほど美しく、何だか落ち着かない。
「筋トレを怠るなよ!」
イザナはタンパク質たっぷりの鳥のササミを食べながらそう言った。怠るも何も、そもそも筋トレなんてしてないんだけど……
でも確かに魔法競技大会でのイザナのフィジカルダービーはすごかった。筋肉であそこまで、いや、あれはイザナだからだと思うけど。
「クリスタルカレッジは最近色々な研究分野で成果を出してる。突然とはいえ、折角の機会だから色々勉強して来なさい」
何なら私が行きたいくらい、と言いながらソフィアはスイーツを食べていた。
そうだよね。折角行くんだもん。エイドとの研究もあるし、学べることはどんどん吸収してこよう。
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皆に見送られ朝早くから出発して、クリスタル帝国の国境まで行くのに、馬車でおよそ3時間。ソフィアが色々話しかけてくれたし、比較的舗装された道を走っていたはずだけど、馬車は結構疲れる。
木の車輪だからすごい揺れるし、何より座っている椅子が堅い。
一刻も早く車を完成させないとと思ったのはここだけの話。
国境に着くと、簡単な審査や身分証明などの検問を行う。国境を越えたらクリスタルカレッジのある首都まではおよそ1時間。片道4時間という移動時間にヘトヘトだった私に比べ、メアリはかなり余裕そうだった。……あんな揺れる馬車の中で化粧直しとか信じられん。
到着して馬車を降りると、ウィンチェスターアカデミーとは全く違う風景が広がっていた。
ウィンチェスターはキラキラのいかにもお城!といった外観だったが、クリスタルカレッジは落ち着いた古城という感じ。草木に囲まれたウィンチェスターと違い、クリスタルは石像や湖などに囲まれている。
「来たな。ようこそクリスタルカレッジへ」
声のする方へ振り返ると、そこには今回の元凶、クリスタル帝国の第1皇子であるレオン・ベネディクトが立っていた。好き勝手やりやがって、と文句を言いながらつかみかかりたい気分だったが、流石に隣国に来た留学生がその国の皇子につかみかかるわけにはいかないので我慢した。
「この度は受け入れていただきありがとうございます。ウィンチェスターアカデミー3年生のメアリ・ウェイターと申します」
普段ギャルっぽいメアリが真面目に挨拶するので、私も真似をして「1年生のエマ・シャーロットです」とお辞儀をしながら言う。
「あぁ……フラッグサバイバルの。失礼、レオン・ベネディクトだ。貴方の公募のレポートを読んだ。ぜひ思う存分学んでいってくれ」
メアリの挨拶にレオンも返す。
……私は?私も挨拶したんだけど。アンタが呼んだんだよね?
「もう昼過ぎだ。よければランチをご一緒しませんか?」
そう言ってレオンはメアリに手を伸ばす。メアリはその手を取り、レオンはそのままメアリをエスコートした。
完全に居ないもの扱いされてむくれている私に「エマ、お前もだ。来いよ」と言って戸惑っているメアリと共に歩き始めた。は?扱い違いすぎない?こっちも一応レディーなんですけどね。
連れて行かれた場所は大食堂らしき場所。ウィンチェスターとは違い、ものすごく長いテーブルが5つだけ。生徒たちはここで食事を摂っているのだろうが、今日はもう昼休みが終わっていることもあって広い食堂には私たちだけだった。
私はクリスタル帝国の名産品であるペリエ牛を使ったローストビーフサンドを頬張る。ジューシーなペリエ牛とレタスのバランスが絶妙でこれなら何個でも食べられてしまいそうだ。
昼食をとった後は、校内の案内をするため私とメアリ、それぞれの世話係を紹介すると言って、待ち合わせ場所だという講堂へ向かった。
世話係はボランティアで指名された生徒が行うのが決まり。できるだけ歳や境遇が近い生徒が選ばれる。
クリスタルカレッジは平民もいるって聞いてるし、やっぱり世話係も平民の子かな?こっちに来てから貴族とばっかり関わってるから、普通の感覚を持った平民の子と友達になりたい。切実に。
メアリの世話係は3年生の女子生徒。
結構メアリと似たようなノリで、出会ってから30秒もしないうちに写真を撮ってマジグラに投稿していた。
私はどんな子なんだろうと思いながら遠目で2人を見ていると、後ろからレオンに声を掛けられる。
「エマ、お前の世話係の……」
ストレートで絹のようなツヤのある髪。吊り上げられたルビーの瞳。
品のある動作でこちらにゆっくりと向かってくる彼女。
……あの派手な顔立ち、知っている。忘れるわけがない。
だって彼女は。
「アメリア・バートレットと申します。よろしくね、エマさん」
乙女ゲーム、マジカルプリンスの悪役令嬢なのだから。




