レッスン
「それにしてもこんなに早いとは思わなかったわ」
彼らを見送った後、朝食というには遅すぎるので私たちは庭で優雅なブランチを楽しんでいた。
「それさっきも言ってたよね?どういうこと?」
え、聞こえてたの?口に出したつもり無かったんだけど……
どうやら無意識に口からこぼれてしまっていたらしい。ということはあれが彼女の素なのかな。
「戴冠式って1番最後のイベントよ」
「あぁ、隠しキャラの攻略ルート?」
「そう。過程はちょっと違うけどね。まぁそこは今まで原作とは違う事をしてきたからでしょうけど」
彼女はブツブツと何かを言いながら紙にペンを走らせた。
声を掛けても返事がなく、しばらく待っているとどうやら書き終えたらしくこちらに体を向けた。
「これ見て」
そう言われて受け取った紙を見るとそこにはおそらく隠しキャラの攻略ルートのシナリオだと思われる出来事が箇条書きにされていた。
「所々曖昧だけど大まかなストーリーはそんな感じ。どこまで原作通りに進むかは分からないけどね」
確かにここまでの流れや戴冠式に参加することになった経緯は今とは全然違う。戴冠式のドレスは1番最後に攻略したキャラから贈られるって書いてあるけど、これもおそらくこの通りには行かないだろう。そもそも誰一人攻略なんてしていないし。
「ヒロインの動き方は追々教えるわ。とりあえずはマナーレッスンね」
「……よろしくお願いします」
私は交換留学時のレッスンを思い出し、痛くなった頭を無視してそう言った。
ー-----------------
「どうしたの?元気ないんじゃない?」
疲れた?と聞いてくるアメリアに笑って大丈夫だと返事をする。
戴冠式までもうあと2日。明日にはここを出てクリスタル帝国へと向かう。
「緊張してる?」
「そういう訳じゃなくて……」
「ん?」
彼女は優し気な表情で私を見つめる。
この世界にいるのもあと2日。あと2日でここの人たちともお別れだ。
別にそれが嫌ってわけじゃない。ただ……
「なんか、無責任な気がして」
彼女は黙ったまま私が続きを話すのを待っている。
「魔力至上主義がどうとか革命がどうとか」
この世界の人たちは一生それと向き合っていくのに。
私は、その原因の研究をして楽な生活をしたいっていうだけで魔法競技大会に出場して他のもっと頑張っている人たちの枠を奪って。アスカニア王国から私に与えられた役目である婚約すら全うする気が無い。
「かき回すだけかき回して、結局帰るのは……何だか気が引けて」
この世界にはいろんな理由でいろんな人が苦しんでいて、それを見て手を差し伸べるようなフリをしながら無責任に消えていく。そんな自分が嫌だった。
「なんだ。そんなこと?」
「そんなことって……」
「そんなの気にしてもしょうがないでしょ。貴方は元の世界でやるべきことをやりなさい」
それに半分くらいは私が背負ってあげられるしね。
そう言い切ったアメリアはかっこよかったけど、私は彼女にただ笑い返すことしか出来なかった。




