バトン
「……ドッペルゲンガー見たら死ぬって本当かな」
「ふふっ、死なないよ」
え、嘘、声に出てた?
するとそれすらも聞こえていたようで「ばっちりね」と笑われる。
「こっちの世界のドッペルゲンガーがどんなものか知らないけど、少なくとも私の世界ではドッペルゲンガーって言うのは魂の形が瓜二つの存在のことを言うの。だから必ずしも見た目が全く一緒とかってわけじゃない。まぁ外見なんてすぐに変わるしね」
私の世界、つまり乙女ゲームの中のことだ。
確かに外見なんてメイクや整形でいくらでも変わるし、違う世界の人間がずっと一緒の外見なわけないか。
「そっちの世界は辛い?」
「え?」
「実はね。ここに来るときにこのゲーム機を媒介にしたせいか、私がマジカルプリンスを起動するとゲームのシナリオじゃなくて貴方のことが映し出されるようになってたの」
だから、今までの貴方の苦労や努力はずっと見てきた。
「何度も申し訳ないって思ってた。私の身勝手で、いきなり違う世界に連れて来られて。……でも、同時に羨ましかった。貴方は当時の私よりも何も持っていないはずだったのに、周りの人をどんどん巻き込んで味方にしていく。あっという間に貴方は皆の輪の中心にいて、私の欲しかったものを手に入れていた」
環境を言い訳にしてきたのが馬鹿馬鹿しい。結局は私の問題だったのに。
「ごめんなさい」
彼女は深く頭を下げてきた。
「この魔法を解くのはそこまで難しくない。もしも貴方が望むのなら私はいつでも元の世界に……」
「……ねぇ、こっちの生活は楽しい?」
「……え?」
「妹や大学の友達とは上手くやれてる?バイトは?」
彼女は私の知識や記憶を一切持ってはいかなかった。そのおかげで私は何とか生きて来られたわけだし。だから、彼女はこの世界のことを何も知らない。いきなりこの世界に来て相当苦労したはずだ。常識から何からこの世界とゲームの世界ではあまりにも違いすぎる。
「もちろん最初は苦労したけど、貴方のこれまでの努力を殺すわけにはいかないから必死に努力したわ。……今は特に不自由なく生きていけてる」
「……楽しい?」
「えぇ、それは勿論……」
何を聞いているのだろう、そう言いたげな表情で彼女は首を傾げる。
私は軽く息を吸った。
「最初の質問に答えるね」
戻りたい?
「もちろん戻りたいよ。当たり前でしょ?妹も友達もいる。ここまで頑張ってきたこともある」
「そうよね……」
彼女は俯いた。そして解除の呪文を探そうと、本棚からこちらに来るとき持ってきたと言う魔法書を探し始める。
「最後まで聞いて!」
「えっ、あ、うん」
大きな声を出した私に驚き、彼女は持っていた本を落とす。私はそれに構うことなく続きを話し始めた。
「でも、向こうの世界も悪くない。友達もいるし、夢に見ていた魔法もある。それに、今成し遂げたいことが出来た」
「……え?」
「だから、もしあなたがこっちの世界に居たいなら私は乙女ゲームの世界に残る」
「……そんな、いいの……?」
彼女は泣きそうになる目を何とか堪えながらそう言った。
私は自分の顔が泣きそうになっているのが何だか面白くて、つい笑ってしまった。
刹那、自分の部屋の風景がガラスのように割れ、消えていく。
あぁ、ゲームの世界に戻るんだろうな。直感的にそう思った。
おそらく、彼女と会うのもこれが最初で最後。妹のこと、友達のこと、そしてお母さんのこと。たくさん伝えて欲しい伝言はあったはずなのに、心配そうな自分の顔を見るとこの言葉しか出なかった。
「貴方が羨ましくなるような世界を作ってあげる」
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目を覚ますと、そこには見知った顔がいくつも並んでいた。
さっきはいなかったルーカスまで。
皆私を見ると、喜び良かったと安堵していた。喉の奥が熱い。あぁ、ここが私の生きる場所なのだ。この人たちと、この世界で立っていくのだ。
「ただいま」




