先輩……?
「はぁ、つっかれたー!」
「……手も足も出なかった」
試合開始から10分後。私たちは3人が脱落、旗を取られて負けた。
「いや、アンタたち強いよ?少なくとも去年の新人ちゃんたちは5分と経たずに全員脱落だったからね」
そう言って声を掛けてきたのは、アタッカーのメアリ・ウェイター先輩。3年生でファーストポイントとフィジカルダービーの出場選手。バチバチに開けられたピアスとカラフルなネイルが目を引く。この世界ではギャルに分類される人種だと思う。日本で言ったら普通のJKなんだけど。
地面に倒れかかっている私たちとは違い、先輩たちは汗一つ掻くことなく涼しい顔でこちらを見降ろしている。彼女の言う通りこれはいつも通りの光景だったようで、ダミアン先生は予想通りといったように私たちを見て5分休憩と言った。ペットボトルの水をがぶ飲みしているとあっという間に休憩は終わり、いつも通りポジションごとに練習することになった。
「完全制御魔法と抵抗軽減魔法の重ね掛け。面白い。フラッガーとアタッカーは箒に乗る選手も多いが立ち乗りしてる人は初めて見た」
本戦のフラッガーは3年生のアクア・シェナザード先輩。会ったのは初めてだが、私でも名前を知っているくらい有名な人。侯爵家の長男で、箒の天才と呼ばれるほどの腕前。学内でも箒の扱いで彼の右に出るものは居ないというし、実際それを目の当たりにした身としてはそれが決して誇張表現でないと認めざるを得ない。個人戦の出場種目はウィザードシューティングとパワーサープレッションの2種目で、魔力量も申し分ないということが見て取れる。
高身長で攻略対象と言われても信じてしまうほどの容姿。肌が白く美術品のような美しさを持っていることから話しかけにくい人だなと思っていたが、見た目に反してその物腰は柔らかい。会話はちょっと難しそうだけど。
というかこの人、一瞬見ただけでよくわかるな。フラッガー同士って基本全く別の場所にいるから、どの魔法を使っているのかわかるほどじっくり見る時間は無かったはずなんだけど。
この人、きっとすごく頭がいいんだろう。アドバイスはビックリするほど的確だし、箒の乗り方もとても理にかなった完璧なものだ。天才なんて言われてるくらいだから、飛び抜けたセンスで好き勝手やっているのかと思ったけどそうじゃない。一つ一つの動作が計算されているかのように無駄がないのだ。
「魔法の杖は左手に持った方がいい。君は右側の魔力の通りがすごくいいから左手に杖持てば、右は杖なしでも呪文なし、いや多少難易度の高い魔法でも使えるはずだ。高度な魔法を使うときは杖を右手に持ち換えれば正確性もスピードも上がる」
魔力の通り?そんなの見ただけで分かるもんなの?
半信半疑で試してみると、さっきまでとは比べ物にならないほど魔法が使いやすくなる。両手で別の魔法って使えるんだ。難しいけど。
この人、ほんとにすごい。急にしゃべるだけで無口な訳じゃないのね。
練習が終わるころには、私は上手くいかないという今までの感覚が思い出せないほど上達していた。
いつも通り、着替えてチームのみんなと夕食を取ろうと皆で大食堂へ向かおうとすると、後ろから待ってと引き留められた。
「せっかくだし、俺らとも一緒にいいか?」
「えぇもちろん」
いきなりの申し出に戸惑う私たちを他所に、セドリックはにこやかにそう言った。
声を掛けてきたのは、イデア・キャメロン先輩。2年生ながら本戦のアタッカーに選ばれた実力者で、個人戦にはパワーサープレッションに出場する。多すぎる魔力量ゆえに細かい制御が苦手で、ウィザードシューティングの選考会では落ちてしまったらしい。本人も細かいことは気にしない大雑把な性格のようで、いつもニコニコとしているザ、陽キャと言った印象。
アタッカーはメアリとイデアという中々にぎやかなメンバーなので苦労しそうだなと思っていたが、存外セドリックとアルバートはすぐに馴染んだようだ。アルバートはその持ち前のチャラさが、ギャルとザ、陽キャの波長と合ったようで、セドリックに関しては自分の意見をガンガン通すわけでもなく一歩引いて周りを見るのが得意なので上手くいく距離を保っているようだった。イザナがアタッカーでなくて心から良かったなと思う。
大食堂に入るといつも以上に多くの目線を感じる。
これだげの実力者が揃っていれば当然なんだけど。てゆうかそうでなくても10人のグループって大所帯だしね。しかしこれだけ注目を浴びていても、皆全く気にしていないようだった。かく言う私もフラッグサバイバルの出場選手に選ばれてからは、今までとは段違いの注目を浴びるようになったからもはやあんまり気にならないけどね。
「ねーね、アクア。話題のルーキーちゃんはどーだった?」
メアリは手鏡で髪の毛を確認しながらそう言った。
話題のルーキーちゃん?わざわざフラッガーのアクアに聞くってことは……私のことだったりする?
「エマちゃんでしょ?すごいっスよこの子。俺、前廊下で……」
「アンタには聞いてないの」
メアリはアルバートの話をバッサリと切って、最初に声を掛けたアクアに目線を移す。
「……魔力量も技術も申し分ない」
それだけ言うとアクアは黙々と夕食のステーキを食べ始めた。
食べてるだけで絵になるなぁ。実際周りで見てる女の子たちは顔を赤くしているし。
「それだけー?」
「アクア先輩はいつもそうじゃないですか」
「今更でしょ」と夕食そっちのけで本を読んでいるのはガードのソフィア・カーペンター先輩。メアリと比べると眼鏡におさげの随分大人しい見た目の人だが、イデアと同じく2年生ながら本戦のメンバーに選ばれるほどの実力者だ。魔法の展開スピードは学校一だと言われていて、個人戦ではファーストポイントに出場する。
「でもアクア氏がそこまで言うのは珍しいですな。エドガー氏の隠し玉は伊達ではないと……」
同じくガードのエイド・ボイス先輩も口を開いた。彼もメアリとアクアと同じ3年生で、魔法工学の天才と呼ばれている。学生ながら何度も学会で発表しており、書いた論文の内容が近々教科書に掲載されるという。同じ学生の書いた内容を勉強するってすごいな。
運動は苦手だと聞いていたが、個人戦の出場種目はパデルテニス。よく自身で新しい魔法を生み出しているらしく対戦相手からすると、思いもしない作戦に混乱することとなり戦いたくない選手ランキング第一位なのだそう。
ちなみにこれほどの実力者が同じ時期に揃うのは流石のウィンチェスターアカデミーでも珍しく、世間では黄金世代との呼び声も高い。
「この子、よく図書室にいたから知ってるわ。最近は古代魔法の棚によくいるわね」
そう言ったのはソフィアだ。自身も図書室に入り浸っているらしく、私は気づかなかったが私のことを知っていたらしい。古代魔法、と聞いた瞬間にエイドは興奮した様子で話しかけてきた。
「古代魔法に興味がおありで!?そう言えばエマ・シャーロットって金を溶かす聖水作ったコだよね?エドガー氏のレポートも手伝ったって!僕今古代魔法を応用した新しい魔法式の開発してて、良かったら一緒にやらない!?」
ここまでなんとノーブレス。今まで落ち着ついて話していたエイドがいきなり大きな声で、しかも早口でそんなことを言うものだから、私はそのテンションについて行けず若干引いた。
というか私だけじゃなく、1年全員が引いた。アルバートに関しては引きつった笑顔のままカトラリー落としてるし。
先輩たちは慣れているのか、またかといった様子でパクパクとステーキを口に運んでいる。
「エイド先輩。いきなりどうしたんですか?」
苦笑いしながら、エイド同じガードであるエリカが声を掛けた。ありがとうエリカ、もうお前大好きだよ。
エリカがそう言うとエイドは我に返ったようで「申し訳ない」と言って内容についての説明を始めた。
聞いてみると、金属を混ぜ合わせる古代魔法を応用して軽くて強い金属を作りたいのだという。何でも馬車よりも早い乗り物を作りたいんだとか。だいぶ行き詰っているようで、一緒にとは言わずとも意見だけでも欲しいらしい。金属を使うということは車を作るイメージだろうか。
手伝うのは別にいいんだけどさ。私、物理とか化学とか数学とか。ここに来てから理系科目しか使ってないんだよなぁ。どうせなら文系科目使わせてよ。こちとら理系科目は専門外なんだよ。
「手伝うのは構わないんですが、私も専門外のことなのでどこまでお役に立てるか……」
「マジですか!?」
「はい。でもその代わりと言っては何ですが……私のために新しい魔法式を作ってほしいなぁ。なんて」
今日試合をして分かった。このままでは勝てないと。
こっちだって暇じゃない。ただでなんて働いてやるもんか。
そう言うとエイドは「それくらいなら別にいいけど」と言った。よし、交渉成立だな。しかし、先輩たちに口を揃えて「流石、エドガーの隠し玉」と言われたのはいただけない。あそこまで守銭奴じゃありません。
その後は皆で他愛のない話をして盛り上がった。今日一日でみんなとても距離が縮まったようだし、恐らく明日からの食事はこの10人でとることになるのだろう。明日の朝練もあるので、食事が済むとすぐに解散となった。エイドとは今度の休日に手伝いに行くという約束をして、私も寮にある自分の部屋へと戻った。




