知らない世界
あれから1週間。私は特に何をするでもなく普通に学校に通っていた。
追加調査は人手不足とか何とかですぐには上がってこないし、剣の方も魔法で監視しているけど、今のところ不審者が入ったりするなどの事態は起こっていない。
昨日の定期報告でも、何も起こらないならそれはそれで結構。とのことだったので、特に問題が起こるまで私はそこまでやることが無いのだ。
「……よ!ありえなくない!?」
「どうしたの?」
登校すると、クラスの女の子がブチ切れて(というより若干泣いて)いた。
ハーフアップの女の子。この子は確か……音羽さんだっけ。
「あぁ、シャーロットさんおはよう」
「おはよう。音羽さんどうしたの?」
横で慰めている子に事情を聞こうとするが、その瞬間机に突っ伏していた音羽さんが起き上がった。
「ちょっとシャーロットさん聞いてよ!」
うんうん聞く聞く。私は荷物を机に置いて彼女の向かいの席に座る。
「私、1歳下の妹がいるんだけど、その妹がねクリスタルカレッジって学校の入学が決まって……」
へぇ、クリスタルカレッジの。そう言えば彼女の家は男爵家だっけ。あまり裕福とは言えないけど、それなりに由緒ある家系だ。両親ともに魔力なしだったはずだが、魔力持ちが生まれてもおかしくはない。けれど、クリスタルカレッジに入学を許されると言うことは妹さんはかなり強力な魔力を持っているのだろう。
「凄いね。名門なんでしょ?」
「そう。だから両親は大喜び」
スターズに通う人間なんて一族の誇りだ。でも、彼女は喜ぶどころがそれに対してショックを受けているような態度だった。どうして?やはり劣等感のようなものがあるのだろうか。
「クリスタルカレッジってクリスタル帝国っていう国にあるの。全寮制なんですって。学費は1年でここの5倍」
私は学費とは無縁な待遇を受けているから知らなかったけど、そんなにするんだ。確かにカリキュラムの違いや全寮制だということを考えれば当然なのかも知れないけど。
「でも、そういうところって奨学金とかあるんじゃ」
実際私もそんな感じで学費免除だし。
「奨学金なんて、平民か主席レベルの生徒にしか下りないわ。ウチは男爵家だからそんなもの下りないし」
言われてみれば確かにそうだ。
貴族で学費が免除になっている生徒なんて聞いたことがない。首席のセドリックは学費なんて大したことないくらいお金持ちの家柄なわけだし。
「私、いくら何でもそれは無理だって言ったの。名門だろうが現実的に不可能なわけだし」
彼女の言う事は最もだ。家庭に行かせるだけの余裕が無いのなら普通はこの国にある魔法学校に行かせるなり何なりするだろう。
「でも、魔法の才能は貴族にとってとんでもないステータス。両親はどうにかして妹を学校に行かせようとして……」
そこまで言うと、彼女は泣き出してしまった。私はどうしていいか分からずとりあえず背中をさすった。しばらくすると落ち着いたのか鼻をすする音が聞こえ始め、ハンカチを渡すと「ごめんなさい」と言って顔を上げた。
「パパは私に縁談を持ってきたの。ずっと前から言い寄られて迷惑してたご子息なんだけど、結婚すれば妹の学費を全て請け負ってくれるって」
酷い。それじゃあまるきり身売りじゃないか、という言葉は流石に口には出さなかったが、私はそこで改めて魔力至上主義の根深さを感じた。まぁほぼほぼ任務のために婚約した私が言うのも何だけど。
驚く私を他所に、周りのクラスメイト達は特に驚く様子も同情する様子も見せなかった。
それどころが、仕方ないわよと受け入れるよう諭している者もいるほど。
何だか恐ろしくなって、おかしいと思わないのかと聞くと皆当然のように仕方のないことだと言い放つ。
ある子は自分に魔力が無いとわかると両親が別の家から魔力持ちの養子を連れて来たと。ある子は自分に魔力が無かったせいで父親に責め立てられた母親が耐え切れずに自殺したと。またある子は、既に魔力持ちの人との婚約が決まっていると言う。
普通科高校とはいえ名門ともなれば、良家の出身の生徒が多い。そしてそういう子ほど魔力格差に苦しんでいる。私が目の当たりにしたそれは以前クリスタルカレッジで見た反魔法組織の生徒よりよっぽど闇深いものだった。
この人たちは一生埋まらない格差の中で生きていくしかないんだ。
「シャーロットさん、どうしたの?」
「……え?」
私の頬には生暖かいものが流れていた。




