翡翠の剣
校長室に向かう途中、私は彼に儀式について尋ねた。
すると、彼はそれなりに興味を持っているらしくクラスの女の子たちより何倍も詳しく教えてくれた。
「一条君は代表に立候補するの?」
「あぁ、そのつもりだよ」
そうなんだ。
話しているうちに職員室に到着した。新しい土地の文化をもっと知りたいなんて理由では到底見せてもらえないだろうと思っていたが、すんなりと私の願いは受け入れられ、特別に翡翠の剣を見せてもらえることとなった。
多分魔法省が何かしら根回ししていてくれたんだろう。じゃなきゃ有り得ないもん。
とはいえ見ておくに越したことは無いので、深く考えることは無くありがたく見学させてもらう事にした。
「これですか?」
「えぇ、そうですよ」
校長室の奥。見たところ校長の指紋認証で開くようだ。やはり校内に魔法が使えるものがいないせいか、普通なら掛けてある魔法でのセキュリティーは存在しない。指紋認証なんて最悪壊しちゃえばいいわけだし、正直ガバガバの警備体制だが、そもそもこの人たちはこれをそこまで重要なものだと認識していないからしょうがない。多分認識的には学校にある代々受け継がれるあのよくわかんない旗くらいの感覚だよね。
魔法省からも、儀式の後引き渡すようにとの通達はしているものの、これがあのいにしえのレガリアだとは伝えていない。そもそも存在すら普通の人は信じていないわけだし。
私は制服のポケットの中で、こっそりと杖を振って魔法を掛ける。とはいえ変に防衛魔法を掛けると校長たちまで入れなくなる可能性があるから簡単な監視魔法のセンサーだけ。簡単だけど強力なやつ。これで万が一盗られたとしても誰がいつ盗ったかすら分からないなんていう心配はないだろう。
「一条君。どうかした?」
「……ううん。何でもないよ」
彼も初めて見たのだろうか。私よりもジロジロと見ているものだから一瞬気になってしまった。
一通り見て既に変な魔法がかかっていないかなど状態の確認をして校長室を後にする。
「ありがとうございました。一条君もありがとう」
「こちらこそ、いいものを聴かせてもらったしね」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
彼と別れて私は用意された宿舎へと戻る。この1か月間は魔法省の用意した職員用の宿舎を使わせてもらうことになったのだ。もちろん外観からは分からないよう認識阻害魔法がかかっているから、普通の人にはただの一軒家に見えるという。
「一条絢斗か……」
魔法薬の大手企業、一条製薬の跡取り息子。両親共にそれなりの魔法師であり、学生時代は魔法学校に在学していた。母は彼を産んですぐに他界。父は彼が10歳のころに再婚し、現在彼には4歳の腹違いの妹がいる。彼自身魔力こそないものの、非常に優秀であり普通科高校の名門であるここアストロスクールに首席で合格し、普通科高校の論文コンペでは優秀賞を受賞している。
絵にかいたエリートって感じだけど、気になるのは両親の再婚時期くらいか。10歳と言えば魔力の発現時期の最終段階。つまりここからはほとんど魔力量が上昇しないと言われている時期。たまたまかもしれないけど、わざわざその時期に再婚したって言うのは若干気になる。
私は受け取った資料から彼の記憶を手繰り寄せた。
今日話していた感じ、かなり代表に選ばれることにこだわっているようだったし、何かあるのかと思ったけど考え過ぎかな。
『エマ』
「……リーシェ?」
驚いた。目の前にリーシェが現れたのだ。周りの人の反応を見ても、彼女のことは見えていないらしい。ティアラを通してしか見えないのだろうか。
とはいえこれを受け取ってから彼女が出て来るのは初めてだ。
「どうかしたの?」
『さっきのイチジョウって子。ブレスレットしてたでしょう?』
「そうなの?ごめん気が付かなかった」
『あれ。古代魔法が掛かっていたわ。私知ってるもの』
古代魔法?
リーシェはおまじない程度のもので大した魔力は無いと言っていたが、普通魔法を使えない人間が魔法具なんて持っているものだろうか。両親が魔法関係の仕事をしていたらありえなくはないのか。けれどどうして古代魔法?アンティーク的な感じなの?
考えていても仕方ない。ブレスレット云々は明日以降ゆっくり確認するとして。
私は魔法省のヒューゴに電話を掛けた。
「お忙しいところ恐縮ですが、一条絢斗という人物の追加調査をお願いします」




