謝罪
午後の心地よい風が吹く陽だまりの中。初夏の柔らかな日差しが窓から優しく差し込んでいる。
書類や本が乱雑に積まれた部屋の中で、唯一いつもの風景を残している談話用のソファーにはセドリックと同じ赤い瞳を揺らす美少女が座っていた。
彼女の名前はエリザベス・バートン。1年生主席の成績を誇る彼女は、セドリックの従妹であり侯爵家のご令嬢だ。幼いころから躾けられてきたであろう完璧な所作は見るものの目をつい奪ってしまうほど美しく、ソファーに腰掛ける動作1つをとってもその気品はあふれ出ていた。
今私はそんな彼女に見つめられながら紅茶を淹れている。
いいや、見つめられていると言うより睨まれている。
正直に言おう。すごく気まずい。
私に話があると言うので立ち話ではなんだからと生徒会室に招き入れたのはいいものの、現在生徒会室は資料やらなんやらで散らかっており、何とか死守していたソファーに誘導した。本当は仮眠用に死守していただけだったが、この時ばかりは過去の自分に拍手したい。
「……どうぞ」
ローテーブルにカップを置くと、彼女は流れるようにそれを口に運んだ。
私も向かいのソファーに腰を下ろすと、彼女は言うタイミングを見計らっているのかソワソワとした様子を見せる。
彼女が話し出すのを待とうと私もカップを手に取り紅茶を啜る。話というのは十中八九この間のことだろう。セドリックが謝罪しに行くようにときつめに叱ったと言っていたからほぼほぼ間違いない。
「……貴方は地位が欲しいの?」
「……へ?」
私はまさかのセリフに素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
「だってそうでしょ?入学してからずっと貴方のことを観察していたわ。貴方が関わるのはウィンチェスターアカデミーでも高い身分の者ばかり。それにあの女嫌いって有名だったレオン皇子が婚約なんて」
この学校では身分による優遇はしないと言っているし、言葉遣いなども原則みな平等だ。もちろん先輩後輩の関係はあるけれど。でも実際そういう訳にはいかない。強制されているわけではないが、誰もが自然と自分と近い身分の者と親しくする。座る席も順番も決められているわけではないが、暗黙の了解のようなものは存在する。中には身分が高いのに下の者と仲良くしたり、魔力や勉学の才によってそのハンデを感じさせない生徒もいるがごく一部だ。
まぁでも私もその一部に入っているわけだが。
だって仕方ないじゃん。私には社交界の知識が無いから誰がどんな身分かなんて知らないし、私が庶民だって知りながら差別せず接してくれる人は皆上流階級の人だったんだから。
この世界に来て改めて実感したのは、上の人ほど驕らないし余裕があると言う事。元の世界でも、中途半端な金持ちは金持ちアピールするけど、本物の金持ちはそれに執着がないからすごく穏やかで嫌味が無い、なんて話を耳にしたことがあったが本当だった。
実際私も何度か身分を理由に絡まれたことがあったが、それは全部貴族の中ではそこまで身分の高い人ではなかった。
「言いたいことは分かりました。けど、私は彼らの身分を理由に親しくしているわけではありませんよ」
「……まぁ貴方はそう言うでしょうね」
まぁいいです。
彼女はため息をついて紅茶を飲み干した。
「先日は不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。この度の非礼、お許しください」
「あ、いや……」
深々と頭を下げるのでどうしていいか分からず戸惑ってしまう。
彼女はそのまま十数秒下げっぱなしで、やっと上げたと思うと今度はまたいつもの調子で話しかけてくる。
「そう言えば、お願いがあります」




