転校初日
キーンコーンカーンコーン
聞きなれた終業のチャイムが鳴る。初日の授業の感想?
普通。これに尽きる。
私って一応異世界に来たんだよね?そう思うくらい普通だった。
教室で座ってクラスメイト達と、数学や理科の授業を受ける。そりゃ世界が違うから歴史とか内容は違うけど、ウィンチェスターアカデミーの動物言語学や古代魔法学と比べれば普通もいいところだ。
「ねぇねぇ、シャーロットさんの住んでたところってどんなところ?」
「別の国だよね?言葉は通じる?」
転校生がこうやって放課後囲まれるのも、あるあるだよなぁと遠い記憶を辿る。
アスカニア王国からっていうのは言ってもいいんだっけ?
言葉は翻訳魔法かけてるから不自由ないけど、翻訳魔法かけられるのなんてそれなりの魔法師だけだし、ここでは魔法を使えない人ということになっているので適当に勉強したと言っておく。
「イチジョウ君の隣なんて羨ましい!」
「カッコいいもんね。隣のエリカちゃんが告白したって!」
「えー!嘘でしょー!?」
ガールズトークというのはどこに行っても大体一緒か。
イチジョウ君?について尋ねると、彼はかなりのハイスペックイケメンだということが分かった。
名前は一条絢斗。ここでは日本と同じように言語表記は漢字とカタカナとひらがなだそう。彼は学年トップの成績で、家は有名な魔法薬の製造会社。加えてあの容姿とくればモテるのも納得だった。
でも、魔法薬の会社か。
ここではウィンチェスターアカデミーやクリスタルカレッジのように魔法薬学についての授業は無い。たとえ本人に魔法の才能がなくとも、将来そういう関係で働くのなら教育は必須だと思うけど。家庭教師か何かを雇って勉強でもしているのだろうか。
「……さん。シャーロットさんってば!」
「あぁ、ごめんなさい。どうしたの?」
「その頭のアクセサリー素敵ね!なあに?」
「あぁ、これ?」
あーヤバい。考えてなかった。なんて説明しよう。
ティアラって言ったら何?って言われるよね。素直に説明するわけにはいかないし……
「カチューシャ的な……?」
「カチューシャ?」
「アスカニア王国版のかんざしみたいな感じ……かな」
「あーかんざしね!」
あ、通じたっぽい。良かった良かった。
「そう言えば、今度儀式?みたいなのがあるんだよね?先生から聞いたんだけど……」
どうせ残って話に付き合わされるくらいなら、少しでも有益な情報を貰おう。そう思って話題を変えると、みんな思ったより関心がないのか、あーそれねと話し始めた。
「毎年選ばれた男の子が新年を祝う剣舞っていうの?踊るんだよね」
「私今年が初めてだけど……それこそ一条君とかがやるんじゃない?」
「あの剣すっごく重いんでしょ?」
「普段は校長室の奥に保管されてるやつだよね」
なるほどね。当日までに剣に触る可能性が最も高いのは選ばれた生徒ってわけか。校長が盗むとは考えにくいし、やっぱり盗もうとする連中は代表に選ばれようとするでしょうね。選ばれれば当日だけじゃなくて、練習でもある程度は剣に触れる機会があるだろうし。となると……
「おはよう!」
「あ、あぁ。おはよう」
翌朝。私は一条絢斗仲良し作戦を実行した。
内容は簡単。代表に選ばれそうな一条に近づいて、色々と情報を抜き取る。あわよくば彼が代表に選ばれて、私も練習を見学したりして剣を見張る。
こうでもしないと期日まで剣に近寄れすらしなさそうだし。
「一条君。良ければ放課後、学校の中を案内してもらえないかな?まだ全然場所とか分からなくて……」
一部の女子からの視線が痛いような気もするが、どうせ1ヶ月の付き合いだ。
「……分かった。僕でよければ」
「本当?ありがとう!」
キラキラとした表情で感謝を述べる。普段の私から考えれば気持ち悪いほどの対応だが、特に違和感を周囲が感じている様子はない。こればかりは総合文化祭の時の経験に感謝するほかない。
「……ここが音楽室だよ」
「凄い。大きいね」
放課後。私は言っていた通り、一条に学校案内をしてもらっていた。
最初こそめんどくさそうにしていた彼だったが、根は親切なのか私が行きたいと言ったところを文句も言わず全て案内してくれた。
楽器はアスカニア王国にあるものとそんなに変わらないんだな。グランドピアノの鍵盤を指で鳴らして遊びながら私は音楽室を見渡した。弦楽器に打楽器などたくさんの楽器があるが、何よりも音楽室が一種のホールのような造りになっているのが面白かった。奥にあるのは太鼓だろうか。もしかしてあの後ろにあるのは琴だろうか。口には出さなかったが、ちょくちょく見覚えのあるアジアの楽器を見つけて内心ワクワクしていた。
「ピアノ、好きなの?」
「うーん。別にそういう訳じゃないよ」
「弾けるの?」
「まぁそれなりには……」
弾いてみてよ。
彼は今日1番キラキラした表情を見せる。
何かいい感じの曲あったかな。案内のお礼にと私は椅子を引いて軽く指の体操をする。
うーん。今パッと思いつくのはこれくらいか……私は鍵盤に優しく指を乗せる。
きらきら星変奏曲 ハ長調
モーツァルト作曲のこの曲は実は彼のオリジナルではなく、フランスの歌曲の旋律を使って作られたらしい。モチーフになった原曲が実は恋の歌だったって聞いたときは驚いたな。それまでただの童謡だと思ってたし。
最初はふーんと言った様子で聴いていた彼は、途中激しくなるところで目を見開いた。確かに一気に難易度上がるよね。私はちょっと嬉しくなっていつもより速弾きしたりしてこっそり彼の反応を楽しんでいた。
「君は教養がある人なの?もしかして貴族出身とか?」
「……え?」
まさか!ただの一般庶民だよ?
もちろん嘘はついていないし、まさかどこぞの国の皇太子の婚約者だなんて口が裂けても言えないので何とか必死に誤魔化した。
「ねぇ!私、翡翠の剣?っていうの見てみたい!」
ちょっと強引すぎたかな。
彼は驚いたような表情で「どこでそれを?」と聞いてきた。クラスの女の子たちに教えてもらったと言うと、校長室で管理しているから、校長先生に聞かないと。というので、2人で校長室に向かうことにした。




