出会っちゃった……?
来月の定期試験では必ずいい点数を取らなくては。
成績は全ての順位が廊下に張り出される。ご丁寧に最下位まできっちりと。
とにかくこの1ヶ月で猛勉強して少なくとも平均くらいには上がらないとまずい。
そう思って私は授業が終わるとすぐに図書館へ直行した。ウィンチェスターアカデミーの図書館は校舎の建物とは別に図書館としての建物が建設されているため、とてつもなく大きく、その蔵書数は10万冊を軽く超えるという。
私は適当な席に座ると荷物の中から動物言語学の教科書を取り出した。この学校では、日本で言う数学はそのものとして存在しているものの、それ以外の教科は無いに等しい。生物や化学、物理は錬金術や魔法薬学に若干近いところがあるくらいだ。ウィンチェスターアカデミーは4年制で、1年生は15歳で入学してくるが、卒業後はみんなそのまま就職なり結婚なりするので高校大学というよりは高専に近いかもしれない。日本で経済学を勉強していた私からすると、数学は正直高校レベルで簡単だが、それ以外の占星術、動物言語学、古代呪文学etc.といった授業は全く理解することが出来ない。というか先生がエレメンタリースクール(多分日本の小学校か中学校にあたる)でもやったと思うが、なんて話している内容すらわからない。
この体は本来主人公が出来ることはできるようになっているようなので、恐らく主人公はこれまでもまともな教育を受けられなかった、もしくはサボっていたのだろう。
そのため動物言語学の教科書を取り出したはいいものの、全く理解できない。字は読めるのに何一つ言っていることがわからない。案内看板を日本語のままローマ字で書いたときの外国人ってこんな感じなのだろうか。
動物言語学においてその基本は、原子的な単位としての音声、および語彙を入力とし、それらの組み合わせによって構築される構造を理解することに始まる。本書では入門であるネコ語について音声的ユニットの構造構築に関わる音韻部門、語彙的ユニットの構造構築に関わる統語部門、そしてそれらを解し会話を可能にさせるための聴音部門と再現部門の4部門に分けて解説する。
1ページ目からこれ。いや、わかるんだけどわからないんだわ。下に書いてある単位とか、なにこれって感じ。センチメートルとか秒速にしてよ。仕方ないので一つ一つの語句を辞書で調べながら読む。
「これ、キリないんじゃない……?」
放課後3時間かけて進んだページは10ページほど。語句の意味が分かってもそれまでの基本が分かっていないからそれをさかのぼって調べようとするとどうしても時間がかかってしまう。例えるなら、数学でlogが指数の表現方法を少し変えただけだということはわかっても、指数が何かわからないのでそもそも指数から勉強しなければならないといった具合。
テスト範囲は全部で50ページ。テストまでは25日。
1年生のテスト科目は、数学理論・動物言語学・錬金術・魔法薬学・古代呪文学・現代魔法学・魔法工学・占星術の8科目。テストのない科目もあるので12教科近くあった高校時代に比べると特段多いものでもないが、8科目中7科目が基礎の基礎すら分かっていない状態。
これ、平均どころが最下位脱出できるの……?
しかし、嘆いていても仕方がないので毎日始業前の1時間と放課後4時間図書室へ行きテスト勉強をすることにした。もうすっかり司書の先生にも名前を覚えられてしまった。
今日の放課後は古代呪文学の勉強をすることにした。正直言うとこれが一番手も足もでない。なぜなら古代呪文は全て古代語のため、教科書も古代語で書かれている。つまり古代語の読めない私にとっては、まず教科書の翻訳から始めなければならないのだ。
お気に入りの席に荷物を置くと、誰も使わないような重い古代語の辞書を奥の本棚から引っ張り出してくる。梯子を使わないと届かない位置にあるので、正直怖い。
重い辞書を持ちながらだとバランスを崩して落ちそうになるんだよなぁ……
いつものように移動式の梯子をガラガラと移動させながらそんなことを呟く。
「なら、僕が取ろうか?」
「……はい?」
声が聞こえた方向を見ると、そこには白い髪に赤い瞳のイケメン。少し低めだけど甘い声。間違いない。マジプリの攻略対象の一人、公爵家の一人息子、セドリック・バートンだ。
うっわ、超イケメン。ほんとに存在したんだ。
私があっけにとられているうちにセドリックは、私が持ってきた梯子を使って軽々と古代語の辞書を手に取った。
「はい。どうぞ?」
「……あ、ありがとうございます」
うわぁ、かっこよ。ゲームで見たときより100倍カッコいいわ。
セドリックは私に辞書を渡した後、その表紙を見て何か不思議そうにしていた。
おそらくなぜこれが必要なのかと思っているのだろう。
「古代語の辞書を使うってことは、何か高等の魔法でも使うの?」
セドリックは純粋に気になっている様子だった。
「いえ……その、古代語が読めなくて。古代呪文学の勉強をするのに必要なんです」
私がそう説明すると、セドリックは表情にこそ出さないものの、少しだけ目が見開かれていた。そうだよね、古代語は貴族の教養の中でも基本中の基本。貴族しかいないこの学校じゃ、古代語が読めないなんて人は居ないだろう。だから学校側も古代呪文学の教科書を古代語で表記してるわけだし。
というかこの人、たしか学年主席の天才だったよね?うわ恥ずかし。この学校にこんなレベルの生徒がいるのか、とか思ってそう。
「……そうか、ならその辞書よりもこっちの辞書の方が易しいから使いやすいと思うよ」
そう言って彼は少し薄めの辞書を見せてくる。
お礼を言って受け取ると、フッと優しそうに微笑む。
じゃあ、と言って立ち去ろうとする彼を、私は咄嗟に引き留める。
「あの、エレメンタリースクールの教科書って持っておられませんか?もし持っていらっしゃるのなら貸していただきたいのですが……」
司書の先生にほとんどすべての教科の基本がかみ砕いて説明されていると聞き、ずっと読みたいと思っていたエレメンタリースクールの教科書。しかし、優秀な生徒の集まるウィンチェスターアカデミーにそんなものを置いているはずもなく。国から支給された手持ちのお金も生活をするのに精いっぱいで購入することも出来ず、諦めていたのだ。
「わかった。実家に連絡してみるよ。残っていたら君にあげる。どうせ使わないしね」
古代語が読めないと言ったことから察してくれたのか、何に使うのかなどは聞かずすぐにそう言ってくれた。
「ありがとうございます!」
「僕はセドリック・バートン。君と同じ1年生だ」
「エマ・シャーロットです。よろしくお願いします。セドリック様」
「セドリックでいいよ。エマ。またね」
優しく微笑むと彼は難しそうな本を手に取って、そのまま図書館から立ち去った。
ゲームの設定ではクールな天才だったけど、話してみると意外と物腰の柔らかい人だったな。
それにしてもこんな出会いイベントなかったよね?乙女ゲームの世界ではあるけど、乙女ゲームと同じではないのかな?悪役令嬢も出てこないし……
あれ?でも最後の「セドリックでいいよ。エマ。またね」ってセリフ、どこかで聞いたことあるような……
あ!セドリックルートの時の出会いイベントで、セドリックが別れ際に主人公に言うセリフ!
あれからセドリックは主人公に興味を持ってちょくちょく会いに行くようになるんだよね。
既視感あると思ったらあの時と同じだったのかぁ……やっぱりセドリックはセドリックなのね。
セドリックがいるってことは他の攻略対象もちゃんといるってことだよね?
勉強は死ぬほど大変だけど、あれだけのイケメンがあと4人も同じ学校に存在してるってだけで眼福だわ。異世界最高。
そんなことを考えながら、私は自分の席に戻りセドリックに教えてもらった辞書を使って勉強を始めた。




