パワーサープレッション……?
……ん?
「あ、ごめん起こしちゃったー?」
「……エリカ」
エリカが私が寝ていた私の様子を見に来てくれたらしい。
「皆お昼食べ終わってこれからセドリックの試合の応援行くけどエマはどうする?」
「私も行く。……ごめんね、試合の応援行けなくて」
重い瞼を持ち上げて、フワフワしている頭を必死に回す。
もうこんな時間なんだ。結構寝てたな。
「いいのよー!聞いて、パデルテニスも見事予選突破したわ!」
おめでとう!と言ってエリカとハイタッチをした。エリカなら大丈夫だと思っていたけど本当に良かった。パデルテニスは決勝に進んだ時点で4位以上が確定するから、今頃エドガーも大喜びだろうなと思いながら鏡で乱れた髪を直す。
「エマこそすごいじゃん!結局1年の女子で予選突破したの私とエマだけだよ?いきなりでどうなるかと思ったけどやるじゃん!」
「ありがとう。お待たせ、いこっか」
私たちは急いでみんなが待っている馬車へと向かった。
会場に着くと、先に観客席に向かっていた先輩たちと合流する。
「予選突破おめでとう。もう大丈夫なの?」
「ありがとうございます、ソフィア先輩。元々ちょっと疲れてただけなので」
あの魔法はとにかく魔力消費が激しい。魔力をそのまま降らしてるわけだから、範囲が広く、時間が長くなるほどより魔力を消費する。できるだけ消費量が少なくなるように調整したけど、流石に疲れた。魔力保有量から見ればそこまで大量消費しているわけじゃないんだけど、ぶっつけ本番はきつかったかも。
「エドガー先輩はいないんですか?」
「エドガーならまだ眠いってさ!夕食には部屋から出て来ると思うぞ!」
残念。一緒に明日の試合の作戦考えてもらおうと思ってたのに。
それにしてもパワーサープレッションってすぐに決着つくな。どっちが勝ったかもわかりやすいし。
個人種目の中でウィザードシューティングと並ぶ人気だと聞いてなぜだろうと疑問に思っていたが、なるほどこれは面白い。
「エマちゃん。俺とエリカはイザナの応援行くけどエマちゃんはどうする?先輩たちはこのままパワーサープレッション見るって言ってるけど、正直セドリックの応援はいらないだろ」
アルバートに声を掛けられて、同時に行われているフィジカルダービーにもうすぐでイデアが出場することを思い出した。しかし、セドリックと約束?のようなものをしてしまったのでこの場を離れるわけにはいかないと伝えると、アルバートは不機嫌そうに「俺のファーストポイントは絶対見に来いよ」と言ってイザナの応援に向かった。
次々と試合が行われていく。セドリックは運よくシードを引き当てたので出場するのは第2予選から。
ウィンチェスターアカデミーの生徒は第1試合で2人のうち1人が第2予選への進出を決めていた。
パワーサープレッションは、一対一で行い、合図で同時に一つの的に魔法を当てる競技。所定の場所まで押し切った方が勝ちとなる。的というのは中央にある大きな球体のことで、選手はパネルに手を当てて魔力を流し込む。流し込まれた魔力はそのまま球体に送られ、球体は相手の方へ転がっていく。同時に流し込むためより魔力の強い方、パネルに魔力を送る速度の速い方が球体の主導権を得る。
球体の通る道はレーンのようになっており、中心線から10メートル離れたところまで転がす必要がある。運動会で例えると綱引きのような競技で、基本的に決着がつくのが早い。遅くても10分ほどで勝敗が決まる。
「エマ、次セドリックよ」
ソフィアに言われて自分が寝ていたことに気づく。やばい全然見てなかったわ。
セドリックの相手はカーライルアカデミーの生徒。あの長いローブめっちゃ可愛い。
ダメダメ、ちゃんと応援しないと。とりあえず私も見んなと同じように頑張れーと言っておいた。
『第2予選、第3試合。開始まで3・2・1』
ピー!という合図とともに両者ともパネルに手をかざして魔力を注ぐ。
どちらも速いがやはりセドリックの方が上だ。
中央の球体はゆっくり相手の方へと移動を開始する。
相手も負けじと魔力を注ぎ込むが、焦ってペース配分を間違えてしまったのか、ある時急に注ぎ込まれる魔力が少なくなる。セドリックはこの時を待っていたかのように笑って、パネルに送る魔力量を一気に増やした。動きを止めていた球体は一気に加速して、そのまま相手の10メートル地点まですごい速度で転がった。
ワァァァ!
観客席ではものすごい歓声が沸き上がる。
「流石にすごいわね……」
メアリがそう言うのも無理はない。
未だやみ止まない歓声を背に私たちはセドリックと待ち合わせをしている会場の入り口に向かった。
「お疲れ!すごかったぞ!」
セドリックが現れると、イデアは嬉しそうにセドリックに抱き着いた。同じ競技に出場することもあってかイデアはとても誇らしそうにしている。
「ちょっとイデア、疲れてるだろうに抱き着いたら可哀そうよ」
「大丈夫じゃない?もうちょっとだけ拝ませて……」
「セドリック。おめでとう」
「先輩方、ありがとうございます」
それぞれがセドリックにねぎらいの言葉をかける。
……でも拝むってなに?ソフィア先輩。
「えっと……おめでとうセドリック。すごかったね」
とりあえずその疑問は無視して私もセドリックに声を掛けた。
最後一気に転がしたのかっこよかった、と伝えるとセドリックは何故か耳まで真っ赤にして消え入りそうな声で何かブツブツ言っていた。
え、なに?普段手にキスしたりしてくるくせに?嘘でしょ。
私がセドリックをガン見していることにセドリックも気付いたのか、慌てて「もうすぐアルバートのファーストポイントの試合も始まるよね?急がないと席なくなっちゃうよ」と言って一人で会場の方へと歩き出した。まだ試合まで1時間以上あるけど……アルバートは第3試合だし。
まぁ、いいか。
そう思って私も後を追うと、先輩たちも訳が分からないといった様子ながらも後ろをついてくる。
「それにしても今年のクリスタルカレッジ異常じゃない?」
メアリがそう言うと先輩たちはみな確かにと頷いた。
私はどういうことか分からず聞くと、クリスタルカレッジはもちろん強いのだが、去年までは少し厄介な敵くらいの感覚だったのだという。しかし今年は今のところ全競技においてクリスタルカレッジの生徒が予選を突破している。種目によっては出場した3人全員が予選を突破しているものもあるらしい。
「確かに今年の1年は強かったけど、それだけじゃないと思うんだよなぁ」
イデアの言葉に皆が頷いた。既に戦ったセドリックは、魔力や技術自体は普通だったが使ってくる魔法がどれも知らないものばかりで苦戦させられたと言っている。
……私も戦ったって?わかるわけないじゃんそんなこと。
今日明日の試合次第じゃ団体戦の作戦も変える必要があるかもな、とアクアが言った。なんでも新人戦は1年生のみで行うため、すべての選手がノーマーク。本戦と違って得意魔法や戦い方のスタイルなどがお互いに一切分からない。そのため私たちが立てた作戦も相手次第では変える必要があるらしい。稀なケースらしいが。
……そういうの、フラグって言うんですよ。




