電気ないの……?
「すご……」
至るところによくわからない記号や呪文や魔法式が書かれた画面が広がっている。液晶じゃない画面って初めて見た。日本でもスクリーンみたいに映し出される画面の開発はされていたけど、未だSF映画やアニメの世界でしか実現されていない。これもきっと魔法なのだろう。やっぱり魔法ってすごいな。
あまり詳しくはないけど、これは研究所の中でもかなり設備が整っている方だと思う。学校内にこんな設備の研究室があるなんて流石ウィンチェスターアカデミー。しかもこの部屋はエイド専用の研究室だという。生徒一人に与える部屋?
まぁ教科書に載るくらいの逸材なわけだし、このくらいは当然?なのかもしれないが。
「エマ氏。これがそのプロトタイプなんだけど……」
そう言ってエイドがボタンを押すと扉が開いて、試作品が出て来る。
車というよりは馬車に近い形状。しかし御者を乗せるスペースがないので、馬ではない何か別のエネルギーで動かすつもりなのだろう。
「これ、どうやって動かすんですか?」
エイドは待ってましたとばかりにあるものを取り出す。
「ここから魔力を入れて圧縮して小さい爆発を起こす。それで生まれたエネルギーを……」
すごい。これって……ピストンじゃん!
現代で使われている車の仕組みと一緒。これを化学がほとんど発達していないこの世界で作り出したの?すごい、すごい!やっぱこの人天才だ!だけど……
「車輪はないんですね。でも、この周りに使われてる金属……」
「浮遊魔法をかけてるんだよ。……そう。重すぎて動かすには莫大な魔力が必要で。しかもこれちょっとスピード出すと凹むんだよなぁ。抵抗軽減魔法かけるとまた必要な魔力が増えるし」
確かにそれだと使用者への負担が大きすぎる。形だけなら完成させられるだろうが、実用化には程遠いものになるだろう。改善する余地があるとすれば、周りを覆う金属と本体の魔導回路の最適化。魔法工学の天才だもん。後者はもうやっているんだろう。……だから金属を混ぜ合わせる古代魔法か。軽くて強い金属を作れないかってことね。
となるとやっぱり合金か。そういや友達がなんかやってたな。混ぜ合わせる技術自体は古代魔法で補えるわけだから、材料と配分さえわかれば作れるかな。
でも車のボディーって何が使われてんの?軽くて強いって言ったらやっぱアルミ?
それならジュラルミンがいいかな。
問題は材料が揃ってるかだけど……
「合金でしたらいいものがあります。材料の確認ですがアルミニウムに銅、あとマグネシウムとマンガンってあります?」
「アルミ……なに?銅とマンガンならあるけど」
うっそ。アルミニウムとマンガン無いの?いや、アルミニウムは無いかもと思ってたけども。
ペットボトルあったじゃん。あれもしかしてペットボトルじゃないのか?
そういやこの世界電気ないんだっけ?街灯も石油ランプ的なの使ってたもんね。
魔力使うと常に魔力入れる人が必要になるし。
確かアルミニウムとマグネシウムって電気分解しないと取り出せないんじゃなかったっけ?
じゃあまず電気というものを確立して、アルミニウムとマグネシウムの開発。それから配分を実験してジュラルミンを作る……私、この世界の何年分の科学技術を発展させるのでしょうか。ノーベル賞的なの取って遊んで暮らせないかな?
「エイド先輩。何轍まで耐えられます?」
「え?まぁ、ゲームのイベントが被って3轍くらいならしたことあるけど……」
ゲームあるんかい。でもどうせ魔力で、なんだろうなぁ。いっそ電気の工程を魔法で置き換えられないかな?
「とりあえず先に私の魔法作ってください。この研究、多分本来何年もかけるやつなんで」
「ここまで持ってくるのにも既に1年くらいかけてるからそんな急いでるわけじゃないしいいよ。で?どんな魔法なの?」
私が説明をすると、エイドは正気か?と言ってきた。知るか。お前のが明らかにヤバいこと言ってんだからな。そもそもお前は専門分野だろ。私はド文系なんだよ。
とにかく私の魔法は試合までに完成させないといけないので、大会までは私の魔法、この研究は大会が終わってから本格的に進めるということで話がまとまった。でもこれじゃ割に合わないから、貸し一つということにしてもらった。どさくさに紛れて勉強とか教えてもらおう。
「エマ氏って日に日にエドガー氏に似て来るよね」
「そうですか?最近会ってないんですけどね」
「あーエドガー氏、トレジャーハントの出場選手だからね。こっちも忙しいけど、あっちも中々忙しいって聞いてる」
そう。エドガーはもう一つの団体戦の種目、トレジャーハントに出場する。トレジャーハントはフラッグサバイバルに比べ、練習で何とかするというよりは作戦がモノを言う競技なので、事前準備がとても重要だ。そのため出場選手は連日作戦会議とその実践に明け暮れているらしい。
「エイド先輩ってどちらかというとトレジャーハント向きの人材だと思うんですけど……」
エイドなら魔法工学だけでなく実践魔法や古代魔法にも明るいし、新しい魔法式を作れば敵に作戦を読まれにくくなる。何より本人が肉体派ではなく頭脳派なので、正直どうしてフラッグサバイバルなのかが分からない。
「トレジャーハントとか無理無理。あそこってここ以上に曲者揃いだから。あんな腹の探り合いするくらいなら体育会系陽キャのノリのがマシ。扱いやすいし」
まぁそれには同意だけど。でも陽キャなんて無理と言いそうだったからちょっと意外。エイドってこっちで言うヲタクだし。私もバリバリヲタクだったから正直エイドとは話しやすい。こうして作業していてもちょうどいい距離感とタイミングで話しかけてくれるし。
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「あー!また負けたぁ!」
「エリカ。女の子がそんなに足を開いて寝ころがるべきではないよ」
「セドリック。アンタっていつもすました顔してるけど悔しくないワケ?1週間毎日やって、1回も勝ててないのよ?」
これで0勝7敗。何の策もなしに試合をしても仕方がないので1日1試合のみと先生に決められている。今日は試合開始から20分ほどで旗を取られて負けた。脱落者になった者は居らず、むしろこちらがイデアを脱落させているのではじめと比べれば間違いなく成長はしているのだが、どうしても勝てない。そもそも本戦の選手はレベルが違う、と言ってしまえば簡単だが、ウチのチームは負けず嫌いばかりなので、相手が誰であろうと悔しいものは悔しい。
イザナはついにその悔しさに耐えかねて、授業中にも筋トレをしていた。今日は昼食中にも筋トレをしていたのでそろそろ発狂するのではないかとみんな心配している。今も一人で黙々と筋トレしてるし。
「エリカちゃん。そんなワケないだろ?なんだかんだセドリックって負けず嫌いだし。昨日なんか夜に寮抜け出して練習してたんだぜ?」
アルバートは笑いながらセドリックのことを話すが、今朝彼が一人で学校の周りをランニングしていたことを私は知っている。
「そういやエマの魔法の開発の調子はどう?」
セドリックは話題を私に逸らした。よく見たら耳が赤い。別に負けず嫌いで努力してるのは恥ずかしいことじゃないと思うけどなぁ。
「エマ、大丈夫?顔色悪いよ?隈もひどいし」
エリカに渡された鏡を見ると、確かに顔色が悪い。
自覚はあったのでメアリに化粧をしてもらって隠していたのだが、汗を掻いたせいで少し化粧が落ちてしまっている。3轍目だっけ?もうわかんない。
一緒に徹夜しているエイドは既に死んでいる。休憩と言われた瞬間寝た。
私社畜の素質あるなと思いながら死んだように眠るエイドを見た。
でも、あともう少しで形になりそうなんだよね。
ゆっくりしてたら大会に間に合わないし仕方ない。今日の夕食はスタミナつくようなものがいいなと思っていると、後ろから声を掛けられた。
「みんなテストのこと忘れてない?」
てすと……?
そうか。夏休みに入る前にテストあるんだよね。魔法競技大会は夏休みの序盤だから先にテスト……やばい。何もやってねぇ。
周りを見ると、あのセドリックでさえ忘れていたようで顔を青くしている。
テストっていつからだっけ……?
「はぁ……だと思ってたわ」
声を掛けてきたソフィアがやっぱりなといった様子でため息をついた。「テストは3日後よ」と追い打ちをかけてくる。あぁもうだめだ。さようなら魔法省でのホワイトな生活。
「勉強、教えようか?」
そう言ったアクアが神のように見えたのは、恐らくここにいる1年全員だと思う。




