ピクニック……?
誰も赤点を取ることなく、無事にテストは終わった。
そして今、私たちはアルバートの家に来ています。
事の発端は、テスト終わりの練習で、エリカが「せっかくテスト終わったんだからどっか遊びに行きたい!」と言い出したこと。するとソフィアがゆっくり本が読みたいからやるならせめてピクニックだと言い、この近くにあるアルバートの家の庭が湖があってピクニックするのにちょうどいいとアルバート本人が言い出したため、今に至る。
大会まであまり根を詰めすぎるのも良くないからと、今日ばかりはインドア派のエイドやソフィアも連れて来られた。ちなみに私も本来はエイドの研究室に籠ってエイドと試合で使う魔法の研究をする予定だったので若干不満ではあるが、セドリックとアルバートが黒い笑顔で「来るよね?」と言ってきたので断れるわけもなかった。まぁエイドも来るならどの道研究できないからいいんだけど。
この間セドリックがくれた服を着て寮の前の噴水で待っていると、流石は宰相家。セドリックの家のとは少しデザインが違うが、一目で高級だとわかる馬車が迎えに来た。馬車は全部で3台で、私はソフィアとメアリ、エリカの3人と同じ馬車に乗った。今まで女の子との接触はできるだけ避けてきたため、短い時間ではあったが久しぶりにガールズトークのようなものが出来て結構楽しかった。
アルバートの家に着くと、皆前回の勉強会と同じようにそれぞれが持ち寄った食べ物を広げ、シートの上で食べた。どれもすごく美味しかったけどやっぱりアクアの作ったタルトは見た目からしてプロのモノとしか思えなかった。ほんと女子力高すぎ……
お腹がいっぱいになると各々が思い思いのことをする。イデアはイザナに誘われて筋トレをしているし、ソフィアは日陰で読書をしている。エリカはメアリに写真を撮ろうと誘われて湖の方へ。エイドとアクアはセドリックに乗せられて向こうでチェスを始めた。
「エマちゃんは何するの?」
私は昼寝でもしてようかなと思っていると、同じくまだシートに残っていたアルバートが声を掛けてきた。アルバートにはできるだけ接触しないように気を付けてきたこともあって、あんまり話したことないなと今更ながら思った。
特にやることもないから寝ようかなと思ってたと伝えると、もしよかったら家を案内しようかと誘われた。普段なら無駄な接触はしたくないので断るところだが、ここは学校ではないし周りから注目を浴びることが無いので了承した。折角誘ってくれたし、何よりこんなデカい家見たら色々探検したくなる。ちょっとやそっとの接触じゃゲームのような恋愛展開にならないことは、エドガーやセドリックの件で判明しているし。
アルバートが差し出してきた手を取ると、彼は流れるような動作で私の手の甲にキスを落とした。今までの私なら間違いなく赤面していたところだが、今の私はセドリックのことでだいぶ慣れているし、チャラ男アルバートにそんな気持ちが無いことは重々承知しているため今更反応したりはしない。乙女ゲームの世界なんてこんなもんだよね。
アルバートにエスコートされながら歩き、最初に案内されたのは温室だった。ガラス張りの大きな建物。私は学校にある温室と比べても遜色ないその大きさに驚いた。中に入ると、様々な植物や薬草が適当な温度と環境で管理されている。よほどちゃんと知識のある管理者がいるのだろう。教科書に育てるのが難しいと書かれていた薬草たちがいたるところにある。
アルバートは私が聞くとその植物について一つ一つ丁寧に説明してくれる。聞くとこの温室を管理しているのは彼なのだという。この間も思ったけど、アルバートって軽薄な態度の割にはしっかりしてるよな。確かテストでもかなり上位の成績だったし。
「兄さん!」
「……リアム」
「おかえり!そちらの方は?」
「あぁ、彼女もウィンチェスターアカデミーの生徒で今度魔法競技大会で同じ競技に出場する……」
「エマ・シャーロットと申します。お初にお目にかかりますリアム様。アルバート様とはフラッグサバイバルでご一緒させていただく予定です」
こんな硬い喋り方人生で初めてかも。でもここは学校じゃないし、いつも通り喋って後で何か言われても面倒だから仕方ない。身分制なんてなくなればいいのに。
「こちらこそよろしく。こんな綺麗な方と試合に出られるなんて兄さんが羨ましいな」なんてお世辞を微笑んで聞き流す。リアム・グレンジャー。2歳年下のアルバートの実の弟。幼いころから天才と言われ、体の弱かったアルバートに代わって宰相家を継ぐのではないかと噂されていた。容姿はアルバートとよく似ているが、纏っている雰囲気はアルバートのそれとまるで違う。
「兄さんはどうしてここに?」
「どうしてって、ここは俺の管理している温室だぞ?」
「……あれ?兄さん聞いてないの?ここは僕が管理することになったんだよ。兄さんに代わってね。……いいよね?兄さん」
その瞬間、アルバートの体が一瞬揺れたのを私は見逃さなかった。でもすぐに青ざめていた彼の顔はいつもの明るい顔へと変わった。
「そっかー。いい加減な俺よりお前の方が適任だよな!じゃあ後はよろしく頼むわー。エマちゃん、次のとこ案内するよ!」
そう言ってアルバートは私の背中をグイグイと押して温室を後にした。
「次どこ行こっかー」なんて言っているが、どうしてそんな無理をするんだろう。
「アルバート」
「なになに?エマちゃん」
「……どうして何も抵抗しないの?」
しまった。と思ったのは、既に口からその言葉が出たあとだった。
アルバートの表情が無くなっていく。
「みんなに期待されてるエマちゃんにはわかんないだろうけどさ。周りに優秀な人間がいると、普通の結果じゃ劣等生なんだよ。俺昔から体が弱くてさ、弟が後継者候補になってちやほやされて。元気になってからは一応俺が後継者候補に戻ったけど、今も弟の方がいいって、皆言ってるよ。両親にもとっくに見放されて連絡すら寄越さない。俺が家に戻っても会おうとすらしない。……いつか失うくらいなら、自分で捨てたほうがよっぽど楽だろ」
気持ちはわかる。私も優秀な妹を超えたくて、頑張って勉強したけど結局勝てずにグレてしまった時期があるから。だからわかるよ?君の気持ちは。でもさ、そんな私が言うのもなんだけど……
「だから軽薄そうなフリしてるんだ。女たらしで努力もまともにしないどうしようもない人間だから、当主の座を弟に奪われても仕方ないって?すごく真面目な自分に嘘ついて?……馬鹿じゃないの?やる前から諦めてんじゃないわよ」
あーあ、言っちゃった。これもしかしたら不敬罪とかで捕まったりする系のやつかな?
「誰にでも好かれて、才能もなんでも持ってる君にそんなこと言われたくない!使用人にまで馬鹿にされて、その上努力してみっともなく弟に後継者の座まで奪われたら……」
アルバートは珍しく怒りを露わにして、叫ぶように言った。
謝った方がいいかな?でもどうせ罪に問われるなら今更もう一言二言言ったって一緒だよね。
「私が誰にでも好かれる?私のことなんか嫌いな人の方が多いわよ。才能もなんでも持ってる?そりゃ魔力はちょっと多いかもしれないけど、それ以外に持ってるものなんかないわ。家柄に知識、教養。何でも持ってるのはアルバートの方でしょ?私はアルバートが今までどういう扱いを受けてどうやって生きてきたかも知らないけど、欲しいものは欲しいって言わないと手に入らないよ?」
あと頑張ることはみっともないことなんかじゃない、と付け足すと、アルバートは泣いていた。
流石に言い過ぎたかなと思い、声を掛けようとすると、アルバートは涙を拭った。
「ハハッ、でも今更態度変えるのは難しいかも」
「別に変えなくてもいいんじゃない?それももうアルバートの一部なんだし。というか弟に後継者の座取られたら家出ちゃえばいいじゃない。貴方を評価しなかったこの家の人たちが悪い。置かれた場所で咲いてやる義理なんかないわよ」
するとアルバートはアハハと大きな声を出して笑った。
「……エマちゃんは強いね」
強い?私が?
そんなこと思ったこともないけど。まぁ怒ってないのなら良かった。
それどころが「もし俺が全て奪われたら俺を拾ってくれますか?」なんて言って髪にキスしてくる始末。ちょっと良い人なんて思った私の心を返して欲しい。
呆れた私は、案内を続けようとする彼を無視して皆のところに戻った。




