突然の学校訪問
「エマ、久しぶりだな」
「……ご、御機嫌よう」
誰?と騒ぐ生徒たちの中で私はあまりの驚きに固まってしまっていた。
いや、確かに連絡はしたけど。普通来る?アンタ一応皇太子でしょ?
まさか護衛も何もつけずに?
「この人、シャーロットさんの知り合い?」
「あぁ、まぁ……知り合いというか何と言うか」
「おいおいプリンセス、恥ずかしがらなくていいんだぜ?お前は俺の婚約者なんだから」
婚約者。彼がそう言って私の髪にキスを落とすと、クラスの女子たちはキャーッ!と悲鳴を上げた。そこかしこから羨ましいとかカッコいいという言葉が聞こえてくる。変わってほしいなら全然変わりますけど?とは口が裂けても言えないので心の中で留めておくことにした。
ザワザワと騒がしくなる教室で、誰かが小さいけれどよく通る声で言った。
「あれって、レオン皇子じゃないか?」
私がさっき言いかけた口を必死に閉じたのはどうやら無駄な努力だったらしい。
「レオン皇子って、クリスタル帝国の?」
「道理で見たことあると思った」
「この間新聞に載ってたよね」
「さっき婚約者って言った?」
「え?てことはシャーロットさんがクリスタル帝国の皇太子の婚約者?」
「でもシャーロットさんは平民の出って……」
1人が口を開くともう1人が。1人1人はそこまで情報を持っているわけではないが、クラス全員分となると、やはりそれなりに話が進んでしまう。しまいには、レオン皇子が惚れて召し上げたとか私は本当は貴族の出とか様々な憶測が飛び交い始め、収拾がつかなくなってしまった。説明しろと迫られても、ある程度事情を知っている人にも自分の口からは本当のことを説明していないし、出来るわけがない。困り果てた私を見て、レオンは愉快愉快といった様子でケラケラと笑っている。
「何とかしてください」
「安心しろ。記憶を消す手筈は整ってる」
なるほど彼は最初から私を困らせて反応を見るつもりだったらしい。
意地悪。というか悪趣味。こっちは結構焦ったんですが?
そんな彼はこちらの気も知らず、いきなり現れた大国の皇太子に慌てふためくクラスメイトや教師を一瞥して何もなかったかのように平然と尋ねてきた。
「で?一条っていうのは?」
どうやら彼はもうクラスメイト達の相手をするつもりはないらしい。まぁ記憶を消すのならわざわざ話に付き合っても無駄だろうけど。ちなみに相手の記憶を許可なく消すのは間違いなく法に触れる。
私は今更だなと考えることを止め、彼に一条を紹介した。
「彼が一条絢斗です。というか話したっけ?」
席についていた彼を呼び紹介するが、一条絢斗に関して話しただろうか。こういう人間がいると言うことは話したが、名前まで話した覚えはない。
少し緊張した様子で深々と頭を下げる一条を見て、レオンはふーんとあまり興味のなさそうな反応をした。
「一条絢斗です。お初にお目にかかります」
「どうも。エマの婚約者のレオン・ベネディクトだ。俺のエマが世話になったみたいだな」
「あ、そういうの大丈夫だから」
絵にかいた婚約者みたいな対応をするレオンにツッコミを入れる。絶対面白がってるだろ。
あぁなるほど、これをやるためにわざわざ出向いてきたのか。相変わらず性格が悪い。というか暇なのか?皇太子が護衛も連れずフラフラしてるなんて知れたら色々怒られそうだけど。
彼は困惑した様子の一条を置いてけぼりにして、意外にも私がしようと思っていた話を始めようとする。
「あぁ、その前にこいつら何とかしないとな」
いい加減騒がしくなってきた教室を見て、彼は杖を一振りする。
行くぞ、と言われ一条と共に学校を出ると外に待たせていた馬車に乗せられる。
「あの、さっきのは……」
「記憶を消したんだよ。あぁ、もしかして魔法を使ってるところを見るのは初めてか?」
そういう訳じゃ……
一条は目を見開いてそのまま押し黙ってしまった。
緊張なのか不安なのか。まぁ大国の皇太子にいきなり拉致られたら怖いよね。そういや私は2回目だったわ。
というか記憶を消す手筈は整ってるって、お前がやるんかい。まぁ必要な許可とかは取ってきたんだろうけど。
「安心しろ、この馬車には防音魔法が掛けられてる。よし、邪魔も無くなったところで……話を始めようぜ?」
彼は長い脚を組みニコリと笑った。




