勉強会……?
翌日。
今日は休日で授業が無かったこともあり、練習は午前中にして、午後はオフだった。本来なら寝ていたいのだが、テストがかかっているのだから仕方ない。それにどうせテスト勉強が無くてもなんだかんだエイドの研究室に行っていただろうし。
「わからないことがあったら聞いて」
図書室の中の個室は思っていたよりかなり広かった。中心に大きな円卓があり、休憩用のソファーなども置いてある。こんなところあったんだ。私たちはそれぞれの勉強をしながらわからないことがあれば先輩に聞く……はずなんだけど。
「どうして私が聞かれてるんです?」
さっきソフィアが分からないことがあったら聞いてと言っていたけど、まさか私が聞かれる側になるとは思わなかった。……しかも2,3年の先輩に。
「だってエマ数学理論得意なんでしょ?」
「悪い悪い。俺、数学ダメなんだよなー!教えてくれよ!」
「正直教科書レベルなんて容易いけど、エドガー氏が頼るほどの学力なんでしょ?ちょっと見てみたい」
百歩譲って分からないメアリとイデアはいいとして、エイドよ。力試しさせるの辞めてもらえます?一応テスト直前で切羽詰まってるんで。
バッサリ断ってやりたいがこちらも教えてもらう手前無下にはできない。
二次関数に連立方程式。エイドのはちょっと応用した空間図形。うーん、中学生レベルだな。
私はさっさと要点を伝えて自分の勉強に戻る。
「え、エマ氏。この問題その短時間でなんで解けるの?」
確かに応用でちょっと難しいけど有名問題だし。とは言えないからテキトーにはぐらかした。
先輩たちだけでなく同級生たちからも信じられないと言った目で見られる。あのセドリックまでも。
……ごめん。そんな天才だ、みたいな反応されると辛い。
なんだか居心地が悪いので、空気を変えようと私は魔法薬学の問題を質問した。すると、意外にも向かいに座っていたアルバートが教えてくれた。……チャラいだけかと思ってたけど、意外に真面目に勉強してるんだな。教え方も丁寧で分かりやすいし。
それから3時間ほど勉強をして、皆が持ち寄ったお菓子と共にお茶をした。
皆それぞれ好きなものを持ってきていたが、何よりも驚いたのはあのアクアがめっちゃ可愛いアイシングクッキーを持ってきたこと。しかも全部手作りとか女子力高すぎかよ。
「まさかイザナとイデア先輩に勉強を教える会になるなんて思わなかったわ」
エリカがケーキを食べながらそう言った。
「すまん……」
「いやーごめんな?勉強は苦手でさー」
彼女がそう言うのも無理はない。そもそも今回の勉強会は赤点を回避するためのモノ。この学校では、今回のテストで1教科でも赤点を取ると魔法競技大会に出場できないという規則がある。10年連続優勝が懸かってるのに何を言っているんだと言いたくなるが、名門校として赤点を取るような生徒を学校の代表として出場させるわけにはいかないらしい。
しかし、魔法競技大会に出場するような選手は基本学力も優秀である。なぜなら魔法というのは魔法式の構造や呪文を理解しそれを自己処理して初めて発動できるものであり、正しい知識と理解が不可欠だ。よって選手に選ばれるほど魔法を使いこなせる生徒は総じて学力が高い。
それでも万が一のことを考えて毎年恒例で開かれているというこの勉強会。
センスだけで乗り切ってきたイデア。筋肉で何とかしてきたイザナ。この2人がここまで勉強ができないとは。イザナはともかくイデアは去年どうやって乗り切ったんだと思っていたら、去年は選考会落ちで出場できなかったらしい。結局みんなが交代で2人の勉強を見ることとなった。
「まぁまぁ。……そう言えば個人戦の種目の練習って無いの?みんな毎日団体戦の練習に参加してるけど」
個人戦に出場しない私にとっては毎日団体戦の練習があろうと特に問題はないが、個人戦に出場する皆は個人戦の練習はできているのだろうか?
「個人戦は団体戦と違って、練習は完全に個人練習。週に1回だけ皆で集まって試合をする時間があるけど、それ以外で集まって練習することは無いわね」
個人戦は練習がほとんどいらない種目もあるし、と本を片手にソフィアが言った。
へぇ、そうなんだ。まぁ確かにパワーサープレッションは基本的に魔力量をモノを言うし、フィジカルダービーとかも試合前に手の内を晒すわけにはいかないしね。同じ学校の生徒でも戦う可能性がある以上ずっと一緒に練習ってわけではないのか。
「そろそろお開きにしませんか?明日も練習がありますし」
セドリックがそう言うと、自室に戻ったりまだ残って勉強したり、あるいは別の場所に行ったりとそれぞれがそれぞれの場所へと解散していった。
私はもう少しだけ勉強しようと図書室に残ったが、すぐに疲れて自室へと戻った。
ー---------------
テストの結果が張り出される日。
例によって私は人がだいぶ減ってから結果を見に行った。最下位に自分の名前は無い。どんどん上位の方へと目を向けていくと、96位に自分の名前があった。たしか前回は100位だったので成績は上がっている。今回はあまり勉強できていないと思っていたが、日々の積み重ねで基礎は大体固められてきたためどの教科もそれなりにとれていたことが原因だろう。
数学は満点だったし、前回足を引っ張った魔法工学はエイドのおかげで平均くらいにはなった。
……次回も教えてもらおう。
隣にいたセドリックがやっぱりエマは頑張り屋さんだねと頭を撫でる。
いや、嬉しいんだけど恥ずかしいんだってそれ。
「平民ごときがちょっと点数が高いからって調子に乗らないでくださる?」
「そもそも学力も96位で選考会に出場もせずに団体戦のメンバーに選ばれるなんておかしいわ」
後ろからわざと聞こえるような声の大きさで私への悪口を言っている女子グループ。
前の廊下の人たちのグループとは違う。でも、攻略対象の前でやるなんてアメリアの手口に似てるな。
途端ににこやかだったセドリックの顔が冷たくなる。
……マズい。これ何らかのイベント発生しちゃう系?
折角の今までの努力を水の泡にするつもりはないので、私がやるしかないかと悪口を言い続けている彼女たちの方へ向かおうとすると、セドリックは手を伸ばしてそれを制した。
「エマの実力も知らない癖によくそんなことが言えるわね」
「俺たちはエマの実力も努力も知っている!」
「……エリカ。イザナも」
私たちの間に入ってきて庇ってくれたのは、セドリックではなく、たまたまその様子を見ていたらしいエリカとイザナだった。
「エマを団体戦のメンバーに選んだのは生徒会長だ。エマは選ばれたから役目を果たしているだけ。君たち、文句があるなら直接エドガー先輩に言ったらどう?自分が正しいと思っているなら出来るだろう?……僕には君たちがエマに嫉妬して八つ当たりしているだけに見えるけど」
明らかに怒ってるなセドリック。後ろに立っているから表情は見えないけれど、ものすごい圧を感じる。
彼女たちも流石に彼らが私を庇うと思っていなかったのか、驚いてすぐにそこから立ち去った。
「練習だから呼びに来たのにまさかこんなことになってるとはね」
「エマ、気にしなくていいぞ。お前のことは俺たちがちゃんとわかっているからな!」
2人は私のもとへ駆け寄ってくるなりそう言った。
「ちょ、エマ!大丈夫!?」
私の方を振り向いたセドリックが焦ったような声を出す。エリカとイザナも慌てているのでどうしたのだろうと思っていると、頬にあたたかいものが伝っていくのを感じた。
あぁ、そうか。私、嬉しいんだ。
今まで攻略対象たちに優しくしてもらうことはあっても、それは私がヒロインだから。ゲームの影響が出ているのかもしれないと心の中でずっと思ってきた。
「……どうして、庇ってくれたの?」
「友達でしょ?私たち」
「そうだ!友達が困っていたら助けるのは当然のこと!」
でもエリカとイザナは違う。私をヒロインとしてではなく、一人の人間として関わって、その上で友達だと言ってくれる。私はそれがこの上なく嬉しい。
私も、ヒロインとしてじゃなく、エマ・シャーロットとして、この世界で生きていけるだろうか?
私はセドリックが貸してくれたハンカチをビショビショにするまで泣いた。
この世界に来てから泣くことなんてなくなって、涙なんて枯れてしまったのではないかと思っていたがそんなことは無かったみたい。決壊したダムみたいに今まで堪えていた涙が溢れだした。
泣きながら演習場αに向かうと、先に来ていた先輩やアルバート達が、どうしたのとオロオロしながら聞いてくれる。
私は、フラッグサバイバルに出場すると決めて本当に良かったと今更ながら感じた。




