交流パーティー……?
会場の結界が溶けると共に、ウィンチェスターアカデミーの色である紫の紙吹雪が舞う。
「どうして、エマ・シャーロットとセドリックを抑えれば、僕たちの勝ちは決まったも同然なはず……」
ノエルが信じられないと言った様子で何故だ何故だと連呼している。
レオンとヨハンも少なからず動揺している。
「何故か……簡単だよ。僕とエマを抑えることに君たちが失敗したからだ」
「は?何言って……」
「エマ」
そう言われたので、私はかけていた魔法を解いた。
その瞬間、彼らの目の前にいたエマが消えて、後ろから私が現れる。
「僕らは勝つために一人一つ、魔法を習得した」
セドリックが誇らしそうに言う。
エリカは位置把握魔法、アルバートは特殊な幻影魔法。
セドリックはノエルの目に対抗するためのオリジナルの可視化魔法。
そして私は、分身魔法。イザナには本物の私の姿を隠す、姿くらましの魔法。
エリカとアルバートの魔法で他校を潰して、私は分身魔法でクリスタルカレッジの目をだましている間に旗を取りに行く。私が分身していることに気づかないようイザナに姿くらましを使ってもらって。しかしノエルにはバレてしまう可能性があるのでセドリックの魔法でノエルの目をごまかしてもらった。
姿くらましは半径3メートル以内に入ると効果が切れてしまう。だから、旗の近くからノエルを引き離す必要があった。苦戦するかと思ったけど、セドリックが上手くやってくれて私はもう1人のガードを脱落にさせて旗を取った。
ここまで説明すると、クリスタルカレッジの3人は嘘だろ……と目を見開いた。
また、スクリーンにも抜かれていたようで元に戻った会場中がざわついていた。
「分身魔法は、魔法における3大難問のうちの1つだぞ」
「それを学生が?」
関係者席の方もざわついている。狙っていたわけではないけどラッキーかも。
これきっかけで推薦貰えないかな?
それからは人に囲まれて身動きが取れなくなってしまったので、この後のトレジャーハントの観戦は諦めて、ホテルに戻った。
すぐに表彰式があったが、皆ここ1週間の疲れが溜まっていたこともあってウィンチェスター専用のロビーに着くなり眠ってしまった。トレジャーハントの間だけ休憩して戻るつもりだったが、結果的に私たち1年は仲良く表彰式をすっぽかしてしまった。
「あー大問題児の1年生だー」
「エドガーに怒られてきたの?」
会議室から出てきた私たちにメアリとソフィアが声を掛けてきた。
大問題児って……そりゃ表彰式すっぽかしたのは申し訳ないと思ってるけど、疲れてたんだしあんなに怒らなくてもよくない?
私たちが口々に不満を言うと、ソフィアが「はいはい、分かったわ。とりあえず着替えてきなさい」と言うものだから、私たちは揃って首を傾げた。
見回すと、今の私たちは魔力感知スーツを着たままだ。あぁ、もうすぐ夕食だし制服に着替えないといけないのか。私がそう口にすると、メアリとソフィアが呆れたように言った。
「何言ってるのよ。夜会服に着替えるのー」
「交流パーティーがあるって言ってたでしょ?パーティーまで欠席したらそれこそもっと怒られるわよ」
仕方ない、と皆ホテルの部屋に戻って行った。
私はそもそもパーティーに参加する気が無かったので仮病を使おうかと考えていると、それを見透かしたかのようにメアリが口を開いた。
「エマ、私のドレス貸してあげる。メイクもするからついてきて。……どうせ、服がないから参加しないつもりだったんでしょ?」
私だって普通の女子大学生だったわけだし、ドレスやパーティーといったものに興味が無いわけじゃない。セドリックやアルバートに頼めば用意してくれたかもしれないが、流石に頼みづらいし、攻略対象を頼るヒロイン的なふるまいはしたくなかった。
出られるのなら出てみたいし、怒られたくもないので、大人しくメアリについて行く。ちなみにソフィアはソフィアで自分の部屋に準備をしに行った。
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貸してくれるのは嬉しいけど……これ、派手すぎない?いや、派手じゃないけど目立つっていうか。
この世界ではドレスは所謂Aラインくらいの膨らみのあるものが多い。
しかしこれは……
真っ黒なマーメイドラインのイブニングドレス。レースやビジューといった装飾などは一切ないが、ラインが美しくシルクのような生地の光沢感がいかにも一級品ということを示している。メアリは着ていそうだけど、エマはどちらかというと童顔だし、ヒロインが着るにはクールすぎる気がする。
しかし、メアリの見事なメイク技術によってエマの顔はすっかり綺麗なレディへと変貌した。
付けられたネックレスやイヤリングが光を反射している。
久しぶりの高いヒールに苦戦していると、メアリに置いて行かれてしまったため、私は1人でパーティー会場へと向かう。既に若干遅刻気味なので、エドガーに怒られないようにと願いながらヒールを鳴らした。
会場に着くと、優勝校であるウィンチェスターアカデミーのカラーである紫の装飾を施された会場の前方のステージでエドガーがスピーチをしているのが見えた。完全に遅刻だなコレ。
多くの人が扉が開く音に反応する。ステージ上のエドガーとも目が合った。
あーあ、絶対怒られる。セドリックやレオンもこちらを見て驚いている。
せっかく来たパーティーで怒られるなんて憂鬱以外の何でもない。
注目を浴びてしまったのでせめてみすぼらしく見えないように、背筋を伸ばして出来るだけ優雅に歩く。専門教育を受けたご令嬢たちに比べたら全然なんだろうけど、やらないよりマシでしょ。
のどが渇いたのでドリンクを取りに行って、エドガーのスピーチに耳を傾ける。
よくある定型文だけど、工夫を加えることで聴衆を引き付ける。流石は商家の息子。やっぱり交渉とかも上手いのだろうか。
そんなことを考えていると、エドガーはスピーチを終えたようで拍手が沸き上がった。私も拍手をしていると、遠くからエドガーが向かってくるのが見える。
はい死んだ。スピーチは邪魔したけど、悪気があったわけじゃないんです。ごめんって。
頭の中で謝っていると、目の前で誰かが片膝を床に付けていた。
「美しい人。貴方と最初に踊る名誉を、どうか僕にくださいませんか?」
黒い髪に青い瞳。漆黒のスーツに身を纏った男。
……レオンじゃん。
一国の皇子が平民に向かって膝をついている。周囲がザワザワとしているのがわかる。
踊るって社交ダンス的な?私踊れないけど。
しかし、ダンスの誘いを断られるのは誘った男性には屈辱だ。美しい女性にダンスを申し込み、満足させることこそが男の名誉。さっきメアリが言っていた。
これだけの人数が見ている手前、皇子を振って恥をかかせるわけにはいかないよな……
私は諦めて覚悟を決めた。
「はい、喜んで」
私がそう答えると、会場の中央にエスコートされた。
差し出された手を取ると、優雅な音楽が始まる。周りの人たちは私たちを円形に囲んでいる。
……え、まって。私たちだけ?流石にきつくない?
「あのレオン……皇子。私実は踊れなくて……」
小さな声でそう言うと、レオンはフッと笑って「任せろ」と体を引き寄せた。
近い近い。顔がいいんだから自重してよ!
ダンスが始まると勝手に体がステップを踏み始める。
すごい、流石皇子。エスコート完璧じゃん。
周りからホゥ、とうっとりとしたため息が聞こえる。
「今日の試合は見事だった。俺の負けだ」
「……ありがとうございます」
そんな警戒すんなよ、と笑われるが無理な話である。
というかさっきの紳士ぶりは何処へ?
「ウィンチェスターにも面白いヤツがいたんだな」
「それ、褒めてます?」
「褒めてるだろ。……お前、クリスタルカレッジに来い。今の貴族主義の腐ったウィンチェスターにお前はもったいない」
……え?
突然の申し出に驚いていると、いきなり持ち上げられてターンさせられる。
「それと、俺のことはレオンでいい。近いうちにまた会おう」
曲が終わると、彼は私の手の甲にキスを落として去っていった。
沸き上がる拍手の中、私は呆然とその場に立ち尽くした。




